第26話 新たなる2人の奴隷

「旦那、旦那!」


「主様、主様!」


「ご主人様!しっかりとして下さい!」


 う、うう...。


「だ、旦那、良かった。あの後、意識を失っていたから、心配したんだぞ!」


 そう、意識を取り戻した俺に対して、インリンは必至な表情をしながら詰め寄ってきた。あれ、インリンか?フードを羽織って、どうしたんだ?顔が涙でぐしゃぐしゃだな。涙にぬれた顔も綺麗だな...。


 まだ頭がすっきりとしない。何があったんだっけ⁉


「良かったです、主様!お戻りになられて。傷や骨折は元通りに治しましたが、意識がなかなか戻らなかったので、皆が心配していました。本当にほっとしました」


 そうだったな。インリンを守ったまでは覚えているが、そのあとのことは…。みんなの助けに来てくれた声が聞こえて、また意識が飛んでしまったんだよな。


「旦那!何であんな無謀な行動をしたんだよ!何であたいなんかを救うなよ。ああいうのは女の役目だ!旦那はおかしいよ!」と言って、また涙をボロボロと流しながら俺の胸を叩いた。


「インリン、主様はまだ意識が戻ったばかりですよ」と言って、俺からインリンを引き離した。


「それにしても主様は、無茶をし過ぎです。インリンを救おうとして、頭部から大量の出血や複数個所の骨折など、危険すぎます...。まあそのことを見越してか、私に回復魔法の譲渡をしてから、インリンを救いに行ったのはさすが主様ではあるのですが...」


 譲渡した?回復魔法を?


「そう、そうなのか。それでこちらのクラリス様が俺たちの仲間を救ってくれたのか!それにしても本当にすごいお方だ、智也様は!俺たちの仲間は、智也様が意識を失っている最中に、クラリス様に救ってもらったんだよ!本当に感謝する!」


 俺とクラリスに向かって、「闇蛍」のリーダーであるスルスが、深々とお辞儀をしてきた。


「私の仲間たちも救って頂き、ありがとうございました。それにしても本当にあんなことが可能なんですか?魔法の譲渡など...?そんな話聞いた事が無いのですが...」と、やや不振な顔つきで、「洞窟王」のリーダーであるテートがこちらに話をふって来た。


「ご、ご主人様の持つ回復魔法能力を、クラリス姉様に一時的に譲渡して、クラリス姉様がこの採掘場内の皆を回復させたんです、よねー。ご主人様の能力の譲渡は何度見てもすごいなー。で、ですよねインリンさん?」


 ほぼ棒読みでメルは、インリンに話を振った。


「えー、そ、そーだったなー。すごいよなー」


 インリンも棒読み。


 2人とも...へたくそか!


 するとメルとインリンの発言に不信感を抱いたテートが、「ほ、本当なのですか?クラリス様は、手足が欠損した者まで治して下さりました。直接の能力でも不可能に近い行為を、譲渡された者が行うなんて...」と俺を見つめて聞いて来た。


 や、やばい疑っている。


「本当です。我々のご主人様は隠しておりましたが、回復魔法の名手。自身で行わずとも一時的に魔力や魔法の譲渡まで可能な、素晴らしい能力をお持ちのお方ですから」と、ロジンが断言した。


 さすがロジン。獣人国の暗部。頼れる男である。


 ロジンのゆるぎない言葉に納得したのか、「凄い。完璧なお方だ」や「他の人族の男性とは違うと思った」など、周囲から俺に対する称賛の声が聞かれた。


「旦那、ありがとう。皆の傷を治してくれて。中には腕や足がちぎれた者もいた。そいつらもクラリスが旦那の能力を使って治しちまった。「闇蛍」や「洞窟王」の連中からも感謝されちまったよ」


 少し恥ずかしそうにインリンは俺に告げてきた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺の周囲でインリンやメル、クラリスたちと雑談をしていると、スルスとテートがそろって俺の前に現れた。こっちの世界では美人基準の2人の様だ...。


