第4話 屋敷沢家の面々(2)
「ガッデム!円安が過ぎるだろっ!」
なにやらさけび声が聞こえてきた。
危険かもしれないので、あたしは今度こそヴィヴィをそっとベビーベッドに寝かせて、声のしたほうにテイラーとともに向かった。
テイラーが抜き足差し足忍び足という感じなので、あたしもそれにならった。
なにやら家のなかだというのにスリルが感じられて、テイラーと目が合うとふくみ笑いがもれてしまう。
二階にあがり、すぐある部屋の前に立った。
テイラーがニヤッと目配せしてきて、ドアノブを握った。
そして一気に押し開けた。
「透子!手を上げろっ!」
「うわあっ!」
透子とよばれた人物はずいぶんおどろいていた。
「へ~!」
あたしは部屋の様子におどろいた。
いくつものモニターが上下左右にならべられていて、数字や図形がめまぐるしく動いていた。映画でしか見たことのない部屋だった。
こんな部屋がほんとうにあるんだ!とちょっと感動した。
「て、テイラ~!このバカチンが~!余計な取引しちゃったじゃないの~!」
透子さんはモニターを見つめたままわなわなふるえていた。
「HAHAHA!そんなことより新しい家族を紹介するぜ!」
「え?今日だっけ~?」
どうやら大人は知らされていたらしい。
クルンとイスを回転させて透子さんはこちらを向いた。透子さんは若い女の人だった。メガネをしていて、頭が良さそうだった。
「え~と、七海菜々ちゃんだよね。わたしは屋敷沢透子。テイラーのおばさんよ~。よろしくね~」
「はい。よろしくお願いします。なんか取引がどうのって言ってたけど、だいじょうぶですか?」
「そうなのよ~、まちがえて一桁多く買っちゃったのよね~。…あ~、ちょっと下がって来ちゃってるわね~」
「いくらぐらい損してるんですか?」
あたしは興味本位で聞いた。どうも株かなにかを取引しているらしいことだけはわかっていた。
「う~ん、今んとこ1万くらいかな~」
「えっ!」
おそろしい!この部屋にはいってたった数十秒で1万円が消えたらしい。
「えっ!まじかよっ!やばくねっ!?」
元凶のテイラーがおどろいていた。
「ほんとよ~。このまま損したら、テイラーには臓器を売ってもらうことになるわね~」
透子さんの目が光る。
「い、いや、俺の内蔵、グミの食べすぎでミドリ色になってるから。な、ナナならきっときれいなピンク色してると思う…!」
テイラーがあたしをさっそく売った。出会って間もないのに。
「あ、あたしも歳のわりには内蔵年齢いってると思うから、やめといた方がいいです。だれのためにもならない」
「だ~いじょうぶよ~。ナナちゃんピチピチしてるもの~。ほしいって人いっぱいいると思うわ~」
「いや、意外と脱いだらすごいんです。テイラー、一万くらい貯金であるでしょ?出しなよ」
「えっ!?あるわけないだろ!」
「なに~?お年玉貯金ないの?」
「あってもそんなにもらわねえよ」
「そうなのか…」
いかにもお金持ちそうな家なのに意外だった。
「あっ!ドカンと上がったわ。よかったわね~、あんたら命拾いしたわよ~。利確利確っと」
「ラッキー」
「よかったー」
とテイラーとあたしは息をついた。
「一万ドルゲットだぜ」
透子さんがボソッとつぶやいた。
…ん?ドル?円じゃなく?…ということは、一万ドルって…?
あたしは深く考えないことにした。
「ミナモ!ダッシュ!」
「バウワウ!」
あたしとテイラーとミナモさんは広大な庭を走っていた。
ミナモさんというのは犬で、ゴールデンレトリバーとなにかの雑種だとのことだった。
ふつうのゴールデンレトリバーよりもゴツくてデカい気がするが、とてもナイスなやつだというのが全身から伝わってくる。
さっきもあたしとは初対面なのに、まるで10年来の友のように出会った瞬間ハグをして、熱烈なキスをしてきた。
「うひひひひひ」
「わかるー、犬に顔なめ回されると笑っちゃうよな!」
のけぞっているあたしを見てテイラーはうなずいたものだ。
「あの池には鯉とザリガリとタニシとヤゴと金魚とメダカがいるよ」
「なんとなくだが、ザリガニと金魚はテイラーが入れた気がする」
「ひどいな。俺だけじゃないぜ。姉ちゃんも入れたし、じいちゃんはブチギレてた」
今はミナモさんの散歩がてら庭を案内してもらっていた。案内よりもミナモさんの散歩のほうがもはや大事なのはあたりまえだ。
家の裏にある林の奥をずっーと行った。
「あ、あの木は結構いいミツ出るんだよ。今度夜見に行こうぜ。カブトいるかも」
「マジか…!家にカブト虫とれる木あるのかよ。上級国民じゃん…!」
ちなみにあたしはカブト虫とか好きだった。というか、全体的に男子っぽい遊びのほうが好きだ。
「あれー?庶民の家にはミツの出る木ないの?それじゃあどこでカブトとるの?」
「はー?都会だからミツの出る木ないだけだし。あとホームセンター行ったら、世界中の売ってるし」
「ああ、あのかわいそうなやつな」
「それはマジ同意だわ。みんな目が死んでるもんね」
「な」
「バウワウ!」
落ち葉のなかに顔をつっこんでいたミナモさんが急に走りだした。
「おおっ!?」
ついていくと、林がひらけた場所に出た。小屋があり、その小屋のまわりには変な木彫りの置物がいっぱいあった。
「な、なんだこれ!?」
「ああ、これは…」
テイラーが説明しようとすると、うしろからドッドッドッ!という大きな心臓のような音がひびいてきた。
「え…?」
ふりかえると、そこにはチェンソーを持って、女の子向けアニメの仮面をかぶった人がいた。
めちゃくちゃこわかった。とっさにさけび声も出ないくらいヤバかった。
声を出したら殺られる…!
