2
目的の駅に到着し、児童館が入っている公営の大型複合施設を目指す。児童館の更衣室を借りて、コスプレをする予定だ。エレベーターを待っていると沢田とつむぎが合流した。沢田は大きな機材の類いを持って、つむぎはメイク道具を持って汗だくだった。4人揃ってひどい顔をしていて、また笑った。
児童館の受付に行くと、すっかり2人となじみになった高校生バンドの、ギターのお姉さんがいた。
「るりりん、今日、屋外ステージデビューなんだって?」
大きなイベント以外の屋外ステージのスケジュールは受付のホワイトボードで管理しているから、児童館に出入りしている人なら誰でも予定を知っている。
「はい! がんばります!」
瑠璃は笑顔で答え、サムアップし、ギターのお姉さんもサムアップで返す。
なんか、始まる雰囲気が出てきたなと蒼は身を引き締める。
そして予約した更衣室に入り、布スクリーンのパーテーションで男女を仕切る。メイクの邪魔にならない部分はそれぞれ先に着替えてしまう。市販のコスチュームがベースなので上半身の衣装は強度的な面では脱ぎ着が楽だ。すぐに瑠璃も蒼もアンダーシャツだけの姿で並んで座った
メイクは蒼から。アニメのキャラクターになりきるためにはしっかりとメイクしないとならない。男の娘になるならなおさらだ。つむぎは真剣そのものの顔でウィッグ用のネットを蒼にかぶせ、頭の形を作る。
一方、規格外の美少女である瑠璃は簡単で、カラーコンタクトを入れて、自分で軽くメイクすればほとんど終わってしまう。ウイッグも不要だ。その分、時間が稼げるでしょ、とつむぎは蒼のメイクをしつつ、横目で瑠璃の方も確認する。
蒼のメイクは小一時間ほども続いた。合間合間に蒼が作ってきたお弁当のおにぎりをつまむ。前回のメイクなんて一応してみた程度だとわかり、蒼はげんなりしつつも感嘆した。二重の幅を広げ、ベースメイクで顔の表面の凹凸を消し、陰影を描く。目を描き、つけまつげをつけ、眉毛を作り――複雑な工程を経て、蒼のマジカル・ジェダイトがこの世に顕現していく。
鏡の中の自分がウイッグを被ってしまえば、3次元に飛び出してきた魔法少女戦士になるだろうと思えた。
つむぎが一休みしておにぎりを頬張り、瑠璃が蒼にウイッグをかぶせ、形を整える。
目の前に瑠璃の顔があり、カラーコンタクトをした瑠璃の青い目に蒼の意識が吸い込まれていく。
「本当に瑠璃色だ」
「動かないで」
瑠璃は照れ隠しで蒼の頭を小さく叩いた。
ウイッグを整え終えると、蒼は上半身の衣装に袖を通し、ようやくマジカル・ジェダイトが完成する。
その間につむぎが少し瑠璃のメイクに手を入れ、上半身の衣装に袖を通し、マジカル・クリスタルも完成する。
ここから駅前の屋外ステージまで歩いて数分かかる距離があるため、無駄に目立たぬよう、2人は地味な色のレインポンチョを頭から被った。そして蒼は祖父の形見のアコースティックギターを、瑠璃はパンディロを手に取った。
「行こうか」
瑠璃が蒼を見た。
「うん。一緒に行こう」
申請しておいた、屋外ステージの占用時間がもう迫っていた。
更衣室から2人とも大きな歩幅で出て、沢田とつむぎがあとをついていく。
エレベーターホールの前でギターのお姉さんとまた遭遇し、お姉さんは2人の足下を見てコスプレと見抜き、口笛を吹いて声を上げた。
「がんばれ!」
「がんばる!」
蒼と瑠璃は声を合わせて扉が開いたエレベーターに乗り込む。もちろん残る2人も。
否が応でもテンションが上がっていく。
エレベーターは1階についた。
早足で大型複合施設のエントランスホールを駆け抜け、ポンチョの裾がひらりと舞うと、白と黒の衣装が通行人の目に飛び込んでくる。
印象に残る鮮やかなコントラストだった。
