3
「細野くん、私は小腹が減ったよ」
「用意するよ」
蒼はベンチの上に七輪を置いてはんぺんとちくわを温め直しつつ、新たにウインナーの袋を開けて焼き網の上に追加する。
「ぜいたくー」
瑠璃は素の笑顔になる。
「ケーキに見合うかな」
「もちろん」
七輪をはさんで2人はベンチに腰掛ける。はんぺんとちくわをすぐに平らげ、そのあとパチパチ音を立て始めて焼き色がついたウインナーを箸で救出し、頬張る。焼きたてのウインナーが熱くて驚いたのか、瑠璃の表情が真摯なそれに変わったが、すぐに目を細めた。
「おいしいなあ、七輪はすごいな」
「僕も家じゃガスで焼いているからこの感じは新鮮だ」
「細野くんに声かけてよかったなあ。この展開は全くの予想外」
「それは、僕も同じ」
蒼は照れつつもそう口にした、というかできたが、瑠璃が彼の表情を見ることはなかった。焼いているウインナーを転がすのに夢中のようだったから。
「話し始めたのが最近なのに、割と砕けてきてるよね、私たち」
ウインナーを頬張りつつ、瑠璃が言った。
「坂本さんは学校でもこのキャラの方がいいと思うよ」
「無理。バリア張っててもあれはあれで素の私だ」
「あ、やっぱりバリア張ってるんだ。今、気がついたんだけど、ここだと感情を表現をする言葉を直接口にするけど学校だと、それがない。『面白い』とか『悔しい』とかさ」
ちらと瑠璃が蒼を見た。身長は2人とも165センチ前後とそう変わらないが、座高が違うので、瑠璃が見上げた感じになった。
「学校でそういう感情を表現することがないからだと思う。誰が好きだの芸能人がどうだの、関心ないから……うーん。人によって関心事が違うだけなのもわかっているんだけど」
「わかっているならそれでいいと思うよ……ああ、ということは七輪とかはんぺんとかは、新鮮に感じてくれたわけだ」
蒼は笑みが浮かぶのがわかった。瑠璃は少し悔しそうな顔をした。
「『してやったり』って感じだね」
「言ったよね、『おもてなし』だから。もてなせたようで何より」
「なんで『おもてなし』?」
「坂本さんは僕の練習時間にやってきた『お客さん』だから」
「だから私もケーキ持ってきたのか。自己分析できてないな」
「せっかくならいい時間にしたいよね」
「あの日、雪がちらついてよかった。実は、細野くんがここでギターの練習しているの、結構前から知ってたんだ」
蒼の表情を窺うように瑠璃が上目遣いをして彼を見た。
「声かけ辛いよね。学校で話している間柄じゃないから」
「頑張っているのは私だけじゃない、ってモチベーションになってた」
「そんなことを言われたの、初めてだよ」
「私もこんなこと言ったの初めて。同じ部活だったら、仲間がいればモチベーション上がるのかな。部活動ってやったことないからわからないけど」
瑠璃は小さく笑った。
蒼はどう答えればいいのか見当もつかず、話題を変えた。
「……クリスマスならプレゼントの用意でもすればよかったかな」
「はんぺんとちくわで十分だよ。ウインナー超おいしいし。細野くん天才!」
「じゃあ僕もケーキのお裾分けもらっているからイーブンだ」
「そうだね」
瑠璃の顔が見られず、蒼は焼き網の上のウインナーを転がし、自分も頬張った。噛むと肉汁がはじけて口の中に広がる。おいしい。
「ウインナー、超おいしい」
「うんうん!」
瑠璃は満面の笑みを浮かべた。学校では見たことがない笑顔だ。こんな彼女を見たことがあるのは自分だけかもしれないと思うと、蒼は特別な思いがした。その思いを言葉に変換して分類できないのがもどかしかった。
「細野くんはクラスのほかの男子が普通できないことができるよね。ギターもやってるし、料理もできるし」
「どっちも大したことないよ。はんぺんもウインナーも焼いただけだ」
「文化祭のとき、助かったよ。ほかの男子、逃げるし」
今年の文化祭、蒼と瑠璃のクラスの出し物は教室を舞台に改装しての演劇だったが、蒼は準備で、小道具兼衣装係をやらされた。瑠璃は主役兼弁士役をやらされていたから、自然と蒼と絡みが生じた。数少ない瑠璃との会話はそのときのことだ。
「役に立ってよかったよ」
「成績表、どうだった? ギターばかりだから下がったとかなかった?」
「そこは逆に親にそう言われないよう、ギター練習の休憩時間に暗記始めたから、むしろ上がった」
「授業態度も真面目だよね」
「授業時間に勉強しないのは時間がもったいない。あ、もしかして意外と見られてる?」
「そう。文化祭効果でクラスの女子は意外と見ているのだよ」
「何を言われているのか考えるのも怖い」
「じゃあ、この話題はここまでにしよっか」
瑠璃は意味ありげに笑い、蒼は自分でも額にしわを寄せているのがわかり、こんなはずではなかったと、苦笑いした。
日が昇ってからだいぶ時間が経ち、河川敷グラウンドの時計の短針はもう8の字にかかろうとしていた。さすがにこの時間になると犬の散歩だけでなく、野球少年たちやジョギングの人など大勢が通るようになる。
誰かに見られたら困る、とお互い口にしたわけではなかったが、七輪の火も弱くなったのでお開きにすることにした。調理道具類を自転車に載せながら、蒼が言った。
「学校で練習できれば暖かいんだけどね……」
「昼間は追加講座やってるから、みんなにばれちゃうから学校はないな」
なにかいい案はないだろうかと2人でうなった後、堤防上の道まで歩いて行き、軽く手を振って別れた。
彼女は別れ際に何も言わなかったが、明日も声をかけに来てくれる気が蒼にはしていた。瑠璃がきてくれることは、特別なことだ。だけどその特別なことも回を重ねるごとに自分の日常になっていく気がした。そんなはずはないのにと蒼はその気持ちを意識下に沈めようと努力したが、なかなかそれは、消えてくれなかった。
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