第14話 余韻
1
ライブが終わると瑠璃と蒼は観衆に取り囲まれ、屋外ステージの上で記念写真を撮った。ただ、屋外ステージの占用時間が30分だったので、時間切れで撮れなかった人たちもいたようだ。しかしクラスメイトは全員撮ることができたようでなによりだった。いろいろ聞かれそうにもなったが、時間がなかったので撮影優先でほとんど会話することなく、屋外ステージから撤退した。
複合施設に戻ろうとしても、ついて行こうとする観客がいたが、親衛隊が足止めしてくれて助かった。瑠璃と蒼は再びレインポンチョを被って児童館に戻った。
更衣室でメイクを落とし、ウィッグ用のネットを外し、現実に戻っていくのはある種、寂しさも覚えた。
スポーツインナー姿の瑠璃がまだコスプレ解除に戸惑っている蒼の前に現れ、感極まったように涙ぐんだ。しかし涙はきちんと止めた。
「まだ、泣くのは早いかなと思う」
「泣くことなんかないよ」
「ううん。いろんなことがあって、やっぱり胸が熱くなって……」
「バカだな、泣くことないんですよ、るりりん」
道具の整理をしていたつむぎが、小さく嗚咽していた。
「つむぎこそ……」
瑠璃は小さく震えるつむぎの肩を抱いた。
「私たちヲタ勢だって、好きなことを好きだって胸を張って言って、頑張れるんですね」
「そうだよ。もちろん」
「私、いつか好きなことを仕事にしたいな」
顔を上げたつむぎの瞳は赤く潤んでいた。
沢田と蒼は布スクリーンのパーテーションの向こう側に消える。
沢田はアマレスのジムの練習時間が迫っており、重い機材を持って更衣室から出た。
蒼は外に出て、廊下で沢田に礼を述べた。
「いつか恩返ししたいな」
「いや、もう十分して貰ったぜ」
そして照れくさそうに笑った。
蒼は沢田と拳を合わせ、互いの健闘を祈った。
更衣室に戻り、蒼も着替えを始めようとすると、つむぎが一足先に片付けを終えて、先に帰ると言って去って行った。どうやらこれからもう動画編集に入るらしい。つむぎは瑠璃とハグした後、エレベーターの中に消えていった。
「委員長は本当に多才だ」
「“好き”のなせる技ですよ」
つむぎが嬉しそうに言う。
「それは最強だ」
蒼の言葉に瑠璃は目を丸くした。
「蒼くんでもそう思うんだ」
「普通のことだよね。好きなら努力を努力と思わない。努力なくして成功なしとはいうけど、努力をそうと意識しないでできる人の方がきっと強い。僕もギターを初めて、続けて、やっとその意味がわかったから。楽しいもの。楽しくて上手くなれる」
「わかるなあ。私もそうだ。これからもそうありたい」
2人は気持ちを新たにしながら、更衣室に戻る。
片付けを終えて、忘れ物がないか確認した後、大型複合施設を後にする。ギターのお姉さんたちの姿はもう消えていた。今度会ったとき、またお礼を言いたいと思う。
大型複合施設のエントランスから出ると、もう街路灯が点る時間で、空はきれいに赤く染まっていた。春分は過ぎている。これからはもっと明るい時間が増えるだろう。だが、今は、今の蒼と瑠璃には、この薄暮時の、喧噪にあふれ、でもどこか寂しげで、慌ただしい時間がありがたかった。そんな人々の波にのまれつつ駅への道を歩くと日常に戻っていく気がするからだ。
駅前広場は照明が多く配置され、昼間のように明るかった。
「やっぱり、ステージに寄っていこうよ」
瑠璃が言い、蒼が頷く。
「僕も行きたかった」
2人は屋外ステージへと歩みを変える。
街路灯の時計はもうすぐ6時になろうとしていた。
屋外ステージの前は閑散としていて、スケートボードを練習する高校生らしき少年が数人、行ったり来たりしているだけだった。
蒼と瑠璃は屋外ステージの縁に座り、ステーションビルの明かりを眺めた。
「ここで2曲だけだけど、演奏したなんて嘘みたいだ」
蒼が空を見上げ、言う。空はまだ雲が夕日の明かりを反射して輝いている。
「嘘じゃないよ。やりきったよ、私たち。あとから思い出したらハードルの低さに笑っちゃうかもしれないけど、今の私たちは跳べるだけ跳んだんだ」
「誇ろうよ。最初の一歩だ」
蒼が瑠璃を見ると瑠璃はもう蒼を見つめていた。
「ところで、私、蒼くん呼びしてますが、気がつかなかった?」
控えめに、少し俯き加減で、上目遣い。これも最強だ。
「ギターのお姉さんが言ってたの、移った?」
「お姉さんが言ってたから、私も言おうかなと思った」
「少し恥ずかしいね」
蒼は照れて笑った。
「これからも2人きりのときは蒼くんって呼ぼうかな」
「僕は“るりりん”とは呼べそうにないよ」
「今、言ってくれたよ」
瑠璃の顔はぱああと明るくなり、蒼は遅れて意識してしまう。
「何度言っても足りないけれど、ありがとう」
瑠璃は蒼の手に指で触れようとして、ためらって、触れられない。
「僕だってそう思ってる」
蒼の指が瑠璃の指に触れ、お互いに退く。退いても、その次の瞬間にはそれぞれの指がお互いを求めるように絡み合い、しっかりと手をつないだ。
そして屋外ステージの縁から2人でタイミングを合わせてちょんと降り、堅く手をつないだまま、薄闇の中、駅へと歩いて行った。
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