第3話 タイツ研究同好会始動!

 タイツ研究同好会の顧問となった次の日。


「それでは先生、さっそく活動開始といきましょう!」


「今日という日が来るのを心待ちにしておりました。人生で何かをここまで楽しみにしたことは生まれてから今まで一度もないと言えるほどに」


「さあ、いざ出陣ですわ! 先生!」



 廊下を歩きながら。


「さて、先生」


「この同好会の活動内容をまだ説明していませんでしたわね」


「タイツ、ストッキング、ニーハイソックス、通常のスクールソックス等々、もうすぐ冬に差し掛かろうというこの季節は様々な絶景を身近で楽しむことができます」


「そんな素晴らしい景色を見ながら、そして実物についての理解も深めながら、日々の疲れを癒す。それがこの同好会の目的です。森林デトックスのようなものです、はい」


「当校は比較的校則が緩いですから、皆さま各々の趣味趣向を凝らしながら季節に合わせた物をチョイスされております」


「みんな違って、みんな良い。その精神でわたくし……いえ、わたくしたちは心の中で感謝の合掌をしながらその景色を拝見しなければいけません」


「その中でも取り分け、その……先生はご存じかと思いますが、特にタイツがわたくしの性癖にぶっささ……こほん、好みでありますので」


「まあ、百聞は一見に如かず。タイツ着用率の高い、わたくしが選りすぐった最強の部活に今からお邪魔しようかと思いますわ」



 音楽室にて。


「こんにちは、佐々木部長。はぁ、今日も今日とてすばらしいおみ足……ごほごほ、すみません失礼いたしました」


「こほん。突然お邪魔してしまい申し訳ございません。今日は生徒会の活動の一環として、吹奏楽部の皆さまの活動を見させていただきたく」


「ええそうです、あまり大きな声では言えませんが、予算の件も含めて。ああ、本日顧問の先生がいらっしゃらないのは存じております。皆さまの普段の自主練習こそを評価すべきと思いまして」


「それと、今回はこちらの先生もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」


「はい、先生も学生の頃生徒会として活動していたとのこと。その経験からアドバイスをいただこうと思っておりますの」


「いかがされましたか、先生」


「いいですから、ここはうまく話を合わせてください」


「ああ、すみませんこちらの話です。それで、いかがでしょう?」


「まぁ、よろしいのですか? ありがとうございます」


「あらら、そんなに張り切らなくとも、皆様のご活躍は十分存じております。自然体の皆さまで、どうぞよろしくお願いいたしますね」



 吹奏楽部の練習が始まる。


「さあ、練習が始まりましたわね」


 部活動の邪魔にならぬよう、伊都がすぐ隣で耳打ちの様にこしょこしょと囁く。


「私が吹奏楽部の皆さまを激推しするのにはもちろん理由がございます」


「まずひとつ目。何といってもタイツ着用率の圧倒的高さです」


「ここの顧問の先生は大変暑がりですの。そのせいで練習中の音楽室は常にクーラーが効いております。そのため、皆様ブランケットやタイツを防寒目的で使用しているんです」


「そしてふたつ目。それは部員の皆様のスタイルです」


「吹奏楽部は文化部ではございますが、一部の楽器演奏には肺活量が必要不可欠。そのため雨の日などは運動部の皆様に交じって体育館を走ったり、階段ダッシュを行ったり。そうして適度に引き締まった両脚を黒のタイツがさらに彩る。ああ、なんと素晴らしい相乗効果!」


「ほら、見てください。皆様の素晴らしいふくらはぎと、椅子に座った状態でも形を崩さぬ引き締まった太ももを。それでいて女性らしい曲線美も併せ持つ……。はぁ、さいっこうですわ。私の好みにぶっ刺さりですわ。おっとよだれが」


「皆さま、譜面と指揮者の方の動きに視線が集中していらっしゃいますね。こうして私たちがあらぬ所を凝視していてもまったく怪しまれません」


「はぁ、私はこの瞬間の為に生徒会長という山に登っているのかもしれません。そしてこの景色こそが、山頂から望むことのできる絶景。ご来光とはまさにこのこと……。おっとまたよだれが」


「先生、どうされましたか? 先ほどから落ち着かない様子ですが。心なしかお顔も普段より赤いような」


「え、距離が……近い? あ……。す、すすすすみません私ったら……!」


「熱が入りすぎたせいか舞い上がってしまいました。どうかお許しを……」


「先生はこう、失礼かもしれませんが、もちろん良い意味で親しみやすいので思わず。次からは気を付けますね」


「あ、離れないとですよね。不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ございませんでした」


 そう言って、今度は不自然なほど距離を取る伊都。


「そうです。わたくしは生徒で、先生にとってはただの教え子の中の一人なのですから……」


 先ほどまでとは打って変わってしゅんと俯く伊都の口からは、そんなつぶやきが漏れ出ていた。

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