第19話 マリナのお店

「姐さん、大丈夫ですか!何であんな無茶なことをするんですか!姐さんに何かあったら私たちは...!」


「そうだったね。あたいが死んだら、奴隷の首輪が締まって、皆死んじまうもんな...。ごめんよサラ...。心配かけちまって」


「ち、違いますよ!姐さんが私たちを大事に思ってくれているのと同じくらい、私たちだって姐さんのことが大切なんです!姐さんが死ぬなんて誰も望んでいません!どうしてそれが分からないんっすか!姐さんのバカヤロー!」


 サラは、大きな声をあげて泣いてしまった。


「そうっすよ、姐さん!こっちは採掘現場で働いてんだ!自分が死ぬのはしょうがねえ。だけど、仲間や姐さんが死んだり苦しむの姿は、耐えられないっすよ!」


「そうっすよ!」


「姐さん、もう無茶はおやめ下さい!」


「姐さん!」


 周りにいたメンバーも、インリンの周りに集まって、涙を流しながら訴えた。


 それらの声は、インリンに対する仲間たちの心からの叫びであった。


「すまなかったよ、サラ。そして皆も。気を付けるよ」


 あたいは、サラや皆に謝った。


「「姐さん~!」」


 皆があたいの周りで泣いている。あたい、こういう雰囲気は苦手なんだよ。でも、皆ありがとよ。さあ、私たちもいつもの場所に行こう!罪滅ぼしも含めて、皆にはちょっと贅沢な夕飯を奢ってやろう。


「さぁ、飯を食いに行くよ!今日は特定食とアルコールも付けちゃうよ!」


「「やった!」」


 明るい雰囲気に戻った。落ち込む時は皆で落ち込む。そして喜ぶときは皆で喜ぶ。だってあたい達はファミリーだから。


 ただ...やはり気になる.あの旦那のことが。切りすてないまでも、旦那の部下たちから袋叩きにあっても文句は言えない行為をした。


 あんなに気前のいい殿方は初めてだ。


「気にするな」なんて言われる方が酷だよ。


 やはり知りたい。あの旦那のことを。こんなブサイクに気にされたって迷惑なことは重々承知の上だ。でも私の素顔と外見を見ても、何も言わなかったし...。それに気のせいかもしれないが、少し見とれているような表情をしていた気がした。


 やはり気のせいