第25話 ランバート採掘場
カーン!カーン!カーン!
「マリナの店」から慌てて外に飛び出すと、ランバート採掘場内の崩落事故を知らせる警鐘が、村全体に響き渡っている。
インリンたちは、ランバート採掘場があると思われる西の方角に向かって走っていったようだ。もう、ずいぶん遠くの方で、インリンたちらしき集団が走っているのが見える。
この村は採掘で成り立っていると聞いた。そのため、多くの者がランバート採掘場に携わる仕事をしている。
ランバート採掘場の事故は、村全体の存続を危ぶむ事態につながる。だから事故が起これば、村全体に昼夜を問わずに警鐘が鳴り響く。
「行くぞ!クラリス、メル、それにロジン、ワイジン、ヨハンも...悪いが...」
「はい!ご主人様!」
「仰せのままに、主様!」
「もちろん、私たちもついて行きます!我々はあなたに使えると決めています。何なりと、我々をお使い下さい!」
すまない皆。人手はあった方がいい。恩にきる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ザイフ、ローファン、インリンと智也君のフォローを頼むわよ。ただし、生きて帰ってきなさいよ。無理はしちゃだめ。私は私にできることをやるわ。温かくて美味しい食べ物を作って待っているからね。いい?絶対に2人とも、無事に帰って来るのよ!」
麻璃奈はザイフとローファンに向けて、指示を出した。
2人には厳しい口調で指示を出してはいるが、随所に麻璃奈の優しさが伝わってくる。
更に、麻璃奈は俺に向かって、「智也君も無事でね。やだからね。せっかく出会えたんだから」と、気丈に振舞うマリナの目から、一筋の涙が流れ落ちた。
「だ、大丈夫です。俺は強運だから!絶対に帰ってきます!」そう言って、インリンたちの後を追った。
こっちの世界に来てから、女性を泣かしてばかりだ...。もっと頼られる強い男になりたいな...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「智也君...」
麻璃奈は、智也の背中が視界から消えるまで、道端に立ち続けた。
そんな麻璃奈の辛そうな様子を見たエルムが、「さあ店長、智也様が帰ってきたら暖かくて美味しい物を食べて頂くために、「豚汁」を作りましょう。一時休戦です、店長!また再戦の時は、絶対に智也様は譲りませんからね!」
「ネムル...こ、こっちのセリフよ!そうね...ご飯を作りましょう!みんな、厨房に戻るわよ!」
「「はい!」」
麻璃奈はもう一度、ランバート採掘場の方角を見つめ、「マリナの店」の厨房に戻った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ランバート採掘場に着いた。もう夜の11時を回っているが、辺りが明るい。魔石にライトの魔法をため込んで、周囲を照らしているようだ。
辺りが明るい分、壮絶な事故の状況がよく伝わってくる。そして、周囲は怒号や叫び声、悲鳴で溢れかえっていた。
「こっちに運べ!」
「ぐずぐずするな!早く石をどかせ!中にはまだ、多くの者たちが取り残されているんだ!」
「痛い!助けておくれよ!」
「まだ、仲間たちが中にいるんだよ!ベレッタやジャネットがまだ中にいるんだよ!」
「目を開けるのよ!意識を持ち続けなさい!」
ランバート採掘場の入り口周辺には、採掘場内から運び出されたであろう採掘作業員が、ゴザの上で横たわり、シスターらしき者たちが、怪我人に対して必死に回復魔法を施している様子が見受けられた。
採掘場内部から運び出された者の殆どは、フードを被り、仮面をつけている。そして、首には奴隷の首輪をつけていた。
多くの者が、忙しそうに採掘場周辺を走り回っている。
そんな光景を見つめながら、インリンたちの姿を探した。すると、俺たちを見つけたサラが、「皆さん、来てくれたんですね」と駆け寄ってきた。
「インリンはどうした?もう無茶をして内部に入ってしまったのか」とサラに聞くと、「姐さんなら、あそこで採掘場職員と...」と、歯切れの悪い声で俺に伝えた後、東の方角を見つめた。
そこには、入り口に立ちはだかる採掘場職員と、インリンたち一行が睨み合っていた。
「おい、採掘場内はどんな様子なんだ!早くあたい達を入れやがれ!仲間がまだ中にいるんだ!ぶっ殺すぞ、てめえら!」と、採掘場入り口の管理をしている人族の女性に、インリンたちが詰め寄っている。
「お前たち、仮面はどうした!それにフードも着ねえで、こっちに顔を向けるんじゃねえ!中の状況を知りたいなら、仮面とフードをかぶって出直してきやがれ!」と、インリンたちの訴えに耳を傾けることなく、追い返えそうとしている。
「てっ、てめえら!そんなことを言っている場合じゃねえだろ!」と、インリンが職員に殴りかかろうと右手を振りあげた。
バシーン!
