その間に蒼は炙り物を焼き網の上に載せ、ちょうどのタイミングで2人につまようじを渡す。今回の炙り物はカントリーマアムとグミだ。グミは炙り終えたらすぐに端に避け、ヤカンをのせる。


「温かいカントリーマアム美味しい」


「グミ、カラメルっぽくなってますね。激変ですね。美味しいです」


 2人ともお気に召してくれたようだった。


「紅茶もすぐできるよ。ティーバッグだけど」


 ありがとう、と2人は小さく頭を下げる。


 やかんをどかして紅茶を作ったあとは切り餅の登場となる。偶然だが3個持ってきて正解だった。七輪の火力ですぐに焼ける。瑠璃が感嘆の声を上げる。


「おお、お餅だ。そうか。もうお正月だね」


「きなこか醤油しかないけど」


「準備恐ろしいです」


 つむぎが驚嘆する。


 紅茶を飲み干したあと、瑠璃が聞いた。


「細野くんは日の出までどうやって時間を潰すつもりだったの? ギターの練習だけじゃ無理でしょう」


「ああ、それなら、星でも見ていようかと思ってた」


「首が疲れてずっと見上げてはいられないよね」


「それなら大丈夫」


 蒼は草木が枯れたあと綺麗に刈り込まれた堤防の斜面にアルミマットを敷いた。一畳分だから2人は横になれる。そして女子2人に新品のアルミブランケットを渡す。


「意外と温かいから、寝落ちしても問題ないよ」


「準備周到ですね」つむぎがアルミブランケットの袋を見る。「2枚あるとは……」


「想定より寒かったときの予備だから」


 蒼は動揺を隠し、アルミマットの方に2人を招く。女子2人は斜面に敷かれたアルミマットに腰掛け、アルミブランケットを膝掛けにして夜空を見上げる。蒼は瑠璃の隣に段ボールを敷いて座って、月がない夜空を見上げる。街の明かりがあるものの、天頂付近には星が広がっている。


「こんなところでも星が見えるんだ~ きれいだ」


 瑠璃のテンションは少し上がったようだ。つむぎも応じる。


「冬は大気が乾燥するから星がはっきり見えるそうですが、本当なんですね」


「そうか……喉に悪いわけだ」


 乾燥は喉の大敵だ。本当は瑠璃も冬の河川敷でボイストレーニングをしたくないだろう。蒼はギターを持ってきて、きらきら星をワンフレーズだけ、メロディを弾いた。


「あー、やっぱりだめだなあ」


「ソロギター初めて聞いたかも」


 瑠璃がちょっと驚いたように見た。


「弾き語りとソロギター、最初は同時に練習していたんだけど、無理だったから今は弾き語りに専念しているんだ。きらきら星なら最初のフレーズは覚えていたから」


「細野くんはギターが好きなんですね」


 つむぎが目を細めた。蒼は最初から浮かんでいた疑問を口にした。


「そういえば2人でいったイベントって何? 荷物も大きいし。共通の趣味に関わることだとは思うけど」


「年に2回、湾岸で行われる大きなお祭り――です」


 つむぎはそのあと口ごもった。


「へえ。楽しかった?」


「私は初めてだったから、とても楽しかった」


 瑠璃の瞳が少し離れたLEDランタンの光を反射して輝いていた。


「私ももちろん。坂本さんと一緒で楽しかったですよ」


「ありがとう、つむぎ!」


「こんなエクストラステージにも立ち会えたし、細野くんのおもてなしも受けて、私は満足です。明日から頑張れます」


「なんのことやら」


「流れ星見えた!」


「しぶんぎ座流星群って言うようですよ」


 さっそくつむぎが調べていた。瑠璃が柔らかい表情で彼女を見る。


「つむぎも楽しそうで何より」


「いろいろ楽しいですよ」


「つむぎ、意地悪だ」


 そして2人は笑った。仲よさげで蒼は端から見ていても安心できた。教室で2人が話をしていないのも何か理由があるのだろう。話したければ話すだろう、と蒼は自分から聞くのを控えた。


