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クリスタルがジェダイトの目を見て合図をする。
パンデイロを叩き、リズムを作って、ジェダイトが『2人は
「と・つ・ぜ・ん~ へんしーん~!」
クリスタルが歌の前にアニメのオープニング通りのセリフを入れ、ジェダイトはコード進行にチェンジする。そしてクリスタルに寄り添うようにジェダイトは斜め後ろにつく。
そしてクリスタルが歌い始める。
「平和な毎日、大切だけど、冒険したくなること、突然あるよね?」
クリスタルがジェダイトを振り返る。
ジェダイトは歌詞に頷くかのように大きく頭をふった。
「海の波切り、雲飛び越して」
ジェダイトもクリスタルが持つマイクに顔を近づけ、クリスタルと一緒に叫ぶ。
「目指せ世界のどこまでも!」
ここから激しいリズムになる。クリスタルが叩くパンデイロの音が激しく鳴り響き、そのリズムに合わせてギターの旋律も早くなる。
「ピンチに呆然、チャンスに騒然!」
そしてまたクリスタルとジェダイトがマイクを挟んで急接近。
もうほとんどキスシーンかという近さだ。しかし視線は舞台下の観客に向いている。
「2人が力を、合わせーれーば、! 断然近く、なるよね?」
2人が声を合わせ続ける。
「マ マ マ マジカル 2人は
親衛隊もサビのフレーズを併せ、大音声が駅前に響き渡る。
「完全無敵、華麗に素敵、当然夢中になるよね!」
ジェダイトをステージ中央に残したまま、クリスタルがマイクを持ってステージの縁を歩いて行く。有線だから注意が必要だが、クリスタルは華麗な足取りで端から端まで歩き回り、中央に戻ってくる。
クリスタルは細かい振り付けまで完璧だ。
「マ マ マ マジカル、2人は
クリスタルがパンデイロを持っている手とジェダイトがギターのネックを持っていた方の手がつながれ、台詞とともに前に突き出される。
『マジカルダブルスクリュー~』
初期必殺技のアクションだ。2人とも演奏があるのですぐに手を離したが、お互いを見つめると一瞬、ときが止まった。
瑠璃から見るジェダイトも、蒼から見るクリスタルも、キラキラ輝いていた。
「不安も悩みも 蹴飛ばして 今こそ突貫! 明日を紡ぎに駆け出そう!」
そう、今日がまた新しい始まりだから。
「マ マ マ マジカル、2人は
“2人は
もう終わってしまう。
次から最後のフレーズだ。
短い演奏時間だった。
しかし、ここまでが長かった。いや――。
コードを覚え、つたなく弦を弾き始めた秋、瑠璃と出会った冬、一緒に歩き始めた春。
帰国して挫折感を味わった秋、蒼と練習を始めた冬、恋心を自覚した春。
あっという間だった。
ぜんぜん、長くなかった。
また、クリスタルとジェダイトがマイクを挟んで急接近する。
もう、間にマイクを挟んでいるだけで、またほとんどキスシーンだ。
最後のハーモニー。
「とつ・ぜん! 最強ぉーお!」
クリスタルの満面の笑みからは歌いきったという感慨があふれ出ている。
彼女の額の汗が輝いていた。
そして、ジェダイトの最後の短いギターソロ。
もう指が動かなかった。後半はコードもきれいに音が出ず、バラバラでクリスタルのパンデイロとのタイミングも微妙に外してしまい、最悪だった。
だけど、なんとか、ここだけはやりきらないとならない。
そう言い聞かせ、ジェダイトは集中力を振り絞って弾き切った。
ギターの
しかし、屋外ステージ前には歓声が残っている。
クリスタルとジェダイトのコールが、次第にアンコールに変わっていく。1曲しか練習していないことは知られていたようだが、さすがにアンコール曲くらい用意していると思われたのだろう。観客の期待は消えない。
瑠璃と蒼は困って顔を見合わせる。
「もうなんにもないもんね……」
瑠璃はマイクを切る。
「まさかこんなことになるなんて思わないもん――」
もう、観客の熱量前に、困って苦笑するほかない。沢田もつむぎもどうすればいいのかわからず、ステージの下でお手上げ状態だ。
「るりりん、蒼くん、時間稼ぐから考える!」
ギターのお姉さんとバンドメンバーの、お姉さんの彼氏らしいベースの人が楽器を手に階段から上ってきて、蒼のギターからケーブルを抜き、自分のギターに刺した。
そしてギターのお姉さんは瑠璃からマイクを貰い、マイクスタンドにはめるとベースの人と一緒に『2人は
格好いい!と感動している余裕はなかった。演奏はおそらくTVサイズの90秒しかない。その間に何か考えないとならなかった。
蒼は半ばパニックになったが、瑠璃ははたと思いついたように口を開いた。
「そうだ。君が最初に歌ってくれたあれを歌おうよ。あれなら私、歌詞覚えているし、空で弾けるでしょ?」
「かえるのうた?」
「最初に歌ったのはそうだけど、違う!」
そして蒼は思い至った。
「G7、そしてC、たまにD、しか使わない超有名バンドの歴史的デビュー曲」
「Yes! さあ、もう一度行こう」
『2人は
そして再びステージの中央に2人は戻る。観客は全く冷めていない。むしろ、期待値が上がって感すらある。
それでも瑠璃はマイクを手にして、口を開いた。
「今日は、こんな拙い演奏を聴きに来てくださいまして、ありがとうございます。あ、今、先輩方の弾いてくださったエンディングは拙くはなかったですね。短期目標としてあのレベルを目指します。助っ人ありがとうございました」
ステージ下でギターのお姉さんとベースの人が手をひらひらと振って応えた。
「目標としていた初めてのストリートのミニライブがこんな形になって、驚きを隠せませんが、嬉しいのも本当です。アンコール曲くらい用意しておけばよかったんですが、コスプレと振り付けで精一杯で……蒼くん、コメントある?」
蒼は首を横に振った。
マジカル・ジェダイトの中身が蒼だとわかって、観衆はどよめく。
「でも、彼がずっと練習していた曲があって、それは私も歌えるので、その曲を披露して今日のミニライブを終わりにしたいと思います」
蒼と瑠璃が1本のマイクを通して寄り添い、声を合わせる。
「ビートルズ『Love Me Do』!」
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