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つむぎはふたつ結びにした肩まである髪とハーフリムの眼鏡がトレードマークの女の子で、瑠璃ほどではないにせよ美少女だ。男子の間では『かわいい』という共通認識がある。しっかりしているし、勉強もできるし、クラスをまとめる力もある。彼女の私服も初めて見たが、黒と茶を基調にした落ち着いた感じが彼女らしいと思った。
「うん。おめでとう」
「ごめん……流れで細野くんのこと、つむぎに話しちゃったから」瑠璃が両手を合わせて蒼に頭を下げた。「それで、こんな時間に細野くんがいるとは思わず、ここに連れてきてしまいました」
つむぎは瑠璃のとりまきの中にはいなかったし、教室で瑠璃と話をしている様子もなかったからどんな接点があるのだろうかと蒼は心の中だけで首をかしげた。
「本当にいるなんてびっくり。あ、坂本さんの今年最初に会う人が細野くんじゃなくってごめんなさい」
どうやら歌声が聞こえていたらしい。
「い、いや、坂本さんとはそういう関係じゃないから!!」
自分の弾き語りが堤防の上まで聞こえていたことがわかり、二重の意味で蒼は狼狽した。そして瑠璃に目を向けた。
「つむぎなら、大丈夫だから。ぜったい、他言しないから」
「坂本さんがそういうなら。昨日今日の僕より、委員長の方がつきあい長いだろうし。友達いたんだね? それも委員長だったなんて。ちょっと安心したよ」
彼女が信頼して話したのであれば、そしてそれが蒼も知る委員長であれば、別にかまわない気がする。学校で言いふらすようなこともないだろう。
「つむぎとは、その、共通する趣味があって」
理由はわからないが、つむぎも狼狽していた。
「坂本さんとは一緒に行ったイベントの帰りで盛り上がって。初詣に行くって言って、親に許可もらって。駅前のカフェで話し込んでいたの」つむぎがドリッパーをのぞき込む。「それが噂のコーヒーね」
「坂本さん、どこまで話してるの?」
蒼は眉をひそめて瑠璃を見る。瑠璃は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「だいたい、おおよそのところは」
「委員長って聞き上手なんだね、きっと」
つむぎは笑った。
「こういうの、好きなの」
「はあ」
彼女の“こういう”が何を指すのか蒼は聞けなかった。蒼がラジオのボリュームをあげると、フランク・シナトラの声で『Fly Me To The Moon』が流れてきた。
「細野くんの趣味は中学生っぽくないね」
「坂本さんにも言われたけど、自覚はある。死んだじいちゃんが遺してくれたものの影響だと思う。死んだのは――ああ、もう去年でいいんだな」
「初耳――おじいさんの家から七輪持ってきたって、そういうことだったんだ」
瑠璃が声を上げる。
「特段いうようなことじゃない。ああ、カフェにいたってことは2人ともおなかの方は満たされているのかな?」
蒼は飲み頃温度になったコーヒーを口にした。
「これが7時頃から1杯で粘っていたから……」
瑠璃が苦笑する。
「それはお店にとって迷惑だっただろうね。でも幸い、ここなら誰にも迷惑はかからない。寒いけど、七輪はある」
女の子2人をベンチに座らせ、自分はアルミマットに座り込み、蒼は七輪でお湯を沸かす。せっかく女子2人がお客様なのでミルクティをいれる。鍋で茶葉から抽出し、その後、牛乳を足す。沸騰させないのがポイントだ。紙コップに濾しながら熱々の状態で注ぎ、できあがりだ。シュガースティックも添える。
「紙コップがあるなんてなんて準備がいい」瑠璃が口から息を吐いて冷まさせ、ミルクティを口にする。「美味しい」
「本当だね」
つむぎは目を細めてミルクティを唇の中に滑り込ませる。
「もしかして、私が来るかもって期待してた?」
「紙コップはいつも準備コンテナに入れているよ。わざわざ出すのが面倒だっただけ」
「だよね」
「来てくれたらよかったのになとは思っていた。さっきの花火を一緒に見たかった」
「花火なんて上がってたの?」
「向こう岸で誰かが上げてた。結構、大きかったよ」
「なんだ。そんなのか。でも、見たかったかな」
蒼は視線を感じ、つむぎを見ると彼女は目を伏せて手のひらを合わせて拝んでいた。
「新年早々ありがとうございます。確定です。推せますわ」
「どういうこと委員長?」
「本人がわからなくても別にいいのですよ」
瑠璃を見ると彼女は慌てて蒼から目をそらした。
「さっきの歌は誰の歌なの?」
つむぎが急に話題を変えた。
「松任谷由実――ユーミンの曲だけど、『ルージュの伝言』と『やさしさに包まれたなら』か『ひこうき雲』ならわかる?」
「ジブリ映画歌っている人なんです?」
「間違ってない……」
瑠璃は苦笑したあと、ミルクティを飲み干す。つむぎが続ける。
「けど坂本さんから聞いたとおり歌は本当に下手なんですね。」
「うーん。歌も並行して練習しないとと思うけどギターの方に注意が向いてしまってうまくいかないんだ」
「来年は……ううん、今年か。今年は気がついたことは言おうと思う」
瑠璃は真面目な顔をして蒼に目を向けた。
「お手柔らかに」
蒼も真っ正面から瑠璃を見た。
また、つむぎが合掌したが、蒼はスルーを決めた。
「これから2人はどうするの?」
「初日の出見るまでは粘ろうと思っているんだけど」
瑠璃の答えに蒼は笑う。
「ああ、それくらいなら余裕だね。おなか減ってるでしょ? 軽くどう?」
蒼はかっぱえびせんの袋を開けて、100均のシェラカップに入れ、2人に差し出す。
「ありがとう……」
2人は本当に空腹だったのだろう、すぐにそれを食べ終えてしまった。
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