テイラーがあたしをかばうように一歩すすみでた。
「おー、じいちゃん、ういーす」
「おー、テイラーの小坊主か」
アニメ仮面の人はチェンソーのスイッチを切って、仮面を頭の上にあげた。
おじいさんだった。かみの毛もヒゲも全部まっしろだった。
「ん?そっちの嬢ちゃんは?」
「七海菜々だよ。今日から一ヶ月くらい泊まるって~。じいちゃんは聞いてた?」
テイラーが聞くと、おじいさんは突然すごい剣幕になった。
「ああっ!康介の子供か!?」
「えっ、あっ、はい…。父がなにか…?」
あたしがおそるおそる聞くと、おじいさんはなぜか遠くの空を見上げた。
「やつはワシの理解者じゃった…」
「は?」
「やつは元気かの?」
「あっ、はい。父は元気です」
「そうか、そうか。今家にいるの?」
「あ、たぶん、もう出ちゃったかと」
「そうか…。残念じゃの。新作を見せてやりたかったが…」
おじいさんは残念そうに近くにあった木彫りの大熊をなでた。
二メートルくらいあるクマがシャケをくわえているおなじみの形だったが、こんなにデカいものは初めてみた。
どことなく父を思い出した。いや、べつに死んでいないし、なんならついさっきまで一緒だったが。
「…乗るか?」
あたしがクマの木彫りをじっーと見ていると、おじいさんが聞いた。
「…いいんですか?」
あたしの返事にテイラーが「マジか?」という顔をしている。
「もちろんだ!乗ってなんぼだからな!シャケに足をかけてのぼるといい」
あたしは言われたとおりにのぼって、木彫りの大熊に乗った。
「おお…!」
予想以上に高く感じた。安定感もある。
「これは…いいモノですね」
「だろう?さすが康介の子だな。見どころがあるわい!」
フォッフォッフォッとおじいさんは愉快そうに笑った。
「…俺も乗ろうかな」
テイラーが言った。
おじいさんはムッツリ顔で「…乗るか?」と言った。なぜかソワソワしている。
「しっぽから乗ったらいい」
「しっぽ?熊にこんなしっぽあったか?」
ひょろ長いしっぽが生えていた。
「芸術作品だからいいんだ」
「そういうものなのか…」
テイラーも熊の背に乗った。ふたり乗りになった。
テイラーは辺りを見回してしみじみ言った。
「これは…いいモノだな」
「な!」
「フォッフォッフォッ、そうだろう、そうだろう!」
おじいさんはうれしそうだった。
「じいちゃんの作るものって、イマイチ分かんなかったけど、そうか!乗るものだったのか!」
「いや、べつにそういうわけじゃないんだが…。たとえばあの白鳥なんかは本物の白鳥をおびきよせる狩りなんかに使う…」
おじいさんは鉄砲のポーズをしてみせた。
「じいちゃん!写真とって!」
孫のテイラーはマイペースにおじいちゃんの話をさえぎり、スマホを渡した。
「…まったく、ほれ、チェキ」
おじいさんは意外にもスムーズにスマホを操作して写真をとってくれた。チェキって。
「へへ~!ありがとう、じいちゃん!ナナ、アップしていいか?」
SNSにアップしたいらしい。
「いいけど、加工してよ」
「オッケー。あっ、ナナはスマホ持ってるか?」
「うん」
ナナとテイラーは連絡先を交換した。
「あとで家のWi-Fiおしえるよ」
「サンキュー」
「バウワウ!」
ミナモさんがおじいさんの前でお腹を見せていた。
おじいさんは自分のスマホでミナモさんを連写していた。
チラチラとナナを見ていた。
「…ワシもスマホ持ってるよ?」
「え?あ、はい…?えーと…?」
テイラーが耳元でささやいた。
「じいちゃんも交換したいんだよ」
「ああ!あの、よければ連絡先おしえてもらえます?」
「うむ!」
おじいさんはうれしそうだった。
あたしは無事おじいさんと連絡先を交換した。
「ちなみにアニメ仮面系木彫りヨーチューバーゲンゾーとして活動してるから、チャンネル登録よろしくな」
「……名前ゲンゾーっていうんですね」
ツッコミどころはほかにもいっぱいあったが、あたしは透子さんにつづいて深く考えるのはやめておいた。
初対面だしね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます