第4話 新品タイツでお耳すりすり

 生徒会室に戻ってきた2人。


「さあ、ここからは実践といきましょう!」


 気持ちを切り替えるようにパンと手をたたきながら言う伊都。そのまま自分のスクールバッグから次々と何かを取り出し、机に並べていく。


「こちらにさまざまなデニールのタイツをご用意いたしました。30、40、60と……」


「え? も、ももももちろん新品です! 新品に決まってます! わ、わたしの私物なんてそんなもの先生のお目汚しに……」


「ってもう! 冗談は程ほどにしてください! わ、笑いすぎです!」


「まったくもう、本気で焦りました……」


「ああ、先生はデニールについてご存じないのですね」


「簡単に言いますと、デニールとはタイツの厚み、です」


「数字が大きいほど太い糸が生地に使われています。そのため透け感はなくなっていきますが防寒効果が高くなります」


「透け感と防寒効果。季節やファッションに合わせてどのデニールを選ぶのか。それぞれ履き心地も違いますし、このあたりがタイツの奥深さでもありますね」


「ちなみに、25デニールがタイツとストッキングの分かれ目、と言われています」


「まあ、おしゃべりはこの辺にして」


「それでは先生。本日は30から80デニールまで、新品の、し・ん・ぴ・ん・の! タイツをご用意しておりますので」


「実際に触ってみましょう!」


「どうでしょう? 手触りが大分違うでしょう?」


「え? そ、そうですか。わたしからするとかなり異なるのですが……」


「手じゃなくて、もっと感覚が敏感な部分……ですか。ふむ、そうですねえ……」


「……その、お耳……とか、でしょうか」


「す、すみません変なことを言ってしまいました忘れてください!」


「さ、最近そういった類のASMR動画をよく見ておりまして。そのせいでしょうか……」


「はい、タイツをこうして、耳元ですりすりとこすったり」


「実際にタイツを履いた足先でその、直接マイクを……」


「な!? じ、実際に体験してみたい!?」


「そそそそんな。今日はだって、もう放課後ですし……。色々と歩き回ったせいで上履きにその、に、においとかが、あの……」


「え、そうじゃない? わたしにやってほしいというわけではないのですか……?」


「く、くうううう」


「もう! あなたという人は本当にもう! ややこしい言い方をしないでください!」


「本当にまったく、まったくもう!」


「なんでこんな人のことをわたしは……」


「いいえ! なんでもありません!」


「わかりました! やって差し上げましょう! やって差し上げますとも! ほら、さっさとそのタイツを貸しなさい!」


「何ですか、何かご不満でもおありですか?」


「ここまで恥を晒したのです。もうなんでも来いですよ!」


 そう言いながら伊都はタイツを手に取り、本来つま先が来るであろう位置まで手を突っ込んだ。


「ほら! お耳を貸しなさい!」


「って、ど、どどどうしてこの至近距離でまっすぐこちらを見るのです! 後ろを向いて! 後ろを!」


「はぁ、はぁ……。そ、それじゃあいきますよ」


「お覚悟!」


 さわ……。


 まるで決闘のような掛け声とは裏腹に、伊都の細い指が遠慮がちに両耳に触れた。


「ひゃ……!」


「あ、すすすみません。その、男性のか、体に触るのはこれが初めてで……びっくりしてしまいました」


「あの、痛くないですか? ご不快であれば言っていただけると……」


「い、癒される?」


「はぁ、よ、よかった。じゃあ、もう少し続けますね」


 先ほどよりもわずかだが積極的に、伊都の指が両耳の耳介部分をさすってくる。


 普通の学校生活ではありえないこの状況に、2人とも無言になってしまう。


「……い、いかがですか。タイツの感触は」


 沈黙に耐えかねたように伊都が口を開いた。


「そうですよ。もともとデニールの違うタイツでは感触も違うということを先生に知ってもらうためにやってるんですから。しっかり感じていただかないと」


「履いてみればもっとよく分かるかも? 先生がタイツを実際に履くの? ぷ……あはは。それすごい面白い! ぜひやっていただきたいです」


「く、ふふふ。冗談ですよ。さすがのわたしでも先生が気を使って下さってるのは理解できます」


「おかげさまで少し緊張が和らいできた気がします」


「……先生、あの」


「もうすこし深いところまで、触ってみてもいいですか?」


「あ、ありがとうございます。それでは、し、失礼します」


 恐る恐る、といった様子で、少しずつ伊都の指が耳介から中心部に迫ってくる。


 薄目のタイツのさらさらした感触も相まって、わずかにこそばゆい。タイツの奥の方からわずかに伊都の体温も感じられて、それが絶妙に心地よい。


「先生もリラックスできているようで安心しました。はい、すっかり肩から力が抜けてます。ぐにゃぐにゃでタコみたいです」


 伊都の方もだいぶ慣れてきたのか、積極的に指を動かすようになってきた。


 強すぎず弱すぎず。お互いがお互いの息遣いと体温を感じながら、ゆっくりと時間が流れていく。


「……それでは先生。そろそろ別のタイツに変えますか」


「ええ、もちろんです。まだまだたーくさん種類はあるんですから。しっかり全部感じていただかないと、ですよ♪」

 

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