第33話 智也VS佐山

 パリン、ボリボリボリ...


 3枚目のおせんべいを頂いた。そして、2杯目のお茶も。こたつに入り、まったりとしている。


「お茶は足りておるかの⁉」と、炊事場の方から武夫さんが聞いて来る。


「あ、十分です」


「6月だから、コタツをしまわないといけないと思いつつも、道場が忙しくてのお。まあ、まだ夜は冷えるから、よかったら足を突っ込んでくれ。ほぉほほほほ」


 そう、武夫タケオさんがにこやかに笑った。


 そして、俺の横には佐山さんが寝ている。まあ、気を失っていると言った方がいいだろう。


 あの後、佐山さんに決闘を申し込まれ、「道場など知っている場所はない」と答えると、半強制的に佐山さんの実家に来る羽目になった。


 それも、自分の携帯を友達に預けたと言って、俺が佐山さんの祖父である武夫さんに電話をかけた。


 迎えにきた車に乗り込む際、マンションの前で志保ちゃんが泣いて謝って来た。すごく責任を感じている、思いつめた顔をしていた。そして志保ちゃんの後ろにいる子も。


 本当にごめんなさいと2人で謝って来た。


 何で志保ちゃんが俺のマンションの前にいるのかが分からず、俺は気の利いた言葉を志保ちゃんにかけられなかった。


 二言三言しか喋れなかったが、「また学校で!」と言って別れた。


 道場に着いた瞬間、武夫さんが飛んで来て、どえらい剣幕で佐山さんに向かって「この、ばかもんが!」と、今の姿からは想像もできないほど、激しく叱責した。


 そして、俺に向かって、「この度はとんだご無礼を働いてしまって...」と、玄関先で土下座をされてしまった。


「お、お爺ちゃん!この男は複数人と付き合って、街中で女性を泣かせたふとどきもの...」と、必死に説明しようとするが、武夫さんが、「お前が見たのか!事実と証明できるのか。そもそも、このお方から話を聞いたのか!」と一喝された。


 そして武夫さんは「本当にすみませんでした。奈々は大学を辞めさせます。この子がいたら大学生活にも支障が来るでしょう。フランスの道場にでも飛ばします」と土下座した状態で俺に言ってきた。


 やばい!この爺さん本当に飛ばすつもりだ。佐山さんの顔が真っ青になる「お、お爺ちゃん。ご、ごめんな...」


 佐山さんが武夫さんに謝ろうとすると「わしじゃない。このお方に謝るのじゃ!」と、佐山さんを再度叱った。


 どうしよう....確かに迷惑はかけられたが、大学を辞めさせるほどのことではない。でも、何でこんなに立派なお爺さんがいるのに、佐山さんはこんな残念な子なんだろう...?


 そう思いながら、俺は佐山さんを眺めると、とてもしゅんとした表情で、涙目で俺を見つめている。


 さっきまで、すごく腹が立っていたが、こんなにしゅんとされると、何とかしたくなる。まるで、怒られてしゅんとしているハスキー犬のようだし。


「そ、そこまでしてもらわなくて結構です。理由はともあれ、街中で女性を泣かしてしまったことは事実です。だから、大学は続けさせてあげて下さい」と、武夫さんに伝えた。 


 しかし、武夫さんは、「こやつは度々、よかれと思って行うことが暴走してしまいます。今回はその典型的な例です。何度も注意をしてきました。やはり、痛い思いをしないとだめでしょう。大学は辞めさせます」


 そう俺に伝えてきた。佐山さんはもう何も言えない様だ。


 でも、これで佐山さんが大学を辞める羽目になったら、俺が責任を感じてしまう。やはり、辞めて欲しくない。関わってくれなければ、いいだけだし。


 それに、俺も理由もなくメルを泣かした訳でも無い。ハーレムと言われようが、全員愛している。


 でも、言葉で言っても、墓穴を掘るだけだ。無理かもしれないけど、真直ぐな態度で、身体で話し合ってみよう。エロい意味じゃ無くてね。


「それなら、一試合、佐山さんと試合をさして頂けないでしょうか?いや、させて下さい!ぶつかり合って分かることがあると思います!俺は大学を止めて欲しくない!佐山さんに誤解をされたまま、フランスに行って欲しくないです!」


