第8話 回想 伊都と先生の出逢い

 とある日、とある高校の入学式にて。


「以上。新入生代表、黒田伊都」


 新入生代表挨拶。その締めの言葉。会場には割れんばかりの拍手が巻き起こる。


 特段、何も感じない。当たり前のこと。


 わたしは他より優れていなければならない。黒田家を継ぐ者として。


 幼少期から厳しく育てられた、という自覚はある。


 習い事ばかりで、友人と遊んだ記憶は片手で数えられるくらいしかない。


 それでも、この環境を嫌だと思ったことは一度もなかった。


 尊敬できる両親に期待されているのが嬉しかったから、その期待に応えようと努力した。


 だから、物心ついたときから人前では理想の自分という仮面を被るようにしてきた。両親の前でさえも。


 そうして上手くやってきた。このまま順風満帆の人生を送るものだと思っていた。


 だが人間誰しも、絶対にバレたくない秘密というものはある。


 そして、そういった類のものは誰かしらにバレてしまうようにできている。


 少なくとも、わたしの場合は。


「まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい」


 遅くまでスピーチの練習をして寝ぼけていたせいか、枕もとに隠してあった秘蔵のタイツ本をうっかりカバンに入れてきてしまった。


 しかもそれを、必要な提出物と一緒に担任に提出してしまったのだ。


「なんて言って取り返せば……、もういっそ諦める? でもあれは再販望み薄の激レア本、見捨てるにはあまりにも惜しい……!」

「職員室にはいなかった、となると、まだ教室に?」


 正直、あまりやる気のある教師には見えなかった。が、特段興味もない。自分は自分のやらなければならないことをやるだけ。


「あら、先生。ごきげんよう。まだいらしゃったんですね」


 その担任が、教室の椅子で本を読んでいた。


「あ」


 わたしの秘蔵本を。


「そ、それー! あなた、何勝手に読んでるんです……か」


「い、いえ何でもありません。先生に向かって失礼な物言いをしてしまい大変申し訳ございませんでした」


「それでは、失礼いたしま……っきゃ! 急に頭を撫でるなんてどういった了見ですかこのヘンタ……い?」


「忘れ物、ですか。この本が?」


「適当に処分って、そんな大雑把な」


「ま、まぁ。先生がそう仰るならば。不本意ではありますが、職員室まで届けておきます。実に不本意ではありますが」


「はい、それでは。さようなら……」


 これが、先生とわたしの出会い。最悪のファーストコンタクト。


 だけど、ありのままのわたしをさらけ出せる大事な人との、大切な出会いの記憶。

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