第7話 カラオケとホワイトデーです
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3月に入ると、だいぶ暖かく、また日も長くなっていた。
「少し時間あるか?」
放課後の校門で声をかけられ、蒼は足を止め、身長差15センチの相手を見上げた。
「どうしたの沢田くん、ジムの時間は大丈夫なの?」
「疲れているので今日は休養日、にしようと思う」
疲れがたまるのはよくないことだ。蒼は頷いた。
近くの公園に行き、互いに飲み物を自販機で買う。まだホットが欲しく、蒼は缶のカフェオレで手のひらを温めた。沢田は先にベンチにどっかりと座り、蒼を見上げた。
「単刀直入に言うとだな、お前、というかお前ら、噂になってるぞ」
「え、なんの?」
蒼はベンチに座るタイミングを逃した。
「坂本さんとお前が離れた場所でデートしてんじゃないかって」
「うわあ、目撃されてた」
「本当なのかよ! いや、図書室の一件があったから丸っきりないとは思わなかったけどさ、あの坂本さんとお前がデートかよ! すげえな! やったな!」
沢田は立ち上がって蒼をハグしてバンバン背中を叩いた。力があるだけに軽くやっているのだろうが、痛い。
「痛い、マジで痛いよ沢田くん」
「ああ、すまん」沢田はベンチに再び腰掛ける。「そーか。陰キャ勢代表みたいなお前があの超絶美少女とデートか。感慨深いなー」
まだ驚きは冷めやらないようだ。
「デートじゃないよ。坂本さんと公設の無料スタジオで歌とギターの練習をしてきたんだ」
「なんだそれ。初耳情報ばかりなんだが」
「坂本さんは歌手を目指していてさ」部分的だが、嘘ではない。「僕がアコースティックギターをやっているのを知ってから、一緒に練習しているんだ。歌っていることを彼女は秘密にしたいから、僕も秘密にしているんだ。何か一つバレるとイモヅル式にバレるのが怖くて」
「いつから?」
「もう3ヶ月くらいかな」
「よく今までバレなかったな」
「そこはほら、注意してましたから」
「お前、坂本親衛隊に半殺しにされるぞ」
「うーん、それは嫌だなあ」
「あいつら本人非公認公式腕章とかアイテム作っているくらい入れ込んでいるからな」
「アイドルグループのセンター級にかわいいから仕方ないね」
「そうだったそうだった。別にお前と特定された訳じゃないんだよ」
沢田はスマホ画面に動画投稿SNSを開き、蒼に動画を見せる。
動画の中では男の子と柴の子犬と瑠璃が屋外ステージの上で大はしゃぎで遊んでいた。ロングショットだから誰とはわからない、と思われた。アップは柴の子犬だけだ。
「ママさん……アングル素晴らしいです」
ぱっと見、何かのCMかと思うくらいよく編集されている。しかし勝手にこうやって投稿されることもあるからこのご時世、全く油断がならない。
「やっぱりこれ、坂本さんか。雰囲気も服装も違っても、この美少女っぷりはそうはいないよな。投稿した人は遠景だから特定できないと思ったんだろうが、この美少女は知っている人ならわかるよ」
そして動画の最後にちらりと蒼の横顔が入っていた。1秒もない。カットミスだろう。
「うわ、こういうこと?」
「柴犬界隈で最初バズって、次に柴犬と戯れる美少女ってことで一般にバズったらしい」
「これで噂されてしまうのかー」
顔が識別できないような遠景でもわかってしまう美少女ぶりだ。
「ショッピングモールで坂本さんとすれ違ったって言う女子も現れた。だけどお前のことは知らなかったから記憶になかった。影が薄くて良かったな。だが、それで動画が坂本さんに確定した。格好もなんとなく覚えていたみたいでな」
「そして魔女狩りの開始か」
「しばらく会うのは控えた方がいいんじゃないか、と言いたかった」
蒼はカフェオレを飲み干し、空き缶を自販機に捨てに行って間を作った。
「でも、こちらにはこちらの事情があるし、スケジュールも組んである。困ったな」
「じゃあどうするつもりだよ」
蒼はひらめいた。
「沢田くんと委員長が一緒にいたことにしてくれない?」
「なんでそこで委員長?!」
露骨に沢田は動揺した。
「もう見当ついているとは思うけど、実は坂本さんと委員長って仲がいいので、沢田くんと委員長のお供にあの場に僕らがいたということにして、何か聞かれたときのために口裏を合わせてくれればいいんだ」
「――確かに、ワンクッションにはなると思う」
「リアリティを出す必要があるけど、それなら沢田くんにもメリットあるでしょ?」
「お前、言い方!」
沢田は餃子のような形をしたレスリング耳を赤くした。
「週末はホワイトデー直前だし、僕らがお膳立てしましょう」
「お前、転んでもただで済まないタイプだったんだな」
「お返し用意してある?」
「してねーよ! というか、貰ったの知ってる? 坂本さん情報か!」
「土曜か日曜、空いてる?」
蒼は沢田の顔があまりにも面白くて思わず笑みがこぼれた。まだ特定された訳ではないことで心の余裕がある。外堀が埋められる前に弁解のストーリーを作っておきたいのもあるが、つむぎを応援したいし、それは瑠璃も望むところだろう。
スケジュールの調整は後で連絡することになって、2人は公園を後にする。
「お前、本当に気をつけろよな」
心配そうな沢田の言葉に、蒼は頷いて別れた。
しかし今の状況で一方的に特定されたら本当に洒落にならない。下手をすると嫌がらせを受けるかもしれない。それは嫌だし、面倒だし、瑠璃を悲しませることになる。今まで想定していたように、瑠璃と自分の関係をみんながある程度納得できるように軟着陸したい。情報を小出しにするのもいいかもしれない。
どうあれ、なんとかしないとな、と蒼の頭の中でそのワードがぐるぐると巡った。
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