中学3年生――春

第15話 クラス替え

 ミニライブの興奮が冷めないまま、新学年、新学期の4月がやってきた。


 新学期が始まるまで時間があるが、もう中学3年生だ。


 蒼は幾度となくミニライブのことを思い返しながら日常に戻っている。


 ギターの練習をし、合間に勉強し、親がいないときはラジオを聞きながら料理を作り、1人で食べる。完全なルーティーンだ。


 ただ、朝の時間だけは違う。ほとんど毎日、同じように練習の時間を過ごしているのに、河川敷は日々、景色を変えていくし、通りかかる人も違うし(同じ人ももちろん大勢いるが)、なにより瑠璃の表情が毎日違っていた。


 ここ2、3日、瑠璃は照れながら蒼くん呼びしていたが、今はもうそんなこともなく、蒼くんと自然に口にしている。むしろ蒼が坂本さんと呼ぶと露骨に不満げに三白眼をするようになった。


 明日から新学期という春休み最後の日、練習がひと段落し、ベンチに腰掛けて休んでいると瑠璃がまた同じようなことを言い出す。


「パートナーなんだから、瑠璃って呼んでくれてもいいでしょ? 誰かいるときは私も蒼くんって呼ばないから」


「そういう問題じゃないよ」


「じゃあどういう問題なの?」


「お互い名前呼びなんて……恋人同士みたいじゃないか」


 蒼の声の最後の方は小さくならざるを得ない。


「聞こえなかったよ、蒼くん」


「意地悪だ」


「そんなことないよ。本当に聞こえなかったんだ」


「気持ちにブレーキが掛けられなくなる」


 瑠璃はみるみるうちに頬を紅潮させ、何度も頷いたあと、両拳を握ってガッツポーズを作った。


「やったー!」


「何がやったーなの?」


「無理に恋とか言わなくても、自然に仲が良くなっていく分にはいいと思うんだ。だって、それは、私にとって蒼くんがもっともっと大切な人になっていくってことだから。ブレーキ掛けられて無理されるより、いいと思う」


「いやいや、ブレーキって大事だよ。車だってカーブ曲がるとき、減速するじゃない。ブレーキがなかったら大変――」


 瑠璃はまた表情を変えた。蒼の言葉を聞いてというよりも自分の発言に驚いているようで、蒼は途中で口を閉じた。


「……そっか。私にとって、蒼くんって『大切な人』なんだ」


「いい言葉だね。そう。君は僕の『大切な人ヒロイン』なんだ」


 瑠璃は笑顔を蒼に向ける。すっきりした、邪気のない笑顔だ。


「よかった。僕はね、この場所でくらい、君に自然体でいて欲しいと思っていた。少なくともそれは叶ったみたいだ」


 瑠璃は何を言っているんだ、というような顔をした。


「蒼くんは何もわかっていないね。ちゃんと、別の意味でリラックスしていませんよ」


「え、そうなの?」


「そうなの。これでも、がんばっているの」


「え、嫌だなあ、僕の前でくらい、素の君でいられればいいと思うんだけど」


「君がブレーキかけているんなら、私はアクセル踏んでるってこと!」


 蒼はさっぱりわからなかった。

 少し不満げな顔をする瑠璃の頭に蒼は手を伸ばし、ポンポンとやった。


「大丈夫だよ。僕は君の大切なパートナーだから」


 何が不満かわからないが、蒼は駄々っ子をあやすように彼女の頭を撫でた。


 瑠璃は無言で撫でられ、終わり時は蒼に任せられた。


 2人のスマホの通知が同時に鳴り、グループ連絡だとわかった。どうしてこんな早朝にといぶかしく思いながら画面を見てみると、つむぎからだった。


〔動画編集が終わった〕


〔もう上げた〕


 動画投稿SNSと動画投稿サイト両方のリンクが来た。つむぎが朝早いのではなく、動画編集に熱が入りすぎて徹夜したのだろう。


「うわー、緊張するね」


 蒼がリンク先をタップし、動画を再生し、2人で1つのスマホをのぞき込む。


 屋外ステージの遠景、まだ誰もいない。


 次のシーンはエントランスホールを歩いていたレインポンチョ姿の2人が突然走り出し、街路樹の歩道を駆け抜けていく。ジンバルを使っていても画面は揺れている。


「つむぎと沢田くん、こんなところから撮っていたんだね」


 瑠璃は動画を見ながら感心する。BGMは『2人は魔法少女マジカル』の、期待をはらむ戦闘シーンのものが使われている。


 2人が屋外ステージに駆け上がり、ポンチョを脱ぎ捨て、マジカル・クリスタルとマジカル・ジェダイトが現れ、『2人は魔法少女マジカル』が始まる。


 いろんな角度からのカットがあって、スマホで撮影した動画も混ざっている。中にはあきらかに観客席からというアングルがあったから、つむぎが親衛隊から使える動画を提供して貰ったのだと思われた。


 動画のできはお世辞にもいいとは言えなかったが、熱量だけは見ている人間に伝わってくる編集だった。


「こうして見ると本当にマジカル・クリスタルとマジカル・ジェダイトだね」


 動画の中の2人は完全に2.5次元になれていた。


 マジカル・クリスタルがかわいいのはベースがかわいいので至極当然のことだが、不覚にも蒼にはマジカル・ジェダイトもかわいく見えた。


「夢が叶ったのが、実感できるよ」


「ギター、下手くそだなあ」


「それを言ったら、私もだよ。ここ、音程外してる」


 2人で自分たちにダメ出ししつつ、サビの部分でマジカル・クリスタルとマジカル・ジェダイトがマイクを挟んでキスしているシーンになる。


「うわ、このアングルだと2人、間違いなくキスしてる」


 蒼は思わず声を上げてしまう。


「わかっていたけど、リアル中2魔法少女コスプレ男の娘アニソンアコースティックライブ動画。パワーワード連発だね」


 瑠璃は、はあ、と珍しくため息をつき、我に返った。


「え、キスしてるって?」


 動画を戻すことなく、再度のサビでマジカル・クリスタルとマジカル・ジェダイトがマイクを挟んでキスしているシーンが繰り返される。


「うわー、本当だ~ キスしてる! マイクで隠してるみたいに見える!」


「やっている当人たちはどう見えているかわからないもんなー」


 そして観衆と声を合わせて、最後の歌詞か台詞かわからない部分になった。


『とつ・ぜん! 最強!』


 ギターの残響サスティーンが消え、マジカル・クリスタルとマジカル・ジェダイトがやりきった表情で脱力し、観客に向けて笑顔になる。


 そして退いていき、また屋外ステージの全景となり、テロップが始まる。字体などを『2人は魔法少女マジカル』のエンディングを真似て流しており、凝っていると感動した。


 

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