第5話 神様に会わせてやろう
「最後に神様に会わせてやろう」
テイラーはいたずらっ子そのものの笑顔でそう言ったものだ。
「は?神様?」
あたしはだいぶテイラーのキャラクターがつかめてきていたので、変な冗談かと思った。
あるいは案外信仰を持っているのかもしれないとも思った。育ってきた文化がちがうわけで、そういうこともあるだろうから、その場合まじめな話なのかもしれない。
それにしても、神様に会わせてくれるって?
神様は会えるものなのか?
いるかもわからないのに。
あたしはやはり冗談だと思った。
「ついて来な」
テイラーは茂みをかき分けて先へ行ってしまった。
あたしはミナモさんと見つめ合うと「バウンッ!」と言われたので「行こっか」とテイラーについていくことにした。
茂みをかき分けて10分くらい。ぜんぜんふりかえらないテイラーの背中を追った。
テイラーは無言だったので、あたしもなんとなく無言だった。ミナモさんのハッハッという温かい息遣いだけが心強く感じられた。
「ふぅ」
テイラーが息をついて止まった。
そこには崖があった。あたしたちは切り立った崖の下にいて、地層がシマシマ模様になっているのを見上げていた。
「この中だ」
「は?」
テイラーが指さしているのは、崖と地面の境目にある隙間だった。子供ならギリギリ入れるかもしれないくらいの隙間だった。
「え…?この隙間がなに?どうするの?」
「入るんだよ」
真顔だった。
テイラーは今からこの隙間のなかに頭をつっこんで入ろうと、あたしをさそっているらしかった。
目もマジだった。
「ミナモは汚れちゃうから、そこの木にとめとこう」
「…いやいや、あたしらも汚れちゃうから」
「だいじょうぶだって、人間は毎日風呂はいるし、洗濯もするんだから。さ、行こう!」
うでを引っ張られる。
「いやいやいや!こわいこわい!」
「え?なにが?」
「もうなんかいろいろこわい!こんないつ崩れてくるかもわかんない穴も、そこに入らせようとするお前も、なにより神様に会わせてやろうって理由もぜんぶこわい!」
「HAHA!心配性だなあ、ナナは」
「うゔ~!あたしの問題かあ!?なんかお前がここに来るまでぜんぜんしゃべんなかったのもこわいし!」
「すまん。それはわざとやった。こわがるかなって思って」
「てめー!」
あたしはテイラーの背中をひっぱたいた。
「アウチッ!かわいい妹ができてうれしいんだ。許してくれよ」
テイラーはつかんでいたうでをあっさり放して、両手をひろげて陽気にカモーンと言った。
「まったく!お前のようなやつがホラー映画で一番最初に死ぬんだよ!」
「だいじょうぶだよ、これホラー映画じゃないし」
そう言うとテイラーは腹這いになって、穴にサッ!と上半身を入れた。まるで上半身が巨大な何かに食べられてしまったかのようにも見える。
「うわぁあああああ!」
「ひっ!?」
テイラーが叫び、テイラーの下半身がビクビクと痙攣した。
まさか本当に食べられてしまったのか!?
「て、テイラー…?」
あたしはミナモさんにすがりついてつぶやいた。
「びっくりした?」
テイラーは上半身を穴から出して、ニヤッと顔を見せた。満面の笑みだった。
「死ねっ!」
あたしは半べそだった。
「HAHAHA!こわがらせて悪かった!ナナはそこで待っててくれ!」
テイラーは今度はササッと全身を穴のなかに入れてしまって、すっかり見えなくなってしまった。
「ええ~…」
あたしはミナモさんをなでながら、不安をやわらげていた。
(崖がくずれたら一巻の終わりじゃん…)
あたしはテイラーが死にはしないかと気が気じゃなかった。
穴にちかづいて、おそるおそるのぞいてみた。
すると、穴のなかが光っていた。
テイラーが穴のなかでライターかなにかつけているらしい。
入り口が小さいだけで、なかは案外広いのか…?洞窟みたいになってるのか…?
あたしはとたんに興味がわいてきた。
「テイラー」
「ん?なんだ?」
ちゃんと返事がある。
「…入ってもだいじょうぶ?」
「だいじょうぶだよ」
やさしげな声が返ってきた。
あたしはふしぎとテイラーにだいじょうぶと言われると、本当にだいじょうぶな気がした。
ミナモさんをふり返った。
いざという時はここにミナモさんがいるから、すぐに発見されるだろう。
スマホを見た。ふつうに電波は来ていた。ホラー映画のように急に圏外になっているなんてことはなかった。
「…よーし!」
あたしは腹這いになって、おそるおそる穴のなかに入っていった。
一日に二度もおなじような動きをしているな、と思った。でも、ネコのトンネルは天国につづいているワクワクだったけど、これは地獄へとつづいているようなドキドキがあった。
予想した通り、入り口が小さいだけだった。なかはおどろくほど広かった。
「うわあ…」
天井が高い。テイラーはふつうに立っていた。
「お!来たのか」
「うん…!」
うれしそうな笑顔を向けられて、あたしはホッとした。立ちあがり、服についた土をはらった。
「こっちにおいで」
ジッポライターから出される火のゆらめきのなかで、テイラーのむらさき色の瞳が光っていた。
「う、うん」
あたしは足元に気をつけながら、テイラーに近づいた。暗いからおそるおそる。
「わっ!」
なのに思っていた以上に地面がデコボコしていて、つまずいて転んでしまった。
「おっと」
地面にぶつかる直前、テイラーが軽々と片手で受け止めてくれた。
「あ、ありがと…!」
「どういたしまして。足元ちゃんと照らしてやればよかったな。ごめんな」
「う、ううん!」
あたしはこの時不覚にもドキドキしてしまった。
ハッとした。たしかめなければならないことがあった。
「…なにしてんの?」
あたしはテイラーのむねをもんでいた。硬かった。
「あ、あはは、なんでもな…って!なにこれ!?」
あたしたちの前には石で作られた祭壇があった。
そして、その真ん中に縞模様の入った大きな卵が祀られていた。
あたしはそれを見た瞬間、なぜかゾワッと鳥肌が立った。
「さあ?」
テイラーはあっさりと首をかしげてみせた。
「さあって…」
「いやー、たまたま見つけてさ。玉だけに」
「くだらねー…。というかたまたまであんな隙間に頭つっこむもんなのか?」
「へへ」なぜかテイラーは照れた。「でも、なんか神様っぽくない?」
「うん、ぽい。なんだろ?昔の人が崇めてたのかなあ?」
卵は化石になっているみたいだった。
「わかんない。けど、これ秘密な」
テイラーはニカッと笑った。
「…だれにも言ってないの?」
「おう」
「マジかよー」あたしもニカッと笑い返した。「そりゃ秘密だな」
あたしたちはとりあえず卵にむかって拝んどいた。
穴からまた腹這いになって出た。
太陽の光がまぶしく、うれしく感じられた。ドキドキがホッと安心に変わる瞬間だ。
先に出ていたテイラーが手を貸してくれたので、あたしは手をつかんだ。ひっぱりあげられる。
あたしはなんだかワクワクしてきて言った。
「…なあ、テイラー。なんかよくわかんないけど、これって大発見なんじゃない?」
あの卵を不気味に思ったが、同時に映画にしかないような世紀の発見というやつなんじゃないかと思った。
「だろ?今度図書館行って郷土史とか調べてみようと思うんだ。ナナも来ないか?」
「行く!一緒に調べよう!」
「おう!」
「バウワウ!」
あたしたちは秘密をむねに、ワクワクしながら家に帰ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます