中学2年生――春
第6話 初デート
1
期末テストの結果は上々だった。蒼はテストを終えた時点で今までよりよくできたのが実感できた。
期末テストが終わった金曜日の放課後、学校には残らずに市民センターの勉強室に行く。期末テストも終わり、受験もひと段落しているこの時期、まだ席に空きがある。つむぎと瑠璃の協力で自己採点した結果、蒼は主要科目で8割以上とれたことがわかった。驚きだった。勉強を始めたのはギターを始めたのと同じ時期、半年前ほどだ。習慣の力と集中力の大切さを感じた。
それでも瑠璃との差は大きい。9割以上とっている彼女と同じ学校に行くのはまだ夢物語だが、これからの頑張り次第で手に届くかもしれないところにいるのも間違いない。
瑠璃はニヤニヤしていた。
「結果でてるね」
「1年生の復習からしないとダメだね。基本が足りてない。英語も国語も読解力が足りないからケアレスミスがある……」
「それも反復習慣で見つけられますよ」
つむぎが人差し指を立ててふった。
「そういえば沢田くんが、今回、すげーできたって言ってたよ。委員長のおかげだって」
つむぎは、がふっと、美少女には決して許されない擬音をたてたあと、口を塞いだ。
「よかったねえ」
瑠璃が生あたたかい目でつむぎを見て、つむぎは露骨に照れる。
「沢田くんはスポーツ推薦を目指しているけど学校の勉強も最低限はできないと。本人も社会に出てから困るからって言ってた」
「沢田くんって意外としっかりしているんですね」
つむぎは考え込んだような真面目な顔になった。
「細野くんはどうして勉強しているの? やっぱり、私と一緒の学校に、行きたいから? ……かな?」
自意識過剰な発言をさらりと言えればいいのだが、後半は瑠璃は明らかに口ごもり、最後は赤くなって、俯いた。つむぎが両の手のひらを合わせる。
「今日もごちそうさまです」
「なんでだろう。親にギターで遊んでいるなら責任もって勉強しろと言われたのがきっかけだけど、まあ、習慣になったし。成績低くて変に悩んだりするの面倒だから、それなら勉強した方が早いかなと。選択肢が増えるし。もちろん、坂本さんと同じ学校に行く努力をするって約束も覚えているよ」
瑠璃は絶句した。しばらく待って、ようやく瑠璃の声がした。
「失言でした。わかってました。そうだといいと思っていたから確認しただけです」
「これでつきあっていないとか、大瀧さん、わかりません」
つむぎは呆れてうなだれる。露骨なのはオタクモーションだからだと蒼は思う。
「坂本さんは相方というか、パートナーだよ」
瑠璃は驚いたように顔をあげ、蒼を見た。
「……そうだよね、一緒にストリートライブデビューするっていう、うん、パートナー、かな」
瑠璃は笑顔になり、蒼は照れる。
「推しカプの過剰摂取は身体に悪いので、そのくらいにしてください。それに……」
そしてつむぎは周りを見渡す。ヒソヒソ声の会話でも、勉強室中の注目の的になっていた。みな怒っている様子ではないが、見世物になっている感はある。
蒼と瑠璃は小さくなり、テストでできなかった問題の再考を始めた。
冬至からだいぶ経ち、市民センターから出たのは5時を過ぎていたが、まだ少し明るい。日没したばかりの時間だ。
帰路の間、つむぎと瑠璃は魔法少女話に熱中し、蒼は後ろをついていく。つむぎと先に別れ、瑠璃と2人きりになると蒼は口を開いた。
「さっきの話なんだけどさ……」
「……私のこと、パートナーって言ってくれたこと?」
瑠璃は少し嬉しそうだ。微かに笑んだ。
今の自分たちの関係を言葉にするなら、『友達』ではない気がする。別の言葉もありそうだったが、とりあえず『パートナー』が一番いいのかなと蒼は思う。
「いろいろほかにもありそうけど、とりあえず」
「実は私もしっくりこない。けど、とりあえずそういうことにしよう。でも、『パートナー』って言ってくれたこと自体は嬉しかった。うん」
