2
東の空が赤く染まり、もうじき朝日が上ってくることを2人に知らせた。
「小腹が空いたらまだ焼く物あるから」
瑠璃は蒼の言葉に苦笑した。
「小腹が空くくらい、ここにいるかな。こんなに寒いのに」
「寒かったら七輪で暖まってください」
瑠璃は頷いた。 蒼は焼けたはんぺんとちくわを金網の端に避け、アウトドア用の小さなやかんでお湯を沸かす。火力が出ていたので、割とすぐに沸いた。瑠璃はコーヒーを希望したので、ペーパーフィルターでドリップ。紙コップを手渡す。
「手慣れてる」
「ギターを始めるまで、家事以外の趣味がなかった」
「家事が趣味?」
「正しくは『趣味』じゃなくて、『何も考えないでできること』、かなあ。僕さ、なにをするにつけても面倒だと思うんだ」
「七輪を持ってくることは面倒じゃないの?」
「最近は面倒だと思うことを面倒だと思うことにしている」
「なにそれ」
「七輪を持ってきたら坂本さんの驚く顔が見られるかもと思ったら面倒だとは思わなかったよ。そんなことまで面倒だと思ったら、それは自分自身が面倒くさいだけで」
「わかったようなわからないような。確かに驚いたけど」
「それに七輪があれば暖がとれて河川敷でも長居できるかなと思って。釣りしている人が持ってきているのをみて思いついたんだ」
「よく七輪なんかあったね」
「じいちゃん家にあったんだ」
「へえ……」瑠璃がコーヒーを口にした。「これはなかなか。普通に飲める」
「ブラックでいいんだ」
「ブラックでも飲める、かな。ケーキ開けようか」
瑠璃はキャラデコケーキの箱を丁寧に開け、ケーキからPOPを引き抜いて避けると持参のケーキナイフできっちり二等分にした。5号は半分にしても1人分には大きい。
「食べられる?」
「朝ごはん食べてないから大丈夫」
「よかった」
瑠璃が紙皿にとりわけ、蒼は手を合わせてケーキを口にした。クリスマスの日に学校のアイドルとこんなことをしているなんて、もちろん蒼は全く想像していなかった。だから何者かに手を合わせた。もちろん、ケーキとケーキの材料を作ってくれた関係者の皆様にも感謝して手を合わせた。
「味は普通だよね」
上品にケーキを一口食べてから瑠璃は言った。
「キャラデコケーキは味を期待するものではないけど……昨日はパーティに行ったの?」
「行って、用事ができたって言って、30分で出てきちゃった」
「それだと、みんながっかりしただろうに」
「どうだろう。その後、みんなが楽しんでくれればそれでいいし、義理は果たしたと思う……って、もう食べ終わったの」
しばらくの間は蒼が七輪を独占して暖をとり、コードチェンジの練習をした。初心者の蒼はコードを切り替えるときに時間がかかり、苦手なコードだと目立って間が開いてしまう。練習を重ねると改善されるのは経験上わかっているので、諦めず愚直にコードを指に覚えさせる。ときどき、七輪に手をかざして指を温める。
瑠璃は100メートルほども離れて練習をしている。もうすっかり日が昇り、周囲は明るい。ストレッチなどもしている様子だった。ボーカルは身体を楽器とすること、と考えれば、ストレッチは必須だろう。ギターの教則本にも指や手首のストレッチが載っていたことを思い出し、ベンチに座ったまま蒼も少しストレッチしてみる。
少しして、トコトコと瑠璃が歩いてきて無言で蒼から七輪を奪っていった。急に寒くなり、蒼は七輪のありがたみを知る。2人で一緒に使えればいいのだが、声楽のトレーニングをしている側でギターの音がしたらお互い邪魔だろう。仕方がない。ときどきカイロを入れたポケットに手を入れては指先を温め、コードチェンジの練習を続ける。
瑠璃は足下に七輪を置いて、やかんでお湯を沸騰させながら発声練習を再開していた。明らかにのびのびと声を出しているところを見ると、やはり暖かいらしい。
いつもより長く、45分ほども過ぎた頃、トレーニングを終えて瑠璃が七輪をもって戻ってきた。
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