「本当に助かった。インリン達の件といい、今回はあんたには感謝してもしきれないほど助けてもらっちまった。死と隣り合わせの場所で働く仲間だ。救ってくれて本当に感謝をする」


 そうスルスは俺に対し深々と頭を下げてきた。その後、まだ何か言いたそうなので、俺から「どうかしたのか?」と聞くと、デカい身体をびくっとさせ、俺に伺うような態度を取った。


「そ、その治療費件だが...と、とてもじゃねえが全額すぐには支払いねえ。少しずつ支払うから分割払いにしてくれ、た、頼む!」


 なるほどな...。手足の切断なら、直後であればポーション(中)で可能だが、今回のような挫滅創ザメツソウの状態にある断面では、元のような機能の回復が、ポーション(中)では望めないらしい。


 だから今回はポーション(中)以上の治療を受けたということになる。要するにその分、バカ高い治療費が請求されてもおかしくない。


「その通りです。私たちのチームの者たちも大変お世話になりました。私も言いづらいのですが、治療費は待ってもらえないでしょうか?踏み倒したりは決してしませんから!」


「そんな、うちらが怪我をしたばかりに...」とフードをかぶり、仮面をつけた者たちが泣いてテートに謝った。首には奴隷の首輪がつけられていた。


「ベレッタ、ジャネット!あなた方の怪我は、チームの為に頑張ってくれた結果です。救うのは当然です!気にしてはいけません!」


「でも!あたしたちは奴隷です!」


 なんだか重たい空気になってしまった。別にお金を取ろうとして治療をしたわけでもない。金なんて要らない。この村の3大採掘チームが仲良くなれたし、お金以上の価値が得られたと思う。


「金ならいらな...」と言いかけたその時、俺の前にインリンが立ちはだかった。


「旦那!本当に感謝しているぜ。そしてテートにスルス、奴隷の身分の者たちを大切にする心意気、本当に気に入ったぜ!だから金の心配はするな!あたいが3チーム分の金を稼いでみせるさ!」


「ちょ、ちょっとインリン、何を言っているんですか!」


「インリンてめー、何を言ってやがる!」


 インリンの発言に、怒りと戸惑いを浮かべたスルスとテートが、インリンに口をはさんだ。


「うちのチームは手足が切断した状態の者を何人も助けてもらっている。莫大なお金を請求されても文句を言える立場じゃねえ。切断面もぐちゃぐちゃで、ポーション(高)でしか治らない様な治療をしてもらった者が3人はいる。ミスリル貨何枚、いや何十枚レベルだ!」


「そうですよインリン。私たちも治療してもらった者は20人を超えています。そのうち5人はポーション(高)レベルの治療を受けています。桁違いのお金を請求されても文句は言えません...」


 採掘場の奥に行けば行くほど、被害が深刻になった様だ。それに、治療費のことを心配するのは、リーダーとして当然のことだろう。だが...。


「あんた達が払う必要はない。旦那は一番奥のチーム、「一攫千金」の者を救うために洞窟内に入ってもらったんだ。あんた達のチームの救助は旦那の優しさだよ。あたいが全額支払うよ!」


 そう2人に伝えた後、「それに...」と話しを続けた。


「それに...うちらのチームなんて、ポーション(高)レベルでも治らないエリクサー並みの瀕死の状態から救ってもらった者が2人もいるんだ。もう金なんて全然足りねえよ...」