 しばらく流れ星を探し、他愛のない話をしていたが、そのうちに瑠璃はアルミマットに横になり、肩までアルミブランケットをかけた。


「意外……暖か……」


 瑠璃は目をつぶってしまい、ほどなくして寝入ってしまった。


「やっぱり疲れていたみたい。3日間も歩いたから当然かな」


 つむぎは瑠璃が寝ているのを寝息で確認してから蒼に向き直った。


「委員長は疲れてないの?」


「疲れているけど、坂本さんほどテンション高くしなかったから体力残せた、かな」


「保護者ポジション?」


「こんなとびきりの美少女、心配になります。そのくせお高くないのはニュージーランド帰りだからなのかな。あちらとはかわいさの基準が違うだろうから、日本に戻ってきたらいきなりちやほやされて、大変なんだと思いますよ」


「なるほど。そうじゃなくてもいい人だ。もっと友達できてもいいのに」


「中身を見てもらうには彼女はかわいすぎます。でも私は、こんなかわいい彼女と趣味友になれてうれしくも思っているんですよ」


「趣味友ですか」


 つむぎは頷いた。


「偶然、わかったんですけどね」


「魔法少女のキャラデコケーキにコミケ、でも教室ではボイトレしていることを黙っていて欲しい。彼女はオタバレしたくないんだね」


「私だって、バレたくないですよ。中2にもなって幼児低学年向けアニメのファンだなんて。普通の人は今が一番、そういうの気になると思う」


「確かに気にして、大人っぽく見られたい人が多いから、よく考えないで子供っぽいって自分で思うものをバカにするよね」


「かわいいからって彼女の周りにいる人たちが、彼女の好きを肯定してくれるとは限らない。昨日まで話をしていた人が急に距離を取り始めるかもしれない。そんな風に知っている人から冷たくされて教室に居場所がなくなったら怖いですよね。それに、かわいいからこそ、女子は攻撃に転じることもあるんですから。人間は異物と変化を嫌うんです」


「難しいことだね。同調が必要なのも、わかるよ――そういえば委員長はクリスマスパーティ行ったの?」


 クラスの一部で開いたクリスマスパーティなんか選別を兼ねた同調そのものだろう。


「私は塾があったから行かなかったのです」


「委員長が行っていたら30分で出てくることもなかっただろうにね」


「クラスの男子はみんな、『自分を大人だと思っている子供』だから居心地は悪かったと思いますね」


「手厳しい」


「細野くんは『子供』じゃないですね」


「臆病なだけだと思う。誰かのパーソナルエリアに足を踏み入れるのはエネルギーが必要だし、怖いし、面倒だよ。だから、気を遣っている方が面倒がないな」


「なるほどですね。でも、坂本さんのエリアには入りつつあるでしょう?」


「それなりに打ち解けてきているとは思う。けど、『おもてなし』を喜んでくれるのが嬉しいから無意識に踏み込んでいるだけの可能性もある」


「わかっているならいいと思いますよ」つむぎは意味ありげに笑った。「でも、坂本さんはあんなにかわいいんですから、男子としてはそれだけでうれしいですよね」


「最初は勢いで連発したけどこの頃はあまり考えないようにしている」


「『Love Me Do』?」


「そんなことまで話しているのか……これは延々とネタにされるパターンだ」


 頭を抱えるというのはこういうことかと蒼は苦笑した。


「彼女には衝撃的だったみたいですよ」


「悪いことしたなあ」


「そんなことないですよ。多分……」気を遣ったようにつむぎがフォローを入れてくれた。「私はビートルズを意識して聴いたことがなかったから、イベントで並んで待っているときに2人で聞いて、新鮮でしたよ」


「ありがとう」


 蒼はくすぐったく思った。


「『Love Me Do』以外にも『Let It Be』に『Yesterday』、『The Long and Winding Road』も。私は音楽ってあんまり聞かないけど楽しい時間になりました」


「それはよかった。何が幸いするかわからないね」


 自分がきっかけで――いや、祖父がきっかけで、つむぎが新しい音楽に触れてくれたことを蒼は素直に喜んだ。


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