再生回数はすでに100回近くになっており、ミニライブに来た人たち全員が見ているのではないかと思われた。


「これ以上ないね」


 蒼の言葉に瑠璃が頷く。


「今はね。でも、失敗だらけなのも当人はわかってるじゃない?」


「これからも精進しよう。あ、今、気がついたんだけど、再生回数を考えると委員長が今、この時間にメッセージくれたのって、僕ら2人で一緒に動画を見て貰いたかったからだと考えるのが自然だね」


「つむぎならそれくらい考えてそうだ。GJ!」


 2人で笑ったあと、時間がきたので河川敷を後にした。


 堤防の上の道路を歩きながら2人は話す。蒼が春休みが終わってしまう名残惜しさを出しつつ、口を開く。


「明日からいよいよ新学期か。3年生なんだね」


「勉強も一緒にがんばろうね」


「がんばる。でも、君と違うクラスになっちゃったら、寂しいな」


「今ままでだって似たようなものだったじゃない。教室でも別々の場所にいたし」


「ううん。ふとしたときに君の姿を目で追っていたから」


「――そうだね。時々、蒼くんと目が合ったよね。それができないの、確かに寂しいかな」


 瑠璃は思い切ったように蒼の顔をのぞき込むと、人差し指で彼の額を弾く。


「弱気厳禁、絶対同じクラスだよ!」


 蒼は言葉にならない。さすがだ、と苦笑するのが精いっぱいだ。


 水神様にいつものとおりお参りして、2人は分かれ道でまた明日とお互いに言う。


 また明日。


 いつまでも続いて欲しくても、どんなものでもいつかは終わる。


 また明日。


 蒼は小さくなる瑠璃の姿を見ながら、心の中で繰り返した。




 翌朝、新学期の初日は、示し合わせて河川敷での練習はとりやめた。


 別れたあと、瑠璃からメッセージがきた。


〔やることができたから、学校でね〕


〔わかった〕


 彼女から連絡が来なかったら、自分から同じ内容を送っていたに違いなかった。どうにも落ち着かないまま、春休み最後の一日を過ごし、夜もあまりよく眠れなかった。それでも蒼はいつもの時間に起きてしまったが、練習はない。筋トレと腹式呼吸と勉強で時間を潰した。


 学校の玄関が開く朝7時15分過ぎに着くように家を出たのは、一刻も早くクラス分け表を見たかったからだ。朝には貼り出されているのが普通だ。足取りは重かったが、遅く行っても結果は変わらない。蒼は7時15分ちょうどに校門をくぐり、人影のない校舎に入った。


 階段をゆっくり上り、3階へ至る。


 そして渡り廊下を歩いて3年生のクラスがある校舎へ移動する。


 瑠璃と自分の関係がスキャンダルといわんばかりの体で校内に広がったとき、逃げてきた渡り廊下だ。あのとき、瑠璃は自分を信じてくれると言った。自分も負けないと言った。別のクラスになったとしてもその言葉が変わることはない。


 3年生の校舎に入るとすぐに、クラス分け表が張り出されていた。


 自分の名前より先に坂本瑠璃の名前を見つけ、一瞬、息が止まったが、落ち着いて、同じクラスの中に自分の名前がないか探す。


 無事、細野蒼の名前が同じクラスの中にあり、蒼は心の底から安堵した。これでまた1年一緒だ。つむぎと沢田の名前も見つけ、4人一緒だとわかってさらに安堵した。


 今度は文化祭だけでなく、体育祭も一緒だし、修学旅行も一緒だ。受験もあるが、楽しいこともいっぱいある。


 瑠璃と一緒なら。


 蒼は軽い足取りで自分が学ぶことになる教室に入る。


 春風が蒼の頬を撫で、窓際を見るとカーテンが静かに揺れていた。


 風に、春の匂いを感じた。


「遅いぞ」


 後ろの方の窓際の席には瑠璃が座っていた。


 桜色のカーディガンを羽織り、つややかな髪を春風になびかせ、蒼に笑顔を向けていた。その瞳は蒼の瞳を見ていた。カラーコンタクトをしているはずがないのに、あの瑠璃色をたたえているように蒼には思われた。


「やることって……」


「クラス分け表を誰よりも早く見たかったから」


 瑠璃はニッと笑った。


「蒼くんの席、ここだよ」


 瑠璃は自分の席の隣を指さした。


「また1年間、よろしくね」


 蒼は鞄を机のフックに掛け、新しく決まった自分の席に座る。


「できることならその先も、一緒にね」


「がんばります」


 蒼は苦笑した。


 これから先、どうなるのかなんて誰にもわからない。ギターを手にしていなかったのなら、がんばって勉強していなかったのなら、今と違う結果になっていたことだろう。これまでと変わらず教室の隅で、ひっそりと時間を浪費していたのかもしれない。


 でも、今は彼女が一緒にいてくれる。自分の物語の主人公でいられる。


 どんなことでもそうに違いないが、もし自分の目の前に、自分を変えるきっかけがぶら下がっていたら、つかんだ方がいい。だから、今日がある。


 そう蒼は誰にでも言える。


 幸運の女神には前髪しかない。


 いや、彼女の髪は前髪だけじゃないな、と心の中だけで笑う。

 

 瑠璃と一緒にいたい。


 自分をもっと変えたい。

 

 蒼はそう願いつつ、自分の手を瑠璃の手に伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る