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屋外ステージには下手と上手にそれぞれステップがあり、瑠璃と蒼は別々にステージに上る。高さは60センチほどしかないのだが、思ったより高い。
春を予感させるあたたかな青空と薄い雲の下、正面に駅ビル、左手に小規模なショッピングモール、右手にリゾートホテルがある。
広い公園部分には歩いている人や休憩している人がちらほら見えるくらいだ。
「最初の度胸試しにはいいかな」
瑠璃はタイル張りのステージの感触を靴底越しに感じ取りながら、周囲を見渡す。思ったよりもバックパネルと袖パネルが効いているのか、声が反響していた。
「だね。10分くらいでも許可がいるか聞いてみるよ」
蒼は大きく頷いた。去年の秋にアコースティックギターを手にしてから変わりつつあった自分が、また一歩、未来を変えようとして踏み出したのだ。その理由は瑠璃がいたからだということも、よくわかっているつもりだった。
自分には夢なんて呼べるようなものはない。だけど、瑠璃にはしっかりとした夢がある。いつか夢と呼べるものができるかもしれない。でも今は彼女の夢に相乗りしつつ、そして彼女の力になりつつ、自分が変わっていけばいいと蒼は思う。
「10分――2~3曲だね」
「春休みの間にクリアーしたいな」
「じゃあ、2曲に絞って練習するしかないね」
瑠璃の言葉に蒼は親指を立てる。瑠璃は頷く。
「そうと決まればやるしかない。あ、でもまだランチの時間には早いね」
まだ10時30分を回ったところだ。30分前に児童館に到着するとしても、あと2時間ある。ランチの時間を差し引いてもまだ時間がある。
「じゃあ、買い物につきあってくれる?」
「え、僕と? アニメのお約束だと荷物持ち確定ですが」
「見るだけだから、大丈夫、たぶん」
「たぶんかー」
それでも良かった。蒼はただ、こんなやりとりをしたかっただけだった。
瑠璃はショッピングモールに足を向け、蒼は彼女についていく。
ショッピングモールでは主にアパレルを見て回った。蒼は大手アパレルチェーンで、季節の節目に親に買って貰うくらいなので、ショッピングモールでアパレルを見るのは初めての体験だ。しかもレディース向けの店だから、入り口近辺でつい周囲を見渡して誰も知っている人がいないことを確認してしまう。
2月なので冬物処分が始まっているが、もちろん春物も多数陳列されている。
「どう? これ、似合うかな?」
瑠璃は手にした純白のワンピースを、身体に合わせて蒼に見せる。ワンピースは襟がフリルで、胸の下辺りに同系色の花型フリルがあしらわれていた。
「僕に聞かれても……」
蒼はその先を言えない。瑠璃が首を傾げる。
「『女の子の服はわからない』?」
「正解は、なんでも似合ってるって答えてしまいそうなので参考にならない、です」
「それは確かに参考にならない」
瑠璃はそのあと、小さく吹き出した。
本当に、抜群に似合っていると思う。彼女は自分に似合う服を知っているのだと感心するほどだ。それほど強烈に脳裏に焼き付く姿だった。
瑠璃はむむむと考え込んだあと、次に持ってきたのは黒基調でピンクのリボンを多くあしらったワンピースだった。瑠璃は真顔で合わせ、少しうつむき加減になって、三白眼で蒼を見る。蒼はしどろもどろになる。
「……イメージ変わりますが、地雷系でしょうか? さっきの白いワンピースよりはストリートライブやってそうな。いや、かわいいですけどね」
「その発想はなかったな」
そして瑠璃は2桁の数字のロゴが入ったパーカーを持ってきて合わせた。
「路上のシチュエーションにぴったりだ」
「むしろ白ワンピでやった方が受けるかな」
「ミュージシャンじゃなくて声優アイドルを目指すならそれもあり。地雷系と比べたら女の子自身の可能性がより見えると思う」
「ふむ。参考になった」
瑠璃は真顔になってパーカーを戻した。
そのあともいろいろな店に行ったが、見るだけという彼女の言葉のとおり、本当にウィンドウショッピングで済んだ。ランチのお店に向かう途中、瑠璃が言った。
