その夜、蒼は瑠璃に連絡を入れた。


〔それはいい案だね。つむぎも喜ぶ。困るかもだけど〕


 一通り説明した後、瑠璃から返事があった。


〔しかし動画が晒されていたとは思わなかったよ……〕


〔普通は特定できないと思うけど、ねえ〕


〔気をつけよう。うん〕


〔どうしようか。どこで、どんなことするのがいいかな〕


〔カラオケはどうかな。私たちの練習にもなるし、ギターが練習できるコンテンツもあるみたいだよ〕


〔悪くないけど、委員長はどうかな。訊いてみてくれる?〕


〔りょーかい〕


 瑠璃はそれほど悩んでいないようで、良かった気がした。動画が晒されたのは問題だが、今後、気をつければいいことだ。


 すぐにつむぎの了承が得られて、蒼はスケジュール調整に入った。沢田のスケジュールも聞いた上で、日曜日の午後、隣駅前の大型カラオケ店に予約を入れた。 


 カラオケに行くのが初めての蒼としては楽しみである一方、瑠璃との関係をうまく言い訳できるようになるといい、と漠然と期待をした。




 日曜日の午後は、蒼の体感的には意外と早くやってきた。


 気をつけろと言われながらも早朝の河川敷での練習は続けていた。一応、お互いの練習のときの距離は普段よりかなり広くとった。もう春分も近いので朝もかなり明るくなっている。明るければ河川敷の人も増えるし、その分、目撃される確率も高くなる。用心に越したことはない。


 隣駅前の待ち合わせは男女別々にして、先に蒼と沢田が合流し、その後に瑠璃とつむぎが1時過ぎに合流した。


 駅の階段を降りると駅前ロータリーの屋外ステージにベルトパーテーションが張られて仕切られ、ドラムとスピーカーセット、マイクスタンドが用意されているのが見えた。これからセッションがあるらしい。ステージの脇には4人の男女がいて、そのうちの1人が瑠璃に気づき、声をかけた。


「うわー、偶然! 中2の美少女ちゃんじゃない!」


「先週ぶりです~」


 瑠璃はひらひらと手を振る。蒼にも見覚えがあった。無料スタジオで先に入っていたバンドの女性のギターさんだ。瑠璃の美少女っぷりで覚えていたのだろうが、蒼は同じ格好でまたギグバッグを背負っていたから、わかりやすかったに違いない。


「今日は雰囲気が違うね! かわいいね! 春っぽいね! いいねえ!」


 今日の瑠璃は薄い桜色のスカートに白いカーディガンという装いで、先月とはうって変わってガーリーだ。どちらかというとこちらの方が彼女のイメージだろう。


「わお! 美少女が増えておる。お友達?」


 つむぎに目を向け、つむぎは小さくお辞儀した。つむぎは相変わらず暗褐色系かつ清潔感が漂うファッションだ。その中で帽子の桜色のリボンがワンポイントで目立っていた。


「お前、本当に美少女好きだよな……」


 男性のベーシストががっくりと肩を落としていた。


「美少女は国の宝です!」ギターさんは大きな胸を張る。「すぐ始めるから、時間があったら見ていってね! よろしく!」


 そして敬礼してステージに上がり、ギターにケーブルを接続した。


 軽食をとってからカラオケに入る予定だったので、まだ時間はあった。演奏するバンドとは無料スタジオで知り合ったことを説明し、軽食はカラオケでとることに変更して、演奏を見ていくことにした。


「お前らが音楽やっているって本当だったんだな」


 沢田がバンドの演奏準備を見ながら言った。練習帰りなので沢田はジャージ姿だ。


「うん。新しいことを始めるとこんな出会いもあるんだね。今まで、何か始めるのって面倒だと思ってた。ううん。今もそうだけど、面倒なら面倒なりになんとかして、面白くできるかなって思う」


「いいんじゃないかな」


 沢田はそう言い、ステージ前にいるつむぎに目を向けた。


「面倒か。俺は自分でわざわざ面倒を抱えようとしているのかもしれないな」


 沢田のいう面倒の意味は、蒼にはよくわからなかった。


 ここの屋外ステージは狭く、ステージの上にはドラムとベースが乗り、ボーカルとギターは手前のベルトパーテーション内でスタンバイしていた。


 ボーカルの合図でセッションが始まり、スピーカーからそれなりに大音量で歌声と、ギター、ベースの音が飛び出してくる。


「音楽だよ、これ。いつかはこのレベルに……」


 自分たちはまだまだこのレベルに到底達していない、と蒼は嘆く。


「そんなの、当然だよ」


 瑠璃が振り返り、自信満々の表情で言った。


 20分ほどセッションは続いた。ロックあり、バラードあり、フォーク調ありで、通りがかりの人を引きつけ、飽きさせない構成だった。それでも人はそれほど集まらず、蒼立ちを含めても常時いるのは20人ほどだった。


 まだ演奏は続いていたが、カラオケの予約時間があったので4人はその場を後にした。去り際、気がついたギターさんが手を振ってくれ、瑠璃と蒼も手を振って返した。


「すごかったね」


 カラオケ店まで歩く間、瑠璃が口を開き、沢田が応じる。


「いかにもアマチュアバンドって感じだったけどなあ」


「そのレベルまで到達するのにどれほど時間がかかったのかと思うよ」


 蒼の言葉を瑠璃が継ぐ。


「モチベーション上がるよね」


 瑠璃は前向きだと蒼はいつものことながら感心する。


「ね、つむぎ。頑張っている人を見るっていう栄養補給が必要だよね」


 瑠璃が先ほどから言葉数が少ないつむぎに声をかける。男子と合流してからは緊張してきているのが伝わってきたから、瑠璃が心配するのもわかる。つむぎにとって、それほどヒーローなのかな、と蒼は沢田を見上げる。沢田も若干緊張している様子だった。


「それはそうと細野くんは坂本さんへのお返し用意したんですか?」


 つむぎから蒼へ流れ弾が飛んできた。


「僕は鈴カステラを作ってきたよ。ホワイトチョコ掛け。みんなの分もあるよ」


「そつない」


 つむぎが感心し、瑠璃が頷く。


「マメだよね、本当に」


「お前、そういうレベル高いことする?」


 沢田が唖然として声を上げる。


「高くない、高くない。ホットケーキミックス使ってたこ焼き器で作るだけだし、チョコの湯煎って手間はかかるけど難しくない。面倒だからラッピングはしてないよ。タッパーで持ってきただけ」


「十分です」


「うむ」


 瑠璃がつむぎに相づちを打つ。


「俺の立場は?」


「いや、大丈夫でしょ?」


 蒼が沢田のDバッグを指さし、沢田がそれに気づき、黙る。


 女子2人が笑い、つむぎの緊張が幾分ほぐれたのがわかった。

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