3
中庭のベンチで3人並んでランチボックスを広げて、昼食が始まる。瑠璃が真ん中、左右に蒼とつむぎだ。
風が穏やかで日が出ているのでさほど寒くはない。
瑠璃はサラダ系の野菜とハムを挟んだ手作りのコッペパンサンド。つむぎは普通の、おかずの種類がいっぱいのカラフルなお弁当。蒼は手作りのおにぎりをいっぱいだ。
「細野くんの手作りだったりします?」
つむぎが、なるほどと続ける。
「具は家にあったものだけだよ。高菜漬けに、ツナ缶に生姜、ソーセージマヨもある」
2段目もあり、中にはゴルフボールほどの大きさの小さなおにぎりをいれてある。
「こっちはよかったら味見にどうぞ。市販のおにぎりメーカー使っているから安心だよ」
瑠璃の前に差し出し、つむぎが先に手を出す。
「味もしっかりしているし、小さいのもいいですね。お心遣い痛み入ります」
「じゃあ、私も」
瑠璃もつまみ、笑顔になる。
「わかっていたけど、おいしい」
「貰ってばかりだからバレンタインデーにはきちんとお返ししますね」
つむぎは真面目な顔をして蒼の顔をのぞき込んだ。
「ありがとう。別にそんなつもりじゃなかったけど、女子から貰えるなんて初めてだから嬉しい」
蒼は包み隠すことなく言葉にする。
「このままだと私のチョコが初めて……」
そこまで言ってつむぎは瑠璃の方に目を向ける。
「……らしいですよ」
「私もチョコを準備しているよ。うちのクラスと体育合同クラス分の男子の数だけチロルチョコを買った。細野くんの分もある」
「チロルチョコで大勝利だって誰か言っていたから、みんな大喜びだと思うよ」
「細野くんはそれでいいの?」
「細野くんにはほかに特別なチョコを買ってあります」
蒼はピンときた。
「魔法少女の食玩チョコでしょう?」
「どうしてわかったの!?」
「本当にそうだったとは。確かに他の人にはあげられないね」
蒼はハア、と小さくため息を漏らした。
「正しくはつむぎの分も同じチョコを買ったよ」
「それはそれで嬉しいですが……細野くん、がっかりしてますよ」
「ううん、想定の範囲内だよ」
「そんな想定されているのも複雑だな……」
瑠璃はコッペパンサンドを頬張る。
「そもそも坂本さんは細野くんにもてなされてばかりでしょう? バランスがとれないのはよくないと思います」
「……検討します」
「一緒に手作りしようよ。友達と一緒にチョコ作りなんて、憧れのシチュですよ」
「チョコについては検討するだけです。つむぎとのお菓子作りは、この機会に作らなくても、近いうちには作りたいと、思うよ」
「そのときはきっと細野くんの分も作りますよ。それでお返しということで」
つむぎはおかしそうに笑い、瑠璃はへそを曲げる。
「この後、つむぎは手作りするんだ?」
「坂本さん用ですよ。細野くんのは市販品の予定です」
「手作りだろうと市販品だろうと美人からチョコをもらえたら、男子はうれしいよ。でも、手作りを貰ったら本命かもって悩む男子はいると思う。その辺の差異は大きいので、慎重にお願いします」
つむぎは考え込んだように口をつぐんだ。
瑠璃はコッペパンをすでに食べ終えている。蒼も残りのおにぎりは少ない。つむぎの弁当箱の中身だけ減っていない。
蒼が食べ終えたころ、スマホの通知音がした。このところは瑠璃とつむぎからしかこないので、当人たちが目の前にいるので自分のではないと思い込んでいた蒼だったが、念のため確認すると自分に来ていた。
「珍しい。沢田くんだ。〔食べ終えたから戻ろうと思うけどまだいるか〕って」
瑠璃はつむぎを見て、つむぎは考え込んだ後、うん、と頷いた。
「〔まだいる予定です〕っと」
「平静に、平静に」
瑠璃がつむぎを気遣う。
「今度は心の準備ができています」
「よっぽど嬉しかったんだな」
蒼の言葉につむぎが真っ赤になった。
「いや、沢田くんが……勉強が好きとはいえないのにまた来るんだから」
「きっと坂本さん目当てですよ」
「男子として言わせて貰うと委員長と坂本さんと一緒に勉強できるなんてSSR級のイベントを逃すはずがないよ」
「そうか。当人には実感がないな。細野くんから何かSSRの代償を貰わないとならないかな」
「試食用おにぎりで勘弁してください」
「そう、平静に、平静に」つむぎは自分に言い聞かせ、お弁当を完食する。「これで大丈夫」
「沢田くんが今の委員長の反応を見たら同じように固まっちゃうだろうな。女の子の好みは清楚系の眼鏡属性って言っていたから」
そのとき蒼は、委員長を名指しか、とまで思ったのだが、無責任なことは言わない。
「本当ですか?」
「マンガのキャラクターの話だけど」
「なんだ……でもそれなら細野くんの女の子の好みも私、わかりますよ」
「え?」
つむぎの言葉に蒼は嫌な予感がする。
「黒髪ロングの色白美少女で勉強も運動もできるチートキャラ」
「そんな女子はいない」
瑠璃が拗ね、蒼は本気で苦笑して応じる。
「それって中ボスかシリーズ途中ででてくるヒロインのライバルだよね」
「それでヒロインに負ける役でしょう」
瑠璃が不機嫌そうに言う。
「たいがい負けますね――でも好みは合っているでしょう。マンガの話ですが」
瑠璃が蒼の顔を真剣な目で見た。蒼はプレッシャーを感じ、俯いた。
「マンガの主人公にはそもそもヒロインがいるから、そのライバルが負けてしまうだけだから、主人公にその大切な人――ヒロインがいなかったら、どうなるかわからないよね」
「答えになっていませんね」
「高スペックなキャラだからこそ、いろいろな選択肢があると思う。ライバルのままかもしれないし、ストーリー上、主人公の恋人になるかもしれないし、ピンチのときに駆けつけてくれるようないいパートナーになるかもしれない」
「がんばればその全部になれるかもしれない」
瑠璃は自分に言い聞かせているようだった。
「そんなキャラクターが魅力的でないはずがないと思うんだ。それが答え」
「細野くんは――すごく大人ですね。ほかの女子はどうして細野くんのいいところに気がつかないんでしょうか」
つむぎは感心したように言い、蒼は即座にこたえる。
「陰キャだから」
「陰キャで十分です」
瑠璃は改めて蒼の顔を見たあと、満足げに2度3度と頷いた。
「沢田くんは校内見渡しても番外だと思う。自分の道を信じて突き進んでいるから。彼からアマレスの話を聞いていたときは眩しかったし、羨ましかったよ」
「アマレスすごいんだよね?」
瑠璃の質問に蒼は肩をすくめる。
「校門脇に横幕がかけられているくらいだから」
今年度、65キロ級で全国大会に出場している。
「同じクラスだなんて信じられないですよ」
つむぎの言葉の強さに、蒼は気づく。
「もしかして格闘技が好きな感じ?」
「だから、バレンタインチョコがどうとかというのとまた、違うので」
つむぎは力説するが、瑠璃は悟り顔でいう。
「今はごっちゃなだけで、そのうち感情が分化するでしょう」
「コーヒー入れてきたけど飲む?」
蒼は中型のサーモポットをバッグから取り出す。
瑠璃とつむぎは顔を見合わせたあと、笑って蒼から紙コップを受け取った。
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