昼食の後片付けを終えて、蒼と瑠璃は奥の納戸へ向かう。北側の部屋なのでさすがに明かりは点けたが、それでも薄暗かった。


 奥にステレオセットが置かれていて、レコードやCD、MD、カセットテープが脇に山積みになっていた。叔父たちが整理を断念したのだろう。


「レコードだ。状態が良ければ高価なんだよね」


「どうかなあ。これは遺品ノートでは僕に宛ててないから、残念ながら知らない」


「この小さいCDみたいなのが入っているプラスチックのは何?」


「MD。遠い昔に絶滅した記録媒体。一応、デジタルだったはずだよ」


「カセットテープはわかる。今、流行りだよね」


「もう劣化して使えないだろうねー」


 そして脇の整理棚を開けると意外と新しめのアンプやマイクなどを見つけた。


「これかあ。叔父さんが僕に貸してくれるって言っていたポータブルアンプ」


 幸い乾電池併用式だったので、屋外ステージでも問題なく使えそうだ。


「ストリートライブのアイテム一式って感じだよね」


「叔父さんはじいちゃんの影響を受けて、若いときに音楽やっていたんだって。自分の家に置いておくと邪魔だから持ってきたって言っていた」


「やった。これで機材問題は解決だね」


「ついでに積んで帰ろう。あとはタンブリンか」


「あったよ」


 瑠璃が天井近くにぶら下げられたタンブリンを指さす。ギターと一緒にぶら下げていたのだろう。空いたフックが隣にぶら下がっている。蒼は椅子を持ってきてタンブリンを取り、瑠璃に手渡す。瑠璃はシャカシャカと振ってみるが、首を傾げる。


「私の知っているタンブリンより音がおとなしめというか」


「そういう種類なのかもね。山羊革だし、張りの調整機構もあるし、よさげだ」


「楽器が使えない私としては初の楽器だ。除く鍵盤ハーモニカとリコーダー」


「カスタネットもやらなかった?」


「やったやった」


 瑠璃はリズムをタンタンタタンと作ってみる。もうそれだけで輝く笑顔だ。


「よろしくタンブリンくん」


 瑠璃に頬ずりされるタンブリンを蒼は心底羨ましく思う。


 縁側に戻ると、さっそくアコースティックギターとタンブリンを合わせてみることにする。蒼が選んだ曲は“赤い鳥”の『翼をください』だ。学校の音楽でやったから瑠璃も知っているし、エヴァンゲリオンの映画でも使われたから知っている人も多い名曲だ。


 蒼は普通に弾き語りし、瑠璃も歌いながらタンバリンを合わせた。相性はいいようだ。ギターのタイミングをタンブリンに合わせて一緒に歌うと合わせやすい。


「うん、いけそう」


 瑠璃は春の空を見上げた。春の空は冬までの空と違い、明るく、少しくすんでいる。

 くすんでいても、その先に何かを予感させるような空だ。


「僕は……翼はまだいらないな」


 蒼は今しがた口ずさんだ歌詞に思いを馳せる。


「わかる。まだ地上でやりたいことがいっぱい残ってるもの。私にも、君にも」


 瑠璃と蒼は空に鳥の影をみつけた。どんな鳥かはわからなかったが、色は白かった。白い鳥はすぐに2人の頭上を抜け、西の方角へ飛び去っていった。


「思い出した」


「どうしたの急に」


「じいちゃんが言っていたんだ。どうしてギターなのかって聞いたとき、若者の熱意を世に示す手段がギターだった時代もあったから、って言っていた」


 瑠璃は少し思い出すように考え込み、言った。


「細野くんを見ているとわかる気がするよ」


「今はギター以外にも、たとえば動画作成とかいっぱいあると思うけど、それでも、その言葉は間違ってないと思う。そう思いたい」


 瑠璃は頷いてくれた。


 祖父の家の戸締まりを済ませ、2人は復路につく。


 往路と違うのは蒼と瑠璃の自転車の荷台にたっぷり音楽機材が載っていること。


 タンブリンが瑠璃の自転車のかごに入っていること。


 そしてマンゴープリンがなくなっていること、だった。




 翌日曜日は河川敷で練習した後、2人は特に会うこともなく、お互い別々に練習と勉強にいそしんだ。空き時間を作るのがもったいなかった。 


 その夜、つむぎから瑠璃へメッセージが送られてきた。


 同じ内容で蒼も沢田からメッセージを貰った。


 画像もついており、瑠璃と蒼はそれを見て息をのんだ。


 コンビニから出た瑠璃と蒼がマンゴープリンのカップを手に、笑っている画像だ。


 なんかもう、あのときはまるで無警戒だった。同じ学校の生徒がいるなんて思っていなかった。ひどく悔やんだが、それよりも蒼の心を占めた感情があった。


「――どう見ても恋人同士だ」


 客観的に見ると蒼は否定できない。


 自分がこんな顔をして彼女を見ているとは蒼は思っていなかった。押し殺せていると思っていた。彼女の方も、自分をこんな目で見ていてくれたんだ、と思う。嬉しい。が、今はそんなことを考える余裕はない。


 明日の登校が怖かった。

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