瑠璃は大げさに頷いた。
「君とつむぎがいればオタバレしても構わない。学校でもオープンに2人と話したい。きっかけは、欲しいけど」
そう言ってくれるのは本当に嬉しい。
自分と瑠璃の側、双方にどのくらいの高さのハードルが、そしていくつあるのか見当もつかないが頑張りたいと思う。
「それで、そのきっかけの話なんだけど、いろいろ調べたら、公園にある屋外ステージで申請すれば演奏できそうなんだ。で、候補になりそうな、駅前に屋外ステージがある公園が、市内に2カ所ある。自転車でもいいし、電車かバスでも行ける範囲」
「すごい! 私よりずっと前向きだ!」
瑠璃は小さく口を開け、慌てて手のひらで覆った。
「言い出したのは僕だからね。それで、その一方の駅近くの児童館内に無料のスタジオがあって、普段は予約でいっぱいなんだけど、明日、キャンセルが出ていて90分間借りられた――明日、坂本さんの予定がなかったら、ステージの下見とスタジオ練習に一緒に行かない?」
「行く行く! そんなのあるんだ!」
瑠璃はテンションを上げ、輝くばかりの笑顔になった。
「嬉しすぎて、今、危うく細野くんに抱きつく寸前だった」
「帰国子女ムーブ?」
蒼は苦笑する。本当に彼女にハグされたら自分がどうなってしまうか見当もつかない。
「用事がなくてよかったよ」
断られたら精神的ダメージは絶大だっただろう。
「アニメ見てボイトレして勉強する土曜日の予定だったからね。明日がすごく楽しみ! でも、予約が取れたんなら、メッセージ入れてくれれば良かったのに」
「直接誘いたかったんだ」
短い文章だと相手の反応に困ったり悩んだりすることがある。それは避けたかったし、瑠璃の笑顔を目の当たりにできたのだから、これで正しかったのだと蒼は心から思う。
「驚きも喜びもその分、大きかったよ」
ちょうど、分かれ道に来た。
「じゃあ、集合場所とか時間とかは連絡入れてよね。あ、お昼をはさんで一緒にランチしようよ。お弁当作ってきちゃダメだよ」
「わかった」
蒼は頷き、瑠璃と別れた。
瑠璃の姿が見えなくなってから、蒼は大きく深呼吸し、膝に手を当てて中腰になった。彼女は気がついているんだろうか、と頭の中で言葉にすると蒼の身体の芯から力が抜けていった。それでも背筋をしゃんと伸ばすと、蒼は自分に言う。
「これ、デート、なんだよな。デートだって、言ってはいないけど」
蒼は心が落ち着くまでその場で考え込んだ。
その夜、蒼の方から瑠璃に連絡を入れた。地元から一緒に行くと目立つから、現地で集合することにした。それには瑠璃も同意した。学校で噂になるのは避けたい。もちろん、屋外ステージで演奏して知れわたる分にはいいと思うが、今はまだダメだ。確たることを自分ができることを残してからにしたい。そうでなければ彼女のファンクラブだか親衛隊だかにつけこまれる。何より彼女には釣り合わない。何か残したとしてもまだぜんぜん足りないが、ないよりはマシだ。今のままでは学校で胸を張れない。そう、強く蒼は思う。
そんなことを考えている間に、瑠璃からランチ候補のお店情報が連続で送られてきた。蒼は移動時間とスタジオの予約時間を考えながらその中で決めようと返した。そして、演奏したい曲があると、瑠璃が楽譜の画像データを送ってきた。楽譜は全て手書きでコード進行も記されており、楽譜が読めない蒼でもなんとかなりそうだった。しかしこの曲を彼女が選んだ理由がわからなかった。
〔本当にこれ演奏するの?〕
〔ある意味、この曲を歌うことが私の決意表明かな〕
瑠璃の真顔が目に浮かぶようだった。ならば協力しない理由がない。
蒼はコンビニまで駆け込んでコピーサービスで楽譜を印刷し、寝る前の1時間ほど、その曲を練習した。
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