「それなら、余計俺らの金を払ってもらうなんてできねえよ!てめえになんざに借りは作れたくねえ。これからは都合がいいかもしれねえが、平等に接してえ!」


「そ、そうですよ!あなたの所が一番つらい立場じゃないですか!バカにしないで下さい!私たちの支払いが終わったら、今までの迷惑料でいくらでも援助しますよ!」


 メルスもテートも必死な形相を浮かべ、インリンに話しかける。だがインリンはいたって冷静であった...。


「メルス、テート...ありがとう。本当に嬉しいぜ!ただ、金以上に得られたものが今回は多かった。これからも「一攫千金」のメンバーと仲良くしてあげてくれよ!」


 そう言ってインリンは、羽織っていたフードを脱ぎ払った。


 周りの者たちが騒然とした。インリンの首元には太く重そうな奴隷の首輪が、しっかりと嵌められていた。


「イ、インリン、な、何でてめえが奴隷の首輪をしてやがる!な、何があったんだ⁉」


「そ、そうですよ!イ、インリン、あなたまさか...自分を売ったのですか?」


 するとインリンは俺の方を見て「あたいをあんたの奴隷にしてくれ!そうすれば休みなく洞窟に入り財宝を見つけてみせる。それでどうかこいつらの治療費をチャラにしてくれ!」


「な、何でそんなことを。姐さんが奴隷になってどうするんですか!」と、サラが半狂乱になり叫んだ。


「バカヤロー!インリン!てめえなんかに借りなんざ作りたくねえわ!勝手にそんなことすんじゃねえ!」


「そうですよ、インリン!あなたが奴隷になってどうするんですか!うちのチームのことはうちのチームの問題です。あなたに肩代わりなんて、して欲しくないですよ!」


 スルスやテートも、サラに負けないぐらいインリンに詰め寄り、やるせない気持ちをインリンにぶつけた。一度でも奴隷の首輪をはめた者は、二度と外せないことを皆が知っているから...。


 テートは泣き叫びながら「それに、それに今まであたし達は、あなた方にとても酷い行いをしていました!何でそんなあたし達をかばうのですか...」とインリンの前で跪き、インリンを見つめてボロボロと涙を流した。


 そんな皆の変わり果てた態度を、静かにインリンは見つめていた。そしてインリンは重く閉じていた口を静かに開いた...。


「皆ありがとう。お金もそうだが、あたいは旦那に惚れちまったんだよ。あたいのことを身を挺して守ってくれた旦那に。旦那と出会ってから、いい方向に転がってていったんだ」


 そうテートの肩に手を当て、ゆっくりと話した。


「道中をフードと仮面を脱ぎ捨てて歩いたり、旦那みたいな色男と、一緒にご飯を食べたり、それにあんたたちリーダーと仲良くなれたしさ」


 そういって優しい笑顔をスルスとテートに向けた。


「インリン、お前...」


「インリンさん。あなたは...」


「それに旦那の周りにいる2人は、奴隷の身分だ。あたいも同等の立場になって旦那を支えたい!旦那から離れたくないんだ!だから望んでなったんだよ。あたいも...もしかしたら旦那に受け入れてもらえるかもしれない、という打算もあるんだ」


 そう言いながらインリンは、俺を潤んだ瞳で見つめてきた。


「旦那あたいを、旦那の奴隷にしておくれよ。頼むからさ」とインリンは、俺の前で土下座をして頼み込んできた。


 その横にはいつの間にかビッグハムもいる。この場で契約をしてしまうつもりなのだろう。


「インリン...奴隷にならなくたって、俺のそばにいる方法もあっただろう?何で一言言ってくれなかったんだ?」


「迷ったよ、だけどさ旦那の傍にいるなら2人と同じ立場になりてえと思った。すごく幸せそうだし、より長い時間、旦那の隣に居れるしな。旦那と運命を共に出来るのならこの先の人生はバラ色だよ!」


 インリン…


「ただ1つだけ不安があるんだよ...。メルとクラリスからは「覚悟が必要ですよ」と何度も止められた。あと、「本当にコントロールが不能になったら、去勢しますからね」とも言われたけど、どういうことなんだい?」


 メルとクラリスを見ると2人は泣きそうな顔をして、メルが「だってご主人様、嘘は言っていないですよ。本当辛いんですから!」と言ってきた。


「主が私たちのことを1時間に一度、身も心も満たして下されば済むのですが...」とクラリスが、俺の耳元でねっとりと呟き、人差し指で俺の背中を...ナマめかしく上から下へと動かした。


