第2話 河川敷でクリスマス

 2学期の終業式の朝、河川敷で蒼がいつものように1人で練習していると、また瑠璃がやってきた。3日ぶりくらいだった。


「調子はどう?」


 今度は蒼から話しかけた。


「スランプからは脱却しつつある」


 瑠璃が吐く息は真っ白だ。


「それはいいことだね」


 瑠璃は小さく頷き、また口を開いた。


「今日、クラスのみんなでクリスマスパーティやるみたいだけど、細野くんは来るの?」


「話も回ってきてないね。坂本さんの周りでその話が盛り上がっているのは聞こえてきているけど」


「じゃあ、行くのやめておくか」


「なんで?」


「嘘をつかれるのは、嫌い。みんなに声をかけたって言ってたのに」


「あー、その『みんな』に僕が入っていないだけで、主催者は嘘をついていないと思う 


「『みんな』は『ALL』だよ」


 瑠璃は憤慨している様子だった。


「その確認に来たの?」


「いや、ついで。明日からもここで練習するの?」


「どうかな。早起きしなくても練習できる。でも早起きの習慣を終わらせるのも怖い。家族が起きれば家で練習できるんだ。消音器使えばだけど」


「そっか。ウチはマンションだから練習できないんだけど、わざわざ朝やる理由がないのは同じかな。でもルーティーンを崩すのが怖いのも同じ」


「だよね。じゃあ、防寒対策しっかりして、明日も来ようかな」


「わかった。私もそうする」


 瑠璃はニカッと、まぶしい、男前な笑顔を見せた。


 互いの邪魔にならないように少し離れて瑠璃も発声練習を始めて、蒼も練習に戻った。


 また堤防上の道路を2人で歩き、別れ際に蒼は言った。


「クリスマスパーティ、行きなよ。坂本さんがいなかったら、きっと盛り下がっちゃうからさ」


「私なんて、お飾りだよ。本当の意味で互いに足を踏み入れて、仲がよくても悪くても。心の拳でぶん殴りあっているような仲間ならパーティが思い出にもなるんだろうけど、私は違う」


 瑠璃は自嘲気味に笑った。


 華は華でしかない、ということだろうかと蒼は勝手に納得した。そう思っていない男子も確実にいるとは思うが、その手に関わるのが瑠璃には面倒なのだろう。女子にしても瑠璃目当ての男子が来てくれることを期待して彼女を呼んでいるのかもしれない。面倒くさい世界だ。蒼は関わり合いになりたくない。


「坂本さんが行きたくなければ行かなければいい、と僕は思うよ。やることあるって言ってさ。実際、あるんだから」


「やること?」


「歌の練習」


「間違いない」


 瑠璃は親指を立て、階段を軽やかに降りていった。


「美少女のイメージじゃないね」


 いい意味で、と心の中だけで蒼は言葉にした。


 登校して、クラスでまた瑠璃と顔を合わせた。学校での瑠璃はいつものクラスのアイドルだ。始業前のおしゃべりで、クラスメイトとは言葉尻でちょっと距離をとりつつも、話題は拾い、相づちをうちつつ、会話の中心になる。蒼はその外から彼女の様子を窺うが、どうにも、嘘っぽく、変な言い方だが、河川敷の彼女と比べると、透明なラップに包まれているような感じがした。それは彼女をとりまいているクラスメイトとの話と関係そのものを、可もなく不可もなく調整しているから感じるのだろうと蒼は考えた。その関係を友人というのかどうか、蒼は疑問に思う。それを言うなら自分も同じようにクラスメイトと調整しつつ距離をとっているのだが。


 少なくとも、彼女がここにいる時間くらいはリラックスしてくれればいい、と思った。



 翌朝、冬休みの初日も蒼はいつもと同じ時間に起き、河川敷に向かう。いつもと違うのは荷物が多いから自転車を使ったことくらいだろうか。あと、少し早めに家を出た。

 昨日と同じ時間に瑠璃が河川敷にやってきて、蒼が持ってきていたものを見て目を丸くした。


「なにそれ面白い」


「七輪って見たことない? 暖房と調理ができる日本の伝統的な工業製品だよ」


 今朝はいつもよりもずっと冷え込んでいたから、暖房にちょうどいい。


「実物初めて見たかも。何焼いているの?」


「はんぺんとちくわ。食べる?」


「う、うん」


 ギターをベンチにおいて、瑠璃に割り箸を渡す。七輪の上の金網ではいい感じではんぺんとちくわに焼き色がついていた。その金網の下に固形燃料が赤々と燃えている。


「燃料は木炭なんだ」


「火を簡単におこせるやつだけどね」


 瑠璃が割り箸を割り、ちくわをハフハフいいながら口にする。


「チーズが仕込んである!」


「いいでしょう?」


「いい仕事してますね」


 ちくわを食べ終わるとはんぺんを口にする。


「今度入れたのはめんたいこ?」


「いいでしょう?」


 はんぺんを薄く半分に切ってめんたいこを仕込み、重ねたものだ。ちくわもはんぺんも昨夜のうちに準備したものだ。


「悔しい。先に一本とられた。私も持ってきたのに」


「何を?」


 瑠璃は手に持っていた通学用のダッフルバッグの中からキャラクターが描かれたケーキの箱をとりだした。大手おもちゃメーカーが販売しているものだ。


「じゃん。ケーキです。今日はクリスマスだよ。日本じゃイブが盛り上がるけど」


「どうしてキャラデコケーキ?」


 キャラクターは女児対象の魔法少女もののそれだった。瑠璃のイメージに全くそぐわないそれは、この物寂しい河川敷の中で完全に浮いていた。少し間が開いたあと、瑠璃は真剣そのものの声で言った。


「1人で食べるとカロリーがやばい」


 質問には答えてくれなかったが、話したければそのうち勝手に話すだろうと思い、蒼は頷いた。


「そりゃそうだ。お茶入れようか。コーヒーと紅茶、どっちがいい」


「そんなのまで持ってきたの」


「『おもてなし』だよ」


 自然に笑みが浮かんでくるのが蒼は自分でもわかった。




「早食いなんだ」


「その割にスリムだよね」


「筋トレも合間合間にしてるから」


「マメだよねー」


「そう?」


 蒼はコーヒーを口にする。瑠璃はゆっくり食べ続け、ときどきコーヒーを口にした。


「食べ終わったら練習始めるけど、一休みのとき、今度は紅茶を入れてくれるとうれしい」


 蒼は頷いた。


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