外に出ると、合図したわけでもないのに、蒼と瑠璃は同時に駆け出した。
駅前の屋外ステージに向かって通行人を避けつつ、街路樹の歩道を駆け抜ける。
もう2人は心を止められず、足がそれに応えていた。
パンデイロのジングルがシャカシャカと軽やかな音を奏で、道行く人が振り返る。
沢田とつむぎも苦笑しながらついていく。2人は瑠璃と蒼の努力を知っている。だから、彼らの走るがままについていく。
4人が駅前広場に到着すると、屋外ステージの前に人だかりができていた。70人ほどもいるだろうか。ほとんどが2人と同じ中学校の生徒だ。大半は男子だが、同じクラスの女子の姿も見えた。
「つむぎ、情報流した?」
瑠璃が走りながら振り返る。つむぎは首を横に振る。つむぎはもうムービーカメラを回している。蒼が息を切らしながらあきれ顔で笑う。
「わかった。親衛隊だ」
屋外ステージの最前列は親衛隊が占めており、中には隊長の姿もあった。親衛隊長のたすきを掛けている。確かに今日までは同じ年度だから卒業しても隊長だ。ほかの親衛隊員はるりりんと描かれた団扇など手作りのコンサートグッズを各々持っている。彼らはマジカル・クリスタルの姿を見つけると歓声をあげてグッズを振った。児童館の受付をチェックしている隊員がいたに違いなく、一般生徒にまで情報を流布したのだろう。
みんな知っていて知らないふりとは、と蒼は苦笑しつつ、脇の階段を使って屋外ステージへ駆け上る。
瑠璃は反対側の階段から駆け上がり、蒼に目で合図する。
一斉にポンチョを脱ぎ捨て、蒼――マジカル・ジェダイトはギターを構え、瑠璃――マジカル・クリスタルがパンデイロを叩いて、観客に手拍子を要求する。
「みんな! 来てくれてありがとー!」
マジカル・クリスタルが拳を振り上げると会場にいる生徒のほとんどが手拍子に応じてくれる。何が起きたかわからない通りすがりの人たちも集まってくる。
そしてギターを弾くマジカル・ジェダイトを見て、あれ、誰だ、とどよめきも起きる。
マジカル・クリスタルが手拍子を要求している間に沢田が手早くアンプを置き、ケーブルとマイクをつなぎ、マイクをマジカル・クリスタルに投げた。
「Thanks!」
クリスタルは宙に舞うマイクをつかみ取るとパンデイロを太ももで鳴らし、テストを兼ねて叫ぶ。
「Yeah!」
ポータブルアンプから出てくる音量はこの観客数に対しては小さいが仕方がない。想定外だ。沢田が蒼のアコースティックギターにケーブルを接続し、準備完了だ。沢田がステージから飛び降りる。蒼は今まで気がついていなかったが、ギターにはパッシブの集音装置が後付けされていて、アンプで音を増幅できるようになっていた。
ジェダイトはクラシック音楽をアレンジした簡単なフレーズのソロギターを繰り返し弾いている。難しいフレーズも長いフレーズもまだできないから苦肉の策だ。しかし観客の期待を盛り上げ、それなりに雰囲気は作れている。
そしてクリスタルがマイクを構え直すと親衛隊の“るりりん”の大コールが始まる。本人達にしてみれば、オフィシャルに瑠璃を“るりりん”と呼べるのだからこれもまたUR級のイベントに違いなかった。
しかしクリスタルはニヤッと笑って親衛隊を指さした。
「そこー! ここにいるのは“るりりん”じゃない! マジカル・クリスタルだぁ!」
どっと観衆が湧き、数秒後、コールは「マ・ジ・カ・ル クリスタル!」になった。
何の騒ぎか、と道行く人や駅前のオープンカフェでくつろいでいた人々が幾人か集まってくる。
「じゃあ、行こうか。曲は私たちの主題歌『2人は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます