第5話 放課後タイツでひざ枕

 いつもの生徒会室にて。


「先生、最近お仕事はいかがですか? その、お家ではしっかり休めていますか?」


「そう、ですか」


「少し前より顔色は良くなったように思いますが、疲れというものはそう簡単に抜けるものではありませんね」


「わたくしですか? いえ、そんな。先生に比べたら学生の身分で出来ることなんてたかが知れています」


「もっと先生のお役に立てればいいのですが。今のわたしには難しく……」


「あ、そうだ。新しいお茶の葉を家から持ってきたんです。せっかく生徒会室まで来て下さったのですから、少し休憩していきませんか?」


「わたしもちょうど一区切りついたところで。もう他の生徒もいませんし、付き合っていただけませんか?」


「はい、ありがとうございます。それでは少々お待ちくださいね」


 伊都がお茶を入れる音だけが夕暮れの生徒会室に響く。紅茶と、それに合わせたお茶菓子を慣れた手つきで用意していく。


「よし、蒸らしはこの程度で大丈夫。お菓子は前の残りがここに……よし」


「先生、お待たせしました」


「先生はストレートでよろしいですよね? はい。わたしはいつも通り少し砂糖を」


「それでは、いただきます」


「どう……でしょう?」


「美味しい、ですか? よかった……」


「先生はいつも頑張りすぎてしまいますから。この前だって、終電ギリギリまで残っていたんでしょう? 知ってますよ。他の先生方から聞きました」


「わたくしにはこの程度しかできませんが、いつもお世話になっているお返しぐらいはさせてください」


「いいえ、この茶葉もお菓子も、すべて家のものです。わたし自身で用意したものではありません」


「なにかこう、わたしだけの何かで先生のために……あ」


「いやでもこれはあまりにも生徒と教師の垣根を超えすぎ……いやでもわたしにできるのはこれくらいしか、それに今日は体育もありましたし……」


 最近恒例の伊都ひとりごとタイムである。


 そして数分後。


「せ、せせせ先生!」


 やっと意を決したのか、伊都が焦点の定まらない目をこちらに向けた。


「最近、同好会の活動をしておりませんでしたわ!」


「きょとんとなさらないでください。その、タイツ研究同好会です」


「……若干引き気味なお顔、ありがとうございます。そのままついでに今座っている椅子も後ろに引いていただけますか? ちょっとスペースが足りませんので」


 お互いの同好会への温度差に気づいたのか、伊都の周囲の温度が急激に冷えこんでいく。


「なんでもへちまもありません。いいですから、わたしの言うとおりにしてください。この同好会において先生に人権はありませんよ?」


「はい、よくできました。それでは、わたしは先生のお隣に……」


「し、失礼します」


「すーっ、はーっ。よ、よし。いけいけわたし……! ゴーゴーわたし……! ここが我が人生の関ケ原!」


「先生! ごめんなさい! えい!」


 次の瞬間、無理やり伊都に膝枕をされていた。


「ど、どうでしょう。わたしの、その、太ももの寝心地は。や、やたら固かったりとかしませんか?」


「そうですか。それは良かった……です」

「頬で感じるタイツの感触はいかがでしょう。この前の耳とはまた違った感じがしませんか?」


「それに今回は、その、実際にわたしが履いてるタイツですし。かなり年季の入った私物、ですし」


「あたたかい!? い、いい匂い!?」


「お、おおおお教え子に対して、は、はれんち過ぎです! このヘンタイバカ教師!」

「へ? わたしの匂いでそんなに癒されるんですか? ま、まあ先生がそう仰るなら、やぶさかではありませんが……へへ」


「まあその、なんですか。ちょっとくらいなら、いいですよ」


「な、なにがって……」


「に、におい、嗅いでも……いいよって、ことですよ」


「ちょ、ちょっと! さすがに吸い過ぎです! きゃあ! 太ももの間に顔をうずめないで!」


「はぁ、はぁ……。じっとしていてください、まったく」


「えっと、次は……たしか動画では……あ」


「……あの、先生?」


「大人の殿方にこのようなことをするのは大変失礼かもしれないのですが、その……」


「な、なでなでというものを、してもよろしいですか」


「いやいや、目を輝かせ過ぎでは?」


「まあでも、先生に喜んでいただけるのなら。わたしも全力でなでなでをやらせていただきます」


「そ、それでは、御免」


「なでなで。なでなで」


「先生の髪、わたしのと全然違う……。結構かたいんですね」


「ど、どうでしょう」


「もう少しつづけますか? ふふっ。はい、もちろん。喜んで」


「こうしていると、入学式の日を思い出しますわね」


「覚えてないですか? まあそうかもしれませんね。先生にとっては当たり前のことをしただけなのかも」


「それでもわたしは、あなたにとってのその当たり前が、本当に嬉しかったんですよ」


「ふふっ、眠くなってきました? まぶたがとろんとしてきてますよ、先生」


「少し、眠りますか?」


「わかりました。大丈夫です。少ししたら起こしますから」


「ええ、はい。わたしのことはお気になさらず」


「おやすみなさい、先生」


「本当に寝ちゃった」


「少しは先生の助けになれた……よね」


「……わたしも、もう少しだけ、あなたとのこの時間を……」

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