第3話 屋敷沢家の面々(1)


ピンポーン


あたしと父は、大荷物をもって、大豪邸の玄関前にいた。


「はーい」


家のなかから声がして、玄関の引き戸が開けられた。


「いらっしゃーい!」


「ユッコ先輩、おひさしぶりです!」


父は頭をさげた。


“ユッコ”という名前は昨日、父から聞いていた。名前だけだけど。


父が先輩と言っているということは、ユッコさんはどうもポーのお母さんらしい。


「おー、コウちゃんひさしぶりー!」


コウちゃんというのは、父のことだ。父の名前は康介だ。


「こんにちは、ナナちゃん。おおきくなったねえ」


やさしげな笑顔が向けられた。


その笑顔がなんというか、純度100パーセントの笑顔で、裏表のないことが一目でわかった。


あたしは一発でユッコさんのことが気に入ってしまった。もしかしたら、昔もそうだったのかもしれない。覚えてないけど。


ん?でも、ポーにあたしが来ること言ってなかったのはなんでだろう?ちょっとモヤモヤがのこる。


「…こんにちは。今日から一カ月よろしくお願いします!」


「あら、ずいぶん礼儀正しいのねえ」


ユッコさんのうしろからひょこっと顔を出してきたのがいた。


「…母ちゃん、だれ?」


「テイラー、こっちおいで」


やってきたのは、背の高い男の子だった。クマのような父よりはさすがに小さいけど、170センチくらいはありそうで、140センチぴったりのあたしからしたら十分巨人だった。