「これからお金がかかるかもしれないから大切に使わないと、ね」
「確かに今後、本気で音楽活動を始めるのならその心構えが必要だね」
「私の場合はやることいっぱいあるし」
「声優アイドルなら演技と歌と踊りと、マルチな才能が必要だから大変そうだ」
「細野くんは私が声優アイドルを目指しているって聞いても笑わないね。真剣に聞いて、考えてくれる」
瑠璃の声のトーンが若干下がった。
蒼は自然と自分が眉をひそめたのがわかった。
「なんで笑う必要がある? 人が本気で目指しているものを笑うことほど面倒なことはないよね? その人とケンカしたいならともかくさ」
瑠璃は応えず、無言で頷いた。
目的のランチはスペイン料理店で、待ちたくなかったので開店の5分前には到着した。開店と同時に入店して、テラス席に座って一安心。天気が良く、風も穏やかでテラス席でのランチは気持ちが良かった。メニューは豚バラ肉のトマト煮込み(ライス付き)か春野菜のパスタで、両方一皿ずつ頼み、分けようという話になった。
ランチプレートが出てくるのを待っている間に、蒼はふと思い出した。
「そういえば沢田くんって、委員長からチョコもらえたの? 何も言ってなかったけど」
「手作りはしたけど、それは渡せなくて、市販の、普通のチョコにしたみたい」
「そうか。それでもさぞ喜んだんだろうな」
蒼も事前告知通り、つむぎから市販のチョコを貰ったが、例に漏れず魔法少女の食玩チョコだった。さすがに沢田相手にそれはないだろう。
「つむぎが図書室で沢田くんに勉強を教えられて良かったよ。あれがなかったら義理チョコとして渡すことすらできなかったと思う」
「義理チョコだと思っていないから僕にも話してくれていない説を唱えます」
「そうだとつむぎも嬉しいんだけど」
「委員長はホワイトデー待ちか。気が気じゃないよね、きっと」
「細野くんはホワイトデーに何をお返ししてくれるの? 3つも貰ったんだし、スペシャルな感じだよね」
瑠璃は可笑しそうに笑い、蒼は胸を張る。
「七輪さえあれば河川敷でもスイーツは作れるよ。ホットケーキミックスにたこ焼きプレートで鈴カステラとか、クレープでもいいし、シンプルにホットケーキでも。まだ寒いから、フルーツと牛乳なんかの材料も保つ」
「それは確かにスペシャルだ」
瑠璃は微笑み、頬杖をついて蒼をじっと見た。
「な、何?」
「電車の中で、初めて君の顔をじっくり見たのに、なんか、もう、忘れてしまいそうになっている気がして、目に焼き付けているところ」
自分が彼女の顔を間近で見ていたのだから、瑠璃も同じだったわけだ、と蒼は気づく。
「あのときの僕、間抜け顔してなかった?」
「ううん。そんなことなかった」
瑠璃はまだ蒼を見ていた。
すぐに店員さんがランチプレートを2枚持ってきてくれて、蒼は助かったと思った。スープとソフトドリンクがついて、ファストフードのお高めのセットにちょい足しくらいの値段だったので、ファストフードよりずっと満足度が高い。
事前の約束通り、蒼と瑠璃はお互いのランチを半分ずつにして食べた。
最後に、瑠璃はセットのソフトドリンクのレモンスカッシュを、蒼はジンジャーエールを飲み干し、ランチの時間が終わる。
今日は暖かく、テラス席でも冷たい飲み物が美味しく感じられた。
瑠璃がお手洗いに席を立ち、待っている間に時間を確認すると12時15分で、児童館に向かうにはちょうどいい時間だと思われた。
「お待たせ」
「いいえ。どういたしまして」
それぞれ会計を済ませて一緒にお店を出て、歩きながら感想大会が始まる。
「どっちも美味しかったね」
「豚バラトマト煮、作ってみたい。レシピ調べないとな」
「春野菜のパスタも美味しかったよ」
「そっちはなんとかなりそう。いやあ、外食するとモチベーションがあがるね」
「ふふ、期待」
瑠璃はこの上なく嬉しそうに笑った。
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