 古いかもしれないが、身体と身体をぶつかり合って分かることもあるんだ。いや、あるはずだ。


「秋枝...」


「全くバカな孫だ。こんなことを言って下さるお方が...。理由も確認せずに暴力で解決しようとするなど、まったく愚かな孫娘だ。本当にすまなかった。秋枝さん」


「...」


 さあ、試合をしよう。その前に...。


「サラ、皆に伝えてくれないかい?「今日は悪いが俺はそっちには帰れないと。心配ないからね」と言ってくれ」と、サラに伝言を頼んだ。


 いくらベレッタとジャネットが優秀でも、スマホは作れないだろうしな。でも、あると便利だよな。なんかいい手はないだろうか...。


「智也様...了解しました。お気を付けて下さい。それと智也様、自信をお持ち下さい。本当に智也様はお強いお方です。身体も...心も。私たちがどれだけ救われたか...。どんなことがあっても、私たちは智也様を愛しております...」


「あ、ありがとう。サラ」


 真直ぐに見つめるサラの瞳に吸い込まれそうになりつつ、気恥ずかしくなってしまった。でも...ありがとう。


「し、師匠...。す、すみませんでした。け、軽率でした。あ、秋枝...その...」


 何か、俺に言いたいのだろうが、うまく言葉にできない様だ。無理をして言わなくても、試合で伝えてくれれば、それでいい。


「さあ、佐山さん!試合だ!手加減はしないからね!」そう、俺は彼女を見上げ、力強く言った。


「の、望むところだ。私も負けない。負けない!」


 そう言って、お互いが空手着に着替えに行った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 屋敷の横にある道場は立派だった。スカイツリーが良く見える。そんな場所で、考えられないほど広大な敷地。敷地内にある道場で行うことになった。


 空手着に着替えた佐山さんは、凛として格好良かった。それに、先ほどまでの暴力的なオーラはなく、戦いに挑む姿に変わっていた。


「奈々よ。秋枝さんと話し合ってルールを決めた。秋枝さんは柔道をやられていた。打撃以外にも、関節と投げ技もokとする。そして、試合はギブアップか、戦意を喪失とみなした場合、負けとみなす。そして急所攻撃は勿論無しじゃ」


 佐山さんは静かに頷いた。その頷きを確認した武夫さんは、「そして...」と会話を続け、「そして、フルコンタクトルール(直接打撃制による試合形式)で行う。奈々はそれで良いか?」と言った。


「も、もちろんいいですが、ノンコンタクト(寸止め)ではないのですか?」


 少し驚いた表情をして武夫さんに聞いた。そして、俺の顔を見た。


 俺は無言で頷いた。


「ほほう。先程までなら、そんなことを思わなかっただろう。心境に変化があった様じゃな...。秋枝様が望まれた。わしも重々確認したが、フルコンタクトルールを望まれたのじゃ」


 先ほどより、武夫さんは佐山さんに対して穏やかな表情で見つめた。


「秋枝はそれでいいのか...試合となれば、手加減は...できないぞ?」


 俺を心配して聞いてくれていると思うが...。


「ああ、それでいい。負けないよ。出せる力を全力で出す!」


 そう、佐山さんに伝えた。


 俺だってメル以外を抱く時にすごく倫理観と戦ったんだ。もちろん欲望に負けたけど...。それで責められるのはしょうがない。親にも怒られるだろう。でも覚悟の上だ。その覚悟を佐山さんに伝えたい。


 そうじゃなきゃ、ナイメール星で苦しんでいる者を救うなんて、お恐れ多いことができるはずがない!


 さあ、試合だ。俺もなんかふっ切れた。


「秋枝...分かった。私も本気でいく。貴様の全力を見せてもらうぞ!」


「お互い礼。構えて、始め!」


 武夫さんの掛け声で試合が始まった。柔道の試合でもそうだが、俺よりも身長が高い者との戦いは慣れている。その点では、佐山さんの方が不利だろう。俺みたいなずんぐりむっくりと戦った経験は、少ないだろうから。


 ただ、相手は柔道家ではない。佐山さんは空手家だ。動かなかったら単なる標的。ミサイルの様な突きや蹴りの嵐が飛んでくるだろう。


「きえ~!」


 そう思っているとさっそく佐山さんが気合のこもったかけ声と共に、俺に右まわし蹴りを放って来た。


 ここで距離を取ったら、佐山さんに分がある。おっかないが、ここは一気に近ずく。懐に入り込む!ドラリル一味のマリンやチャルに比べたら、全然遅い。見える!


