中学2年生――秋

瑠璃の回想-1

 日本に帰ってきたかったけれど、こんなことなら帰ってきたくなかった、というのが瑠璃の素直な思いだった。親の転勤でニュージーランドについていったのは小4のときで、確かにその頃から日本ではかわいいと周りから言われていたが、戻ってきたら扱いは大変ひどくなった。人格無視に等しいとまで思う。


 ニュージーランドは移民の割合が4分の1と高く、多民族国家だ。だから学校でもいろいろな価値観が共存していて、楽しかった。いろいろな価値観があったから、瑠璃が特に抜きん出てかわいいということもなかった。


 地元の学校で英語の習得に苦労しつつも、乗り越え、大勢の友達ができた。


 日本人ということでサブカルの話題をふられることも多く、話題を確保するためにネット経由で日本のアニメを見続けたが、特に心を掴まれたのが魔法少女シリーズだった。


 そういえば小さい頃、本気で魔法少女になりたかったな、と幼い頃の想いを呼び起こされ、欠かさず見るようになった。


 歌を歌うことを志したのも、その辺りに原点がある。当時は家の近所にボイストレーナーがいて、公共施設で格安でトレーニングさせてもらえていたから、もう自分はその道に進むしかないとまで意気込んでいた。


 中学2年生の夏、帰国することになった。


 日本に帰ってくるのは不安もあったが、アニメで日本の話題も知っていたし、そのほかの日本の好きなことにコンタクトしやすくなると思うと、帰国が待ち遠しかった。そのときは当然、日本の学校に転入しても、そのうち友達ができるだろうと軽く考えていた。しかし、瑠璃の考えは甘かった。


 転入初日からクラスメイトに囲まれ、質問攻めで、ほかのクラスからも自分の見学にくる始末。廊下から遠巻きに大勢の視線を感じ、大声で叫びたくなった。


 私は動物園の動物じゃない! と。


 話しかけてくれる、瑠璃が知らなかった日本語でコミュ強と呼ばれるクラスメイトたちは、アイドル、ネット動画、テレビ番組、ファッション、校内の恋愛の話題で盛り上がるだけで、結局それらの話題はコミュニケーションツールとしては偏っていて、瑠璃がまるで知らない世界だった。彼らだってほかに興味があることもあるだろうが、偏ることでコミュニティを強固なものにしているのだろう。


 アイドルの世界には興味があるが、自分で特定のアイドルを推すことに情熱は注げないし、ネット動画もテレビも見る暇はない。ファッションだってニュージーランドでは自由だった。校内の恋愛なんて知らないし、関係ない。


 しかし転入したばかりの自分に日々、話しかけてくれる貴重な人たちではあった。


 瑠璃はヘッドラインニュース的にだけそれらの情報をとりいれ、実際そうなのだが、あとは帰国したばかりだからわからないんだ、で通した。


 その人たちは体育でも理科の実験のグループでも彼女によくしてくれたから、悪い人たちではないのはわかる。しかし、住む世界が違うのも歴然としていた。彼らは友達とはいえない。自分の内側にあるものを出す気になれなかった。


 そのうち、一緒にいても、自分がかわいいから寄ってくるのだ。かわいい自分と一緒にいるのが楽しいのだ、と考えてしまうようになった。


 そうでない人も少なからずいるかもしれない。


 だが、見分けがつかない。


 自意識過剰なのだろう。自分は病んでいるに違いない、と思い、悩んだ。


 転入から2週間もするとその男子を知っている知らないに関わらず呼び出され、幾度も告白を断ることになった。


「私の何を知っているというんだー!」


 まだ残暑厳しい9月だった。偶然朝早く目が覚めて、家の近くに川があることを思い出し、散歩に出たときのことだ。


 早朝の空気は澄んで気持ちよく、涼しかった。


 なのに自分の中にはストレスがたまっている。いきおい、堤防上の道路から川の向こう側に明るい輝きが見え、赤い朝日に向かって叫んだ。


 こういうのは朝日ではなくて夕日だよな、レトロだけど、と自分にツッコミをいれたとき、音が聞こえた。音、としかいえない。まだ音色とはいえなかった。ポロンポロンという金属の糸を弾く音だった。


 堤防下の河川敷を見るとベンチにギターを抱えた少年の背中が見えた。瑠璃の記憶にあった背中だった。いつも教室の端っこにいる、一度も話をしたことがない男子だ。神経質そうで口数は少ない。何を考えているのかわからないタイプだと瑠璃は思っていた。クラスメイトの名前は、転入当初全員暗記したはずだったが、すでに記憶から抜け落ちていて、思い出せなかった。


「下手くそだ」


 そう言葉にしながらも、同じクラスにこんなことをしている男子がいるんだと、感心し、下手くそなギターの音から少し勇気を貰った。たどたどしくも、どうにかつながっている旋律はおそらくビートルズの『Let It Be』だった。


「なんとかなるさ、か」


 ボイトレ再開しよう、そう瑠璃は思いたち、その場でまた叫んだ。


「頑張るぞー!」


 するとベンチの少年が気がついて振り返り、目があった気がした。


 瑠璃は慌ててジョギングの人を装い、その場を後にした。


 登校して、同じ教室にいる少年を発見し、名前を確認する。


 細野蒼。


 もう、名前を忘れないようにしよう、と瑠璃は思った。




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