第4話 連絡先、GETです
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七草の節句が終わり、3学期が始まった。もちろん、瑠璃とつむぎという2人の女子と親しくなったからといって、蒼のポジションは変わらず、いつも教室の隅にいるだけだ。それでも3人でちょっとした秘密を共有している気がする。
ときどき、瑠璃と目が合う。黒板消しの当番のときや、どちらかが手洗いから戻ったときが多い。教室の中で、自分が瑠璃を探しているのがわかる。
蒼は恋をしたことがない。誰かを好きになるということがよくわからない。フィクションの中のそれを行動としてはわかるが、感情が伴わない。瑠璃を目で追ってしまうのが、恋しているときに起きることというのも知っているが、自分はそれだけではないと思う。他人と長くいることがこれまであまりなかったから、ギターを弾いている自分を知っている彼女だから、話せなくて寂しく思っているのだろうと思う。
瑠璃がきてくれる朝の時間を思い返すとそれは欠けがえなく、とても大切に思えた。
彼女も自分と同じように思ってくれていればいい、と蒼は心の中で言葉にする。
次の時間は理科室に移動だ。移動中、前をつむぎが歩いていて、振り返りざまに彼女が言った。
「最近どう?」
小さな声だった。蒼はつむぎと並び、同じく小さな声で答える。
「なにも変わらないよ。歌っているとよくダメ出しもらうくらいかな」
「進展なし、ですか。残念」
「だからそもそも……」
つむぎがまた一歩前に出て、蒼は口を閉じた。話し過ぎたと思った。
瑠璃は少し後ろを、大勢のとりまきと一緒に歩いていた。彼女と校内で話すタイミングは、イベントでも起きない限りなさそうだった。
理科の授業は何事もなく終わり、6時間目まで何も起こらず、蒼は放課後になるとすぐ、学校を後にする。帰宅して早くギターの練習をしたかったが、途中で、ふと、堤防下の水神様にお参りしようと思い立った。元旦以来、ご無沙汰していたこともあるが、瑠璃と2人で『初詣』をしたことが、今となっては少し現実離れした出来事だった気がして、そんな気持ちを拭いたかった。
堤防沿いの道に出て、小さな祠が見えると、前に手を合わせている人影が見えた。すぐに瑠璃だとわかり、蒼は周囲に誰かいないか確かめてから、小走りで祠の前に行った。
「細野くん」
瑠璃は少し驚いた様子で顔をあげた。
「今朝ぶり」
「うん……こんな時間に会うなんて初めてだね」
「お願いごと?」
「簡単にいえばそうかな……細野くんさ、学校で、つむぎと何を話してたの?」
言いにくそうな感じで、瑠璃は目をそらした。
「今朝の報告、かな」
「そっか」
瑠璃は再び蒼を見た。
「ほかに共通点ないよ」
「私も学校でも細野くんと話せたらいいのになと思って」
「学校で話をし始めたら、どんな関係か聞かれるだろうし、とても隠せない気がする」
「細野くんもギターをやっているのがバレたら困る?」
も、ということはやはり彼女はクラスでボイストレーニングをしていることを黙っていて欲しいのだろう。
「僕は、僕がどこで何をしていようと学校では関係ないと思うけど……自分がイヤなだけで誰が困るわけじゃないけど、もっとマシになってからなら、いいかな」
「……そうだね。つむぎと細野くんが話しているのを見たら、なんで自分はダメなのかなって考えただけなんだ」
半分は蒼自身の問題だと思う。それは瑠璃もわかっているだろうが、彼女の周りにいる人たちは圧倒的に『陽』の存在で、蒼は彼らに苦手意識を覚える。自分が瑠璃と圧倒的に釣り合いが取れないのも大きな原因だと思う。
もう半分は瑠璃自身の問題だ。彼女が早朝ボイストレーニングをしているのを隠すのは、転校してきてから作ってきたキャラクターに合わない部分があるからだろう。そして魔法少女の趣味と関係があるのかもしれない、と気づく。つむぎと同じようにオタバレを恐れているのだから、ボイトレする理由はオタ趣味に関わっていると考えられる。アニソン歌手にでもなりたいのだろうか。それでトレーニングを続けているのだから立派だと蒼は思うが、彼女にとってはクラスでオープンにするかどうか悩むことなのだ。
難しい、と蒼は思う。そして気がつくと教室で彼女の姿を目で追っている自覚があるから、本当に難しいと思う。
「でも、それでもこれまでと同じだよ」
瑠璃は頷いた。
「塾の時間だから、もう行くね」
瑠璃は2、3回瞬きをしたあと、早足で走り去っていった。運動神経抜群で脚が長い瑠璃は早足でも相当速く、すぐに角を曲がって消えた。
明日の朝は、少しだけ彼女のエリアに踏み込んでみよう。きちんと訊いてみよう。彼女の口から聞かないと、本当の解決にはつながらない。もし退かれたらそのままにしよう。そう考えつつ、蒼は帰宅した。
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