第13話 2人は魔法少女

 春分の日の、蒼のコスプレ初体験から3学期の終業式まではあっという間に過ぎた。


 河川敷の練習時に屋外ステージ上の動きのリハーサルも加わり、2人は朝から濃い時間を過ごした。午前中は学校。放課後はすぐに帰宅して瑠璃は春期講習へ、蒼は自宅学習と合間にギターの練習にいそしんだ。つむぎも衣装直しの材料が揃ったとのことで少しずつ作業を始めるとのことだった。


 ライブ予定日の3月31日は春休み中でも離任式で登校日だが、2人は特に誰にも演奏することを言っていないので、駅前の屋外ステージに誰が見に来てくれるということもない。平日なので休日と違ってそんなに人もいないだろうし、たまたま通りかかった人が見てくれればいいだけなのだが、できるだけのことはしたかった。


 春休みに入ると時間がとれるようになり、午前中は練習に費やした。ときおり、つむぎが河川敷まで様子を見に来てくれてモチベーションが上がった。練習を一通り見た後、つむぎは呆れたように言った。


「練習しているのか、単にいちゃついているだけなのかもうわかりませんね」


 当人達はわからないので、客観的な意見として2人は受け止めた。


「そうか。いちゃいちゃしているように見えるんだね」


 言われた瑠璃は嬉しそうだったが、蒼は少々不満だ。


「真面目に練習しているつもりなんだけど」


「それで通常運転ということですよ」


 そう言ったあと、直したマジカル・ジェダイトの衣装を広げ、蒼に手渡すと、つむぎは河川敷から去って行った。見送りつつ、蒼はつぶやく。


「もうコスプレ衣装の直しができあがってしまったのか」


「だってもう明後日ですから」


 瑠璃は帰り支度をしながら答えた。蒼は感慨深い。


「早いものだね。僕と君が一緒に練習をし始めてからだいたい3ヶ月だ」


「改めて言われるとびっくりだね。まだ3ヶ月しか経っていないんだ――君とはもっとずっと前から一緒にいた気がするよ」


 瑠璃は苦笑しながら蒼を見る。


「イベントがいっぱいあったからね。人間の時間感覚って不思議だ。中2になってからの何もなかった9ヶ月より、この3ヶ月の方がずっと長く感じる」


「私もニュージーランドにいたのが遠い昔みたいに思えるよ」


 瑠璃と蒼は顔を見合わせて小さく笑う。蒼は言う。


「それでも、もう季節が変わるくらいは一緒にいるよ」


「まだまだ。夏も秋もあるよ」


 瑠璃は未来に思いを馳せている。蒼は気持ちを伝える。


「その頃も仲良くしていたいな」


「私もそう思ってる。ううん、その先の冬も、また春が来ても仲良くしていたい」


「受験がんばる」


「急に現実が……」


 また、2人で笑った。


 2人は河川敷を後にし、それぞれ帰宅した。明日一日は休養することにしている。勉強と練習との両立はなかなか体力的に厳しいものがあった。たった1日瑠璃と会わないことを決めただけで、蒼は寂しく思うが、ライブの起爆剤にしようと考えた。それにまたあのマジカル・クリスタルをみることができるのは嬉しい。それを楽しみに待つことにした。自分もコスプレする訳だが、もう自然の流れに任せるしかない。


 翌日は家から一歩も出ずに過ごした。半日まるまる寝てしまったから、やはり疲れていたようだった。その間に瑠璃からメッセージが来ていた。


〔緊張するね。準備OK?〕


〔今晩、直前のムダ毛処理します〕


 ココットが大笑いするスタンプが返ってきた。


 蒼はギグバッグからアコースティックギターを取り出して磨き、ダッフルバッグの中にコスプレ衣装一式を詰め込む。帰宅してからだと時間がないので、離任式が終わったら屋外ステージのある駅に直接向かう予定だ。忘れずにムダ毛処理も済ませた。


「平常心、平常心」


 蒼はつぶやきながら布団に入り、あんなに寝たというのにすぐに寝付いてしまった。




 ストリートライブをやろうと提案したのは3学期が始まってすぐのことだった。蒼はそのときのことをありありと覚えている。連絡先を交換して、瑠璃との距離がぐっと近くなった頃のことだった。


 自分ではあのときから比べればかなりギターが上達したとは思うが、まだ人様に聞かせられるようなものかどうかはわからない。不安だが、前に進むために人前でギターを弾きたい。その気持ちは今も変わらない。紆余曲折があり、女の子キャラのコスプレをすることになったが、それも運命というものだろう。


 運命は確かに自分の心の中に存在すると思う。


 31日は離任式があり、登校日だ。蒼はギグバッグを背負い、コスプレ衣装と4人分のお弁当を入れたダッフルバッグを持って登校する。ギグバッグは音楽室に置かせて貰えることになっている。できる限り目立ちたくないので、今日の河川敷練習はなしにして、学校の玄関の鍵が開く朝7時15分過ぎに到着するように家を出た。途中、先を歩く瑠璃を見つけ、蒼ははやる胸の鼓動を抑えながら駆け出す。すぐ近くまで近寄ると足音に気づいたのか、瑠璃が振り返って声を上げる。


「細野くん、みーつけた!」


「見つかった! どうして僕だってわかったの?」


「なんとなく、わかった」


 瑠璃はニパーっと笑った。美少女にまるで似合わない笑い方だ。マンガだったら相当デフォルメされて緩く表現されるだろう。だが、そんな素の彼女が蒼はとても愛おしい。自分にだけ気を許してくれているとわかるからだ。


「違うか。魔法少女マジカルだからだね、きっと」


 瑠璃は今度は不敵に笑う。

 

 とても愛おしい魔法だ。

 

 瑠璃と蒼は歩調を合わせて人気の少ない校門をくぐった。


 荷物を音楽準備室に置かせてもらえるのは2人が優等生だからということもあるが、音楽の先生に児童館の職員さんがその旨を頼んでくれたことも大きい。味方がいると心強い。朝早いこともあって、誰かに見られることなく、荷物を置けた。


 離任式が終わり、2年生最後のHRも終わる。


 次に学校に来るときは3年生だ。クラス替えもある。また一緒になれるといいね、といいながら、クラスメイトが散っていく。その中には蒼と瑠璃もいる。現地でつむぎと沢田も合流する予定だ。


 2人は音楽準備室から荷物を回収し、ほとんど走るようにして学校を後にする。そして駅までの間も可能な限り急ぐ。ライブをするだけなら時間の余裕はあるが、コスプレは準備に時間がかかる上、つむぎが動画撮影をすると言い出したので、日が高い間にスタンバイしなければならなくなっていた。


 駅には駆け込んだが、電車には安全に乗り込み、まずは一安心。乗り換えのタイミングもいい。時間は稼げたようだった。息を整えながら、2人は顔を見合わせる。お互い、汗まみれのひどい顔をしていた。だが、楽しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る