地元の駅では時間差で降りて、家に戻ると自転車に乗り、再集合した。再集合場所は学区外のコンビニで、蒼が先に着いた。瑠璃は自転車に乗るのは久しぶりらしく、また、汗をかいて、パーカーのフードを外していた。


 蒼はランチのデザートがなくなったから、と言ってコンビニスイーツを選ぶよう瑠璃を促し、瑠璃は遠慮せずにマンゴープリンを2つ持ってきて首を傾げた。


「おじいさん家で一緒に食べようよ」


 蒼は平静を装って2つとも受け取って会計を済ませ、店の外に出た。


「スプーン貰わないの?」


「向こうにあるから。1回使ったらゴミになっちゃう」


「細野くんはしっかりしているなあ」


「別にここで好感度ポイント稼いでいないので念のため」


 瑠璃がぐっと息をのんだ。間があってから落ち着いた声色で応えた。


「誰に言っているんだか。細野くんへの好感度は文化祭以降、右肩上がりですよ」


 蒼はそんな瑠璃の様子に気づくことなく、マンゴープリンが傾かないよう、かごの底に置いて他の荷物の間にして固定する。


「そんなこと言っても、もうこれ以上、おごれないよ」


「細野くんの、私への好感度は?」今度は無邪気な表情で聞いてくる。「オタクだとわかって少しくらい下がった?」


「もー、無駄な質問しないでよ。面倒だ」


 そんなことくらいで変わらないし、そういう人間だと瑠璃に思われているはずがないとも蒼は強く感じていた。だから無駄だと思う。


「――無駄じゃないでしょ」


 瑠璃は膨れる。蒼はジト目になる。


「好感度ゲージは毎日振り切れているから挑発しないでよ」


 隠す必要なんかない。心のままに蒼は答えたが、瑠璃は膨れたままだ。


「自分はいつも私を挑発しているくせに」


 瑠璃は表情を変えずに自転車にまたがり、先導しないとならない蒼もまたがり、追い越して先を行く。


 10分ほどで市街地を抜け、畑と住宅と雑木林が点々とあるような郊外にいたる。その辺りからまた10分ほど走った畑の中に蒼の祖父の家がある。


 生け垣に囲まれてはいるが、門はない。荒れた庭の奥に大きな平屋の日本家屋がある。玄関の鍵を開けて、空気を入れ換えるために扉は開けっぱなしにする。南側の雨戸を開けて、縁側の引き戸も障子も同様に開けっ放し。昼間なので電気はつけない。


 縁側に鍋とカセットコンロが置いたままになっていた。誰かが熱燗を作ったまま片付けなかったらしい。カセットにまだガスが残っていて、蒼はやかんに水を入れ、お湯をつくる。瑠璃は縁側に腰掛け、黙って蒼を見ている。台所からカップ麺を2つ持ってくる。


「何か手伝おうか」


 瑠璃も蒼が何をしようとしているのか察して言った。


「箸とスプーンと湯飲みとティーパック持ってきて」


「探す」


 瑠璃も靴を脱いで上がり込み、居間を抜けて台所へ行く。その間に蒼はカップ麺の準備を済ませ、マンゴープリンを自転車のかごから取り出す。


 沸騰する前に瑠璃がお盆を手に戻ってきた。


「どうしてまだこんなに食べ物があるの? 誰も住んでいないんでしょう?」


「たまに父さんたちが泊まるらしい。ガスは止まっているけど水と電気はある。あと、カップ麺とお茶は僕が正月にもってきた。秘密基地的にここで練習できるかなと思って」


「確かに。居心地いいね、ここ」


「でも片道30分かかるし、いいかなって使わなかった。そのうちなくなっちゃうんだけどね。相続でもめているからまだ残っているだけって聞いた。中の片付けもそれで途中で終わっているんだって」


「そうかー残念。近々なくなるかもしれないのか」


「いや、そもそも一軒家に女の子連れ込んで練習とかしないから」


「今、連れ込んでる」


「うう。言うとおりだ」


 やかんから水蒸気が吹き出し、蒼はカップ麺にお湯を注ぐ。カップ麺はカレーと塩で、瑠璃は塩を選んだ。カレーの方が好きだが、パーカーが白なのでやめたらしい。


「しかしスパニッシュのランチがカップ麺に化けたか」


 すすりながら瑠璃が言う。


「ごめん」


「ううん。ここの景色もすごくいいから。いい体験だと思う」


 生け垣の向こうに何本か桜の木が植わっており、上の方はよく見える。桜のつぼみはもう幾つも開いている。開花宣言は2、3日前に出ていた。


 遠くにウグイスの声が聞こえて瑠璃はおお、と感嘆した。


「カップ麺も格段においしく感じる」


「かもね」


 蒼は相づちをうち、ティーパックのお茶を入れる。瑠璃が食べ終えたタイミングで抽出時間が終わり、蒼はマンゴープリンを差し出す。瑠璃は両の手のひらを合わせてから、マンゴープリンを食べ始める。


「――だいたいね、君のことで私が不安に思っているとか思わないの?」


「急だね」


「カラオケいってきたらとか、無関心だし」


「いい機会だと思う、って言ったよね」


「じゃあ、ついてきてくれても良かったよね。そうしたら男子に挟まれなかったし、女子に睨まれなくても済んだのに」


「一緒に行くのは無理。あのグループと僕は接点ないんだから」


「じゃあ君は私の両隣に男が座って、マイクもってきてくれるとかドリンク持ってきてくれるとか世話された挙げ句、タブレット見せられて一緒に歌おうよとか言われてもいいっていうのか」


「怒ってる……よ、ね?」


「よくよく考えたら腹が立ってきた。止めてくれれば良かったんだよ」


 美少女が眉をつり上げて怒っている顔もかわいい。


 最終的には君が決めたことだろう、と蒼は言いかけたが火に油を注ぐのでやめた。


「でも、オタクのカミングアウトするなら、その前にちょっとくらい距離の改善を図った方がいいかなって思って。君のカミングアウトは僕も君と一緒に音楽活動するんだって意思表示でもあるわけで」


「私とパートナー宣言するってこと、だよね?」


 隣に座る瑠璃は蒼を見上げた。


「付き合ってるとか恋人とかとやかく言われるのは覚悟の上」


 親衛隊がらみのトラブルも覚悟の上だ。


「今だって付き合ってるといえば付き合ってるよね」 


 確認です、と瑠璃の顔に書いてある。違うとは蒼はとても答えられず、大きく頷く。


「そもそも『お客さん』から始まって、友達になった覚えもないけど、今や単なる友人関係以上だよね。でも、恋人関係でもないよ。想像だけど」


 うん、と瑠璃が頷く。


「恋とかよくわからない。恋人じゃないとこんな風にお付き合いしちゃいけないのかな。何が違うのかな」


「それは僕もわからないな。わからない同士だから問題なく付き合えているのでは」


「正論だー」


「どちらかがわかったらバランスが崩れてしまうのかもね」


「なら、わからない方がいい。ずっと。君もわからないでいて欲しい」


 瑠璃がマンゴープリンを食べ終えた。


「でもね、君にも嫉妬して欲しい。カラオケで私の隣に座った男子に。それでイーブンだよ」


「嫉妬はしていない、と思う。許さないだけで」


 瑠璃が笑顔になる。


「許さない、なの?」


「そう、許さない。隣に座るのは僕でありたいから」


 蒼は自然に気持ちが言葉になった。特に考えなくても、それでいいと思えた。


「それって嫉妬だと思うよ」


 瑠璃がニカーっと笑い、蒼より先に後片付けを始めた。

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