俺の渾身の一撃が、採掘場周囲に響き渡った。
初めて女性を叩いてしまった...お腹だが。
2m近くある女性の顔には届きそうもないし、女性の顔は叩きたく無いので、たくましいお腹を叩いた。ただ、太鼓のように見事なお腹だったため、叩いた音が周囲によく響き渡った...。
「今はそんなことを言っている場合じゃないだろう!外見よりも人命じゃないのか!」と、怒りを込めた声で職員の女性を睨みつけた。
すると、男性がこんな危険な場所で、しかもブサイクな者の味方をして、自分が叩かれるとは思ってもいなかったのだろう。
彼女は呆然と我を忘れたかのような表情を浮かべた後、貴重な男性を怒らせたことに蒼白とした表情を浮かべて、「す、すみません。そ、その通りです。わ、私が間違っていました」と、俺の前で土下座をして謝ってきた。
「土下座などしてもらわなくて結構。現状を教えてくれ」と職員に聞くと、現状は「闇蛍」、「洞窟王」、「一攫千金」が洞窟内に取り残されており、特に「一攫千金」が一番奥にいるようです」と、教えてくれた。
「かまわない!全員を救うまでだ。さあ皆、力を合わせて岩をどけよう!」と、俺は周りの者たちに声をかけると、周囲の至る所から「おお!」と声が上がった。
「主様...本当に素敵です。早く皆さんを救助して、私の性欲という苦しみから、救い出して欲しいものです!」
「智也様...本当に素敵!智也様の奴隷になりたい♡私の愛欲というスープが溢れ出して...」
危険なことを呟くクラリスとローファン...。
すると、俺と職員とのやり取りを見ていた、大柄な女性がインリンの元に近寄ってきた。
その大柄の女性はインリンの真横に立ち、 「あのお方のおっしゃるとおりだ!さあ皆、今は協力する時だ。外見のことをとやかく言うのなら、「闇蛍」のリーダー、スルス様が許さないよ‼」と叫んだ。
「闇蛍」のリーダー、スルスが、「洞窟王」のリーダーであるテート達のグループを含め、この場所にいるすべての者たちを威嚇するように、大きな声を張り上げた。
「当たり前ですよ。部下たちの命を助けることが優先です。インリンさん、今まで...すみませんでした。あなたの能力を妬んでいました。本当に申し訳ありませんでした」と、テートらしき人物も、インリンの傍に来て謝った。
彼女は更に、「 身分や外見で救出の順番を変えたら私、テートも許しませんよ。協力して、洞窟内の全員を救助しましょう!」と、インリンの肩を持った。
「「おお!」」
「スルス、テート...ありがとう...」
周りでは「すまなかったな」や、「いいってことよ!」など、お互いを認め合う姿が見られた。
「ありがとう、旦那!スルスやテートと普通にしゃべれる日が来るなんて...思ってもみなかったよ!」と、そう言ってインリンは俺に対し、涙ぐんだ声で感謝の気持ちを伝えてきた。
だが、まだだ!まだ誰も救えていない。これからが本番だ!
「さあ、岩をどかすぞ、メル頼むぞ!」
「任せて下さい!私がご主人様のお役に立てるチャンスです!ベッドの上でも、採掘場でも、私に任せて下さい!」
ちょ、ちょっと、ベッドの上って恥ずかしいから止めて。今はシリアスな展開なんだから...。
メルはすごい勢いで落石を取り除いていった。もう、クッションを取り除くかのように、ポイポイと巨大な石の塊を投げ飛ばしていく。
「「すげえ!」」
どんどんどかしていく。そして、メルは入り口付近の岩を全部どかし終えた。さあ、どんどん奥へと進んで行くぞ。だが、その前に...。
「固まっての行動は効率が悪い。ロジンたちは慎重に洞窟内の生存者を見つけ出してくれ。ただし、くれぐれも無理はするなよ。そして、クラリスは外で救助者の治療だ。クラリス、分かってくれ。そして、もしも俺になにかあった時は...頼むぞ」
クラリスは、死者でも生き返らせることが可能な能力の持ち主だ。クラリスが生きていれば、もしも俺たちが死んでも何とかなる。ただし裏を返せば、クラリスが死んだら俺達は全滅になる可能性が高い。
「主、主様、その命令は絶対でしょうか?従わなければいけないでしょうか?確かに言っている意味は分かります。それに主様は洞窟の奥に進みたいことも...でも私は!」
「俺の傍で」と言いたいのだろう。だが、俺は静かに首を横に振った。そして...クラリスを見つめた。分かってくれと言わんばかりに...
