朝礼のあとはすぐに授業になったから、朝の盛り上がりは1時間目の休み時間までお預けになり、休み時間になると人だかりができた。


 瑠璃はとりまき陣に蒼と一緒にストリートライブを計画して練習をしていることを話した。蒼も普段は話さないようなクラスメイトから質問を受け、音楽を通じて一緒にいることを話した。そして、バレそうになったときに、つむぎと沢田に協力して貰って、皆を煙に巻こうとしたことを詫びた。だがそれを聞くと、そんなこと別に普通だと、誰かが言ってくれた。瑠璃のとりまきの女子の中には、味方だから、と後ろからハグする子や手を取る子がいた。カラオケのあと好きな男子を取られたと詰問してきた子たちだ。誤解して嫉妬していたことへの罪滅ぼしなのだろう。


 2時間目が始まる1分前になって、クラスの皆が核心というか、興味の大半を占める部分を突いてきた。


 2人は付き合っているのか? と。


「恋愛という意味では、つきあっていないです」


「音楽を通したパートナーだよ」


 瑠璃と蒼がほぼ同時に答え、お互いの顔を見て、2人は目と目で通じ合い、頷いた。


 クラスに大勢の声がこだました。


「うそだー!」(フォント太字ゴシック)




 瑠璃と自分の関係をクラスの皆が受け入れてくれ、野次馬的な感じでも好感を持ってもらえたのは蒼にとって意外だった。今まで悩んでいたのがバカみたいだとまで思えた。こんなことならもっと早くオープンにした方が面倒がなかった。しかし上履きは隠されたし、机も荒らされた。実害があるし、よく思っていない人間がいることも間違いない。上辺だけ好意的な人間もクラスにいるだろう。注意しなければいけない。


 次の休み時間になると他のクラスや学年から、『我が校のアイドルの彼氏』を見にくる生徒が大勢きて、あとを立たなかった。


 そして4時間目の体育の時間、きがえようとして体操服を取り出したら、切り裂かれていることに気づいた。陰湿だ。蒼は仕方なく体育教師に事実を話し、授業を休んで家庭科室で繕うことにした。今までも少々のいじめを受けたことはあったが、ここまで嫌がらせが激しいと精神ダメージが大きい。瑠璃の方はいやがらせを受けることはないとは思うが心配だった。蒼は繕った体操服で体育の授業に合流した。


 そして昼休み、3年生の男子から呼び出された。3年生は明日が卒業式で午後は帰宅だというのに、用事があるということは親衛隊だろうな、と察した。


 屋上にいくと、同じ腕章をした10人以上の男子が集まっていた。沢田が言っていた親衛隊の腕章だろう、『RURIRIN’S SS』と書いてあった。“るりりん”だ。SSの意味はわからないがいわゆる厨二のイメージがした。中には見知った顔もあり、親衛隊だったのかと苦々しく思った。


 蒼は彼らに取り囲まれ、貫禄がある3年生に名前を呼ばれた。


「呼び出された理由はわかっているよな」


「あなたが親衛隊長さんですか」


「今年度までな。来年度はあいつ」


 体育で同じクラスの男子が頭を下げた。


「では、恋人関係ではないことは知っていますよね」


「本当かどうか確かめるために呼んだ」


 親衛隊長は蒼を見据えた。


「こんな大勢に囲まれたら普通は話せないですよ」


 脚は震えるが、数の暴力には屈したくない。一度屈したら、ずるずるといってしまうと思った。だから、脚に力を入れて、丹田に気合いを入れて、蒼は親衛隊長を見返す。親衛隊長も視線を外さない。


「だが、我々も納得できないままでは終われない」


 一方的だが、その論理もわからなくはない。人気者を独り占めしようとしていると思われているのだから、仕方がないのかもしれない。だから、ありのままに言った。


「――本当ですよ。つい昨日、それを確認したばかりですから」


 おお、と歓声があがった。


「だが、お前の方はそうではないだろう」


「わかりません。わからないから困っています」


「困っている?」


「気持ちの置き場所がわかりません」


「天使のようにかわいい“るりりん”と一緒にいたらそうもなるか」


 親衛隊長は感慨深げに言う。やはりSNSの表示名である“るりりん”を知っているのか。それとも偶然か。おそらく前者だろう。なぜかそんな気がした。


「ただ、彼女の希望を叶えてあげたいです。とびきりかわいいからってだけで、逆に窮屈な生活しなくちゃならなくて、自分も抑えていて――力になりたいです」


 それは紛れもなく、そしていつも考えていることだ。


「もう十分だ。では副隊長」


 そして来年の隊長だという2年生が腕章を持ってきて、隊長が手に蒼にかざした。


「入隊しろとは言わない。お守りだと思え」


 蒼は無言で受け取り、丁寧に折りたたんで制服のポケットに入れた。


「これにて解散」


 親衛隊員は次々と屋上を去り、最後に隊長が残った。


「これからもいろいろあると思うが、頑張れよ」


「最後に聞きたいことがあるんですが」


 親衛隊長は疑問符を浮かべた。


「ホワイトデーのお返しをブラックサンダーで統一させたのは、隊長さんたちですよね? 最初こそ困り顔でしたが、結局のところ助かったって彼女は言っていました。プレゼントが心の重石にならないで済んだみたいです。彼女の代わりにお礼を言わせてください」


「意図を理解してもらえて助かる。嬉しいよ」


 そして親衛隊長は笑って去って行った。


 どうやら何事も起きなかったらしい、と判断し、蒼は深呼吸をして自分を落ち着けた。むしろいい人達の集まりのようだ。当面、ファンクラブというか親衛隊の心配はいらないだろう。


 しかし教室に戻ると瑠璃はまだ大勢に囲まれていた。中には他クラスの子も大勢いる。


 余波はこれからも続きそうだった。

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