第11話 その気持ちの名前は恋

 分かれ道を曲がると瑠璃は猛ダッシュした。心のエネルギーは限界に達している。もう平静を装うことはできない。彼が用意したお菓子を食べているときも、いれてくれたお茶を飲んでいるときも、一緒に桜の花を見上げているときも、瑠璃の心は大騒ぎし、一瞬も冷静さを取り戻すことはなかった。


 振り返り、蒼の姿が見えないことを確認すると瑠璃は立ち止まって、息を切らしながら自分に言い聞かせた。


「そうか。これが、恋なんだ!」


 瑠璃が蒼に抱き続けていた感情に名前がついた瞬間だった。


「つむぎのこと、もうとやかく言えないなあ」


 そして電柱にもたれかかり、また空を見上げた。少し落ち着くと自分の言動が思い出され、瑠璃は悶絶する。


 壁ドン(死語)されて喜んだこと、ランチデートだと強調したこと、つむぎに嫉妬したと告げたこと、嫉妬してくれないのかとゴネたこと、夜中の音声通話が恋人みたいだと言ったこと。『守ってあげたい』を歌ったこと。そのほか無数の蒼との出来事を思い出す。


「もう好きだって言っているも同然だよ……」


 さらにパジャマ姿の自撮り画像を送ったことを思い出し、真っ赤になって再び悶絶した。


「過去の私! 自重しろー!」


 そう小さく叫んだあと、少々落ち着いたかなと自分で思った頃合いで、瑠璃はとぼとぼと歩き出す。ここで立ち止まっているわけにもいかない。


 いや、蒼のことを好きは好きだった。ずっと。たぶん、河川敷で一緒に練習を始めたときから。


 それは瑠璃もわかっている。好きでなかったら元旦に夜通し一緒にいないし、バレンタインデーにホットチョコを飲ませたりしない。一緒にいたかったから河川敷に通ったし、一緒に遠出してスタジオに練習しに行った。楽しかったから勉強会をしたし、カラオケにも行った。


 好きで、楽しくて、ずっと一緒にいたかった。


 外見ではなく、瑠璃自身を見てくれ、肯定してくれ、一線を踏み越えずに常に意見を尊重してくれた。だから、夢に向かって一歩を踏み出せた。自分の殻を割ることができた。


 みんな彼が側にいてくれて、力になると言ってくれたからだった。


 マジカル・ジェダイトになって、夢の実現の力になると蒼が約束したそのとき、瑠璃の視界は真っ白になり、真ん中に彼だけが見えた。そして心の奥底から感情があふれ出した。その瞬間、“好き”という言葉が、もう喉元まで飛び出しかけた。それが出なかったのは、ただ瑠璃が自分の感情に驚いたからに過ぎなかった。その“好き”は今まで瑠璃が口にしないまでも心の中でずっと言葉にしていたそれとは違う。“恋”だとわかった。考えて心の言葉になった“好き”ではない。何のブレーキもかけない心からの言葉だ。


「うん、好きだ。私は、彼が好きだ」


 そう言葉にするとやっと楽になった。


 瑠璃はつむぎにメッセージを送り、彼女の了承が得られたので、ひとまず彼女の家へと急いだ。


 マンションのインターホンを鳴らすとすぐにつむぎが出てロックが開き、玄関で瑠璃を出迎えた。


「どうしたんです? 聞いて欲しいことがあるなんて。どうせ細野くんのことだと察しがつきますが」


 呆れ顔のつむぎはひとまず瑠璃を自室に通した。つむぎの部屋は所々に魔法少女アイテムが飾られてはいるが、普通の女の子らしい部屋だ。


 瑠璃は座布団の上に正座し、勉強机の椅子に座るつむぎを真剣なまなざしで見上げた。


「わかってしまったの。私、細野くんのこと、好きだったんだって」


 一方、つむぎは呆れ顔のまま返した。


「いや、今までもさんざん『細野くんのこと好きだ』って聞いてますが」


「その好きじゃなくて“恋”の好きです」


 つむぎは表情を変えない。


「今頃やっと気づいたんですか。『Love Me Do』を歌ってくれて――と話してくれたときは、もしかして、くらいでしたが、大晦日の夜の堤防の上で、細野くんの姿を見つけて大はしゃぎしていた辺りからもう確定だと思っていましたよ。ですがまさか今まで恋していることに気づいていなかったとは思いませんでした。言っておきますが、今まで口にしてきた好きだって、自分では気がついていないだけで、まちがいなく“恋”の好きですからね。さんざんバカップルぶりも発揮して、関係をオープンにした翌日には校内の公認カップルになっていたというのにも関わらず」


「グサグサきます。オブラートに包んで欲しいです」


「これでもだいぶ省略していますが。対面にせよ音声通話にせよメッセージにせよ、いちいち報告を受ける身としては言いたくもなりますよ」


「申し開きようがございません」


「とはいえ、教室で細野くんに手を引かれて2人逃げ出したときかな、と思っていたのですけど、違ったのですね。あのときにお互いの気持ちを確認し合って、恋人になったのだとばかり思ってました。実にドラマチックでしたね。私が責任持って学校の伝説にします」


「ごめんなさい……違うんです」


「でも、〔恋人つなぎしちゃったー♡〕って喜びの報告が、ほら、ここに。普通、そう思いますよね?」


 つむぎがスマホをかざすと、“るりりん”からのメッセージに、その吹き出しと、大喜びしているマジカル・クリスタルのスタンプがある。日付はおとといだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る