「わ、分かりました。入り口付近で待機をしております。どうかご無事で!」
そう俺に言葉を残し、クラリスはその足で、負傷者の元に駆け寄って行った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。旦那たちとはここでお別れだ。これ以上は危険すぎる!天井が崩れる可能性が高い。あたい達だけでいくよ!さあ、サラ、行くよ!」
「いや、俺は行くぞ!まだ採掘場内にたくさんの怪我人がいる。落石によって採掘場内部の通路が狭くなっているはずだ。背が低く小回りの利く俺が、きっと役に立つ!」
俺は、インリンとサラに言い放った。ここで指をくわえてじっとしているつもりなどない。それなら、こんな危険な場所に初めっから来ない。
「な、なんてお人たち。本当に意気地なしの人族の男性なの?こんなお方は見たことがない...」サラは、呆然とした表情で俺を見つめた。
「さあ、立ち止まっている暇はない。洞窟内に潜入だ!」俺は洞窟内部に向かって走り出した。
「ちょ、ちょっと、旦那!旦那ってば、もう!本当に、なんてお人なんだい」と言った後、インリンは俺の後を追ってきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺達は、一気に採掘場内の中央付近まで走って来た。周りは薄暗く、砂埃が酷い。それにすごい圧迫感だ。時折、パラパラパラと細かな岩が天井から降ってくる。またいつ、崩れてきてもおかしくない状況だ。
一刻も早く、怪我をして動けない者たちを見つけ出さないと。
探索は2人ペアで進むことにした。崩落した洞窟内の通路は広くない。それに、洞窟内の通路は幾重にも分かれている。捜索範囲は非常に広い。
俺はインリンと行動を共にし、先を急ぐ。そんな時、天井からボロボロボロ、ガラガラバラ...と砂利が崩れ落ちてきた。最初は勢いがなかったが、徐々にその量は増えてきて、ボロボロ...ゴロゴロガラガラドーン、ガタガタガタ!
「や、やばいぞ!また落石が起こるぞ!安全な場所に逃げろ!」と、インリンと俺の視線は、自然と自分たちの頭上を見上げていた。
やばい、デカい岩の塊が、インリンの頭上めがけて落ちてきそうだ。
「やばい、インリン、伏せろ!」と言ったと同時に、俺の身体はインリンの上に覆いかぶさった。もう、無意識の行動であった...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「だ、旦那、おい、頼むから目を開けておくれよ、旦那~!」そう、俺の真下でインリンの声がする。そして、額からはすごい汗が流れて、いや赤い、血か⁉
「い、いてえ。インリン、無事か?」
俺の頭やら身体の上に、相当量の岩が山のように積まれている。
「「無事か?」じゃないよ、旦那!何してるんだよ!何で旦那があたいをかばって、大怪我をしているんだよ!旦那、頭からすごい量の血が流れているし、足も変な方向に曲がっているじゃんか!」
「何してんだよ!あたいが本来、旦那をかばうんだよ!なんで旦那が、あたいをかばっているんだよ!」
俺の下で、泣きながらインリンが訴える。「ネムルを治したみたいに、早く旦那!自分自身を回復させろよ!」
そう、俺に涙でぐしゃぐしゃの顔で言ってきた。
俺の心配をしてくれているインリンも、足が変な方向に曲がっている。俺の身長じゃ、インリンをかばい切れなかったようだ。
「インリン、お互いに命は無事の様だな。ただ、俺は魔法が使えないんだ。治療しているように見せかけていただけで、実際にはクラリスが治療していたんだ。嘘をついてしまって...本当にごめん。ただすぐにメルが助けに来てくれる。それまでは、俺がインリンを守るから」
俺は、痛みを堪えながら、引きつった笑顔を浮かべつつ、インリンに謝った。ただその間中も崩れた岩が、俺の背中に重くのしかかってくる。
「何だよ!旦那、おかしいよ。何であたいみたいなブサイクで、岩を掘るだけしか能のない者を守って、貴重な旦那が大怪我するんだよ!」と、インリンは自分の能力を卑下した。
何を言っているんだインリンは。あー頭がくらくらする。でも、伝えないと。インリン、君は凄い能力を持っているんだよと...。
「インリンの能力はすごく貴重なものだ。それに、俺からすればインリン、君は本当に綺麗で素敵な女性だ。自信を持てばいい。それに、絶対に君を死なせない、だから、早く...」
「こっちです、こっちから声が聞こえます!」
「ご主人様!大丈夫ですか?」
ああ、皆が来てくれたようだ...結局、俺は非力だ。皆がいないと、一人の女性すら守れないんだから...。情けない...。
そう思いながら、俺はまた、意識を失ってしまった。
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