巨人だけあってか、威圧感がすごい。目は大きいが、ツリ目で鋭く感じる。たぶんイケメンというやつではある。


髪は黒くて、あれ?ポーは金髪だったのになと思う。ユッコさんが黒髪だからだろうか。


わかったことはふたつ。ユッコさんはどうみても日本人顔なので、お父さんが海外の人らしいということだ。


もうひとつは、テイラーはポーの兄だということだ。なぜなら、むらさき色の瞳をしていたから。


「サプラ~イズ!」


急にユッコさんが手を打ち鳴らして言った。


「こちらのお嬢さんがこれから一ヶ月、ウチに泊まりま~す」


「はあ?」


あっ、やっぱり聞いてなかったんだ。テイラーは凶悪な顔になった。


「ハッハッハッ、おどろいたか息子よ」


「いや、そりゃおどろいたけどさ…」


チラッとテイラーがあたしを見た。なんとなく、全体的にシベリアンハスキーに似ていると思った。


「ナナちゃん、この子、何歳だと思う?」


ユッコさんが聞いてくる。


「えっ?17歳くらい…ですか?」


ポーのお兄さんだろうから、そのくらいじゃないか。


「サプラ~イズ!実はこの子は11歳。つまり、ナナちゃんの一個上ね」


「えっ!?」


これには本当におどろいた。どうみても小学生には見えない。


ユッコさんはあたしのおどろき顔を見て満足げだった。案外一筋縄ではいかない人のようだ。


あたしがテイラーをついまじまじと見ると、意外なことにテイラーはニカッと笑って見せた。


「Hi!なんだかよくわからんが、よろしくな。テイラーだ。屋敷沢テイラー」


ふしぎなことに笑うと一気に幼くなって、こっちも気がゆるんだ。


さらに、テイラーはアメリカの映画でよく見る感じで握手を求めてきた。なんとも自然な仕草にあたしは胸が高鳴った。


あたしはアメリカ映画が好きなのだ。


「よろしく!菜々。七海菜々だ。ナナって呼んでくれ!」


あたしもアメリカ映画っぽく返した。ふつう自分の名前の呼び方なんて指定しないが、チャンスとばかりに言ってやった。


「おう!家の中を案内するぜ。ついてこいよ!」


「おう!おじゃまします!」


あたしは屋敷沢家にあがった。ワクワクしてきた。


「あ、ナナちゃん!」


大人同士の会話をしていた父が声をかけた。


「なに?」


「ボクはもう行かなきゃいけないから」


「あっ、そう。いってらっしゃい!」


「えっ!?あっ、うん…」


あたしは走り出したテイラーに走ってついていった。




康介は肩を落としてしょぼくれていた。


「…まあ、元気ないよりいいから」


ユッコは康介の肩にポンポンと手をおいてなぐさめたのだった。




「紹介するぜ!ウチのイカれたメンバーをなあ!わたしの名前は屋敷沢ヴィヴィ!1歳よ!」


テイラーは赤ちゃんのヴィヴィをうしろから抱きかかえて、強そうなポーズをとらせた。


ヴィヴィはそんな兄のテイラーを上目でにらんでいた。なんというか、一歳児とはとても思えない強い意志が感じられる目だった。


ちなみに、やはりこの子もむらさき色の瞳をしていた。


どうやらこの家の子供はむらさき色の瞳をしているという共通点があるようだ。


「こいつぁ凶悪な顔をしているぜ…将来が楽しみだな」


あたしは思わずゴクリとツバを飲んで感心した。


「ああ…今のうちから手なづけておくに限るぜ。なにせウチはおれとじいさん以外女だからな。男の立場がこれ以上弱くなっちゃあいけねえや」


「え?そうなの?てゆーか、何人家族なの?」


「え~と、俺、ヴィヴィ、姉、母、祖父、祖母、透子、あと犬1、ネコ2だから、人間7の動物3で全部で10だな」


「2ケタか。すごいな」


姉はやはりポーだろう。


「ちなみに動物も全部メスだ。だから、期待してるぜ!ナナ!」


テイラーはあたしの肩にポンと手をおいた。


「何を期待されてるかはわからんが、あたしは女だっつーの」


テイラーはHAHAHA!と笑った。


テイラーは外見は17歳だが、中身はしっかり11歳という感じで話しやすかった。


「じゃ、次行くぜ!」


テイラーがヴィヴィをベビーベッドにそっともどした。


「あっ!」


テイラーがなにかに気づいたようにふりむいた。


「赤ちゃん抱っこしてみるか?」


「え?いや、べつにいいよ」


あたしは赤ちゃんには興味がなかった。特に人間の赤ちゃんはみんなかわいいと言うが、個人的には「しわくちゃの子ザルみたい」と思っていて、かわいいと思ったことがなかった。


「どうせ初めてだろ~?ひとりっ子め。ほれほれ、今のうちに抱っこして手なづけておけ」


だが、テイラーがグイグイ来るので、変に断って落としちゃマズいと思ってしかたなく受け取るかまえになった。


「おいおい、だいじょうぶか?」


「だいじょうぶ、だいじょうぶ。そう、頭ちゃんと支えてやって」


予想以上にずっしり来た。


「なんかずいぶん熱いけど、熱とかあるんじゃないか?」


「赤ちゃんってそんなもんよ」


テイラーはずいぶん手馴れていた。だいぶヴィヴィの世話をしているのかもしれない。男組の苦労が垣間見える気がした。


だが、そんなことよりも、あたしの関心事はいまやヴィヴィ一点にあった。


(え…?なにこの子…?まっすぐににごりなき眼で見つめてくる…。なんてきれいな目…。宝石みたいな…。髪もサラサラの金の糸みたい…。さっきは凶悪な顔なんて言ったけど、この子もしかして…)


「なあ、テイラー。もしかして、ヴィヴィってかわいい赤ちゃんランキング世界一位だったりする?」


「する」


「だと思った~!じゃないとおかしいもん。ネコよりかわいい可能性のある人類なんてそうそういるわけないもんね!」


「お、おお、ずいぶん極端な思想をお持ちで…」


「きゃは」


ヴィヴィが突然笑った。


「お、おお…天使…?」


あたしはすでにメロメロだった。


「はやくもヴィヴィにてなずけられちまったなあ」


テイラーがニヤニヤして言った。


これには素直に「そうだな」というしかなかった。

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