 な、なんていやらしい動かし方なんだ。それだけで俺の息子が反応してしまう...。


「それと、あたいが奴隷になったら奴隷が奴隷を持つのはおかしい。「一攫千金」のメンバー達はマリナに頼むよ。マリナに相談したら、「智也君は色々な場所に移動するから、奴隷は最小限の方がいい」ってアドバイスを受けたしな」


 「一攫千金」のメンバーもホッとした様子だ。マリナの奴隷に対する扱いは、「マリナの店」で見ている。奴隷と同じ物を食べ、酒も個室も与えてくれる。インリンと大差がない扱いをしていることを皆が知っている。


「インリン...。分かった。契約をしよう」


「あと、あたい以外でもう一人、旦那の奴隷に移してもらいたい者がいる。サラもお願いしたい」


「え...インリン姐さん」


「サラはあんたに惚れている。それにサラはあたい達みたいに、洞窟を掘るよりも、もっと向いていることをやらしてやりたい。本来サラは心優しく大人しい娘なんだ。採掘とかじゃなく、本当はもっと向いていることがあるんだよ」


 ね、姐さん...な、何を言いているんですか!あたいは姐さんと一緒にこれから先も洞窟を掘っていきますよ!」


 そりゃ旦那が手伝えって言えば話は別だ。だがあんたのスキルは、「裁縫」だ。採掘には、向いて居ねえ。でも、離れ離れになるんじゃねえ。旦那ならあんたのスキルを十分に生かしてくれるさ!」


「姐さん。ずーと気にかけてくれていたのですね。そして私の智也様に対する気持ちも見透かしていたのですね...。でも、本当にわ、私もいいのですか?迷惑じゃないのですか?私も智也様の元にいても...」


 そうクラリスや、メルを伺うような目で見つめた。


「主を慕う女性が増えるのは分かっておりました。独り占めはダメですよ。それとサラ、覚悟して下さいね。主の奴隷になることはとても幸せであり、逆に主様を愛していれば愛しているほど、すごく...ふふふふふ...」


「こ、怖いんですが、姐さん。な、何が起こるというのですか?」


「わ、分かんねえよ、でも、クラリスの姉貴やメル姉さんは、暴れたら去勢やコロの入れられていた檻にぶち込む、1週間ご主人様禁止の刑に処するとしか教えてくれねえんだ!」


 サラの話し方が、穏やかに、優しい口調になったな。これが素なんだろうな。それにインリンがクラリスの姉貴とかメル姉さんって言い始めた。奴隷内の順列がある様だ。まあ、放っておこう。


 それと去勢って...オスのような感じがする...。この場合、避妊じゃないのか?うーん地球と感覚が違うのだろうか?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「では、契約の方を」と、ビッグハムが俺の横にスーと寄って来て静かに言った。2人と本契約が終わると、インリンとサラの全身から神々しいオーラが放たれた。


 そして俺の脳内に「あなたの奴隷インリンとサラが、あなたに対する愛情と忠誠心が100%になりました。「エクストラスキル「能力100万倍」の発生条件をクリアいたしました」とメルやクラリスの時に聞いた、あの機械音が流れた。

 

 機械音が流れた瞬間、隣でインリンが「あ~!な、何なんだい?これは!や、やばいよ旦那...。何なんだいこの恐ろしいぐらいのムラムラ感は。旦那の全身を舐めまわしてから...。はっ!気を緩めたら、旦那への思いが液体になって出てきちまうよ!」


 その横ではサラが、四つ這いになって震えている。生まれたてのヤギみたい。


 サ、サラ、表情がoutです!「あ、あう、あ、えへへへへ♡智也様、い、いれ...♡」半開きで、よだれを垂らしながら呟ている内容も、outです!


 感動した場面はどこへやら...。もう、あと数時間で大学に行く時間なのに...どうしよう...。

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