 俺は佐山さんとの距離を一気に縮めた。


「な、は、速い!」


 佐山さんは俺の素早さに驚いて、すぐに次の行動に移ろうとするが、もう遅い。俺は佐山さんの蹴り脚の内もも部分を、拳で打ちぬきバランスを崩させた。そして、そのまま大外刈りで佐山さんを床面に叩きつけた。


 バーン!


 道場のマットに佐山さんの背中を、思いっきり叩きつけた。


「がっあ!」


 自分でも驚くぐらい技の切れ、スピードがアップしている。佐山さんを思いっきり、道場マットに叩きつけてしまった。


「それまでじゃ!」


 しまった。佐山さんが動かない。「さ、佐山さん、佐山さん!」


「大丈夫、気を失っているだけじゃ。お強いの~。わしでも敵わないでしょうな。その若さで、そのような動きをなさるとは。我々とは異種とはいえ、存在ぐらいは伝わってくるはずですが、ほ、ほほほほ」


 オイオイ、いいのか?孫娘を床に思いっ切り、得体も知らない男に叩きつけられて笑っているって...。


 そんな俺の心配そうな表情をよそに、俺とそう身長が変わらない武夫さんは軽々と佐山さんを抱きかかえ、「すみませんが、場所の移動をお願いしますのじゃ」とすまなそうに言ってきた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 座敷に通された俺は、武夫さんから餌付けをされた。


「ここ、創業100年の老舗蕎麦屋の天丼と蕎麦は絶品ですじゃと」言われて、天丼とそばを2人前ずつ用意されて、食べてしまった。


 だって、ごま油の香りがすごく良くて、クルマエビとアナゴがもう。止まらなかった。


 絶対、佐山さんの分も食べてしまったと思い、代金を支払おうとすると、「迷惑料ですじゃ。それにまた遠慮なく来て欲しいですしのぉ。もっと旨い老舗店を紹介いたしますぞ!」と、武夫さんは笑いながら言ってきた。


 この爺さん。俺の一番の弱点を心得ている。さすが武道家。人の弱点を突いてくる。


 胃袋を握って来るとは...油断ならない。


 そんなこともあり、今、食後のデザートである。3枚目のせんべいを頂いている。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 武夫さんが新たなお茶とミカンを持って来てくれた。このミカンは山田のみかん、それも特選だ。


 そんな最高ランクのミカンを勧められつつ、更に「今回は本当に申し訳ございませんでした」と深々と謝られてしまった。


「そんな、頭をあげて下さい」と、俺は武夫さんに慌てて言った。


 武夫さんはちらりと佐山さんを見て、「昔はこんな変に尖った子ではなかったのですがのう...」と言った後、深くため息を吐いた。


「お転婆ではあったのですが、優しく、力をこんな方向に使う子ではなかったのですじゃ。ただ生まれて間もなくして母親を病気で亡くし、そして7歳の時には父親も...」


 そう佐山さんを見ながら、少し寂しそうに呟いた。


 佐山さん...辛い過去を背負っていたんだな...。


「ただ今回のことで、少しは目が覚めたじゃろう。すまなかったのう。時間を取らせて...でも、本当にありがとう」


 そう俺に対してすまなそうに言ってきた。そんな会話をしていると...。


「う、うう。はっ!痛っ!秋枝⁉そうだ、私は...」


 気が付いた佐山さんは、俺に対して、慌てて正座をして来た。


「ほ、本当にすまなかった。この通りだ。許してもらえないことは分かっている。だが...私を鍛えてはくれないだろうか...。授業料もしっかりと支払うから...この通りだ!」


 畳の上に正座をして、俺を見上げ、必死な表情で俺に思いを伝えてきた。


「本当にバカな孫娘だ。調子のいいことばかり言う!自分を無理やり連れさらおうという奴に、指導してくれるお人よしなどおらん。秋枝さん忘れて下さい」


 そう言って武夫さんは、佐山さんを鋭く睨んだ。「お、お爺ちゃん。わ、分かっている。でも、わ、私、どうしてもお父さんを探したいから...!」


 お、お父さんを探したいって...。


 な、何だか複雑な方向に話が進みそうだな。聞かずに帰るわけには...いかないよな。


 ...。


 ...。


 話だけなら聞いてみようかな。天丼とお蕎麦をご馳走になっちゃったし。それに助けられるなら助けてあげたし。


「話を聞くだけなら...聞くよ」


「秋枝!」


 そう、困っている者を放っておけない智也は、新たな問題に巻き込まれて行くのであった。

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