第3話 初日の出であけましておめでとう

 クリスマスから3日間、蒼と瑠璃は一緒に、でも、お互い邪魔にならないよう少し離れて練習をした。その後、年末はいろいろあるからしばらく来られない、と瑠璃は言った。それから3日間、彼女とは会っていない。彼女がいなくても元に戻っただけだから、そう思うようにしていたから、蒼の行動に特に変わりはない。早朝にギターを練習し、帰宅して練習し、空き時間に勉強をする。期末テスト前に始めた隙間勉強だったが、これが不思議なことに、今も続いている。


 習慣って大事だなあ、とギターを始めるまで何もしなかったも同然の自分を思い出せず、ちょっとだけ、うれしい気がした。隙間勉強でも続けると身になる。ギターと一緒で積み重ねとルーティーンが大事なのだと思えた。


 しかし新年を迎える日はやっぱり特別な気がして、ルーティーンを変えることにした。この前と同じ七輪と炙り物に加え、スナック菓子とラジオ、アルミマットなどなどを用意し、新年を迎えてすぐ、自転車で河川敷に行った。二年参りができて初日の出を拝むこの夜だけは中学生でも夜通し外に出ていても怒られないから、蒼も外で過ごしてみたかったのだ。


 真夜中の河川敷は防犯灯があっても真っ暗だ。夜空によく星が見えるのは、都心部から車がいなくなり、大気がきれいになるからと聞いたことがあったが、いつもの夜空とは本当に違っていて星が多く見えた。


 ベンチの前に七輪を置き、荷物かごにいれたままラジオのスイッチを入れる。ラジオはラジオの英語番組を聴くために祖父の家から引っ張り出してきたものだ。スマホで聞いてもいいが、何かしながらだったら、ラジオの方が充電の心配をしない分、いい。それにチューニングのノブを回せば、いつの間にか自分の知らない音楽が流れてくるのは面倒がない。かつての自分は聞く音楽を選ぶのにもエネルギーを消費していたと今では思うくらいだ。大晦日から新年にかけてのラジオ番組は特別編成で、スピーカーからジャズが流れていた。全くわからないジャンルの音楽だが、それに巡り会えるラジオは楽しい道具に思えた。


 向こう岸で打ち上げ花火があがった。市販されている花火の中では最大級のものだろう。かなり離れていたが、色とりどりの鮮やかな輝きが広がるのが見えた。数発立て続けに上がり、終わった。はしゃいでいる声が風に乗って小さく聞こえてきた。


「きれいだったな」


 独り言が出てしまうほど、寂しくも眩しい花火だった。


 七輪の火が強くなってきたので、お湯を作ろうとLEDランタンのスイッチを入れる。白い光が防犯灯の明かりに加わって本が読めるくらい明るくなる。小さなヤカンでお湯を沸かし、眠気を覚ますためにいつもよりも濃いめにコーヒーを入れる。


 ドリッパーからのぼる白い湯気を見ながら、早く落ちないかな、と思う。


 落ちても熱いからしばらくは飲めないんだし、と思い直し、蒼はギターを手にする。新年にふさわしい曲はないかなと祖父が遺したコード譜集をめくる。

 そしてこれなら弾けるかな、とセレクトし、ラジオのボリュームを下げる。


『A Happy New year 』


 C、そしてDM7、次にA#。


 松任谷由実のタイトルからして新年だ。ラブソングでも、誰も聞いていないからいいか、と思いながら、弾き続ける。


「細野くーん」


 遠くから自分を呼ぶ瑠璃の声がして、蒼は指を止めた。


 堤防の上を振り返るとスマホの明かりが二つ見えた。スマホの一つは大きく揺れていた。手を振っているらしかった。


「坂本……さん?」


 堤防から河川敷に降りる階段を二つの明かりが下ってきた。近づくと瑠璃のシルエットがわかり、自分でも理由はわからないが、胸が高鳴るのがわかった。びっくりしているのは間違いないが、それだけではなかった。


 そして少し遅れてもう1人の人影を認めた。蒼も知っている人物だった。


「と……委員長か」


「やっぱり細野くんだ!」


 瑠璃が大きな荷物を手に駆け寄ってきて、ベンチに荷物を下ろした。


 防犯灯に照らし出された瑠璃は少しフリルがついた清楚な白いスカートにダウンジャケットで、早朝の河川敷にいる彼女と違っておしゃれをしている。


「なんでこんな時間に?」


「それはこっちの台詞だよ」


「こんばんわ――いえ、『A Happy New year』、ですね」


 蒼と瑠璃のクラスの委員長、大瀧おおたきつむぎが蒼に新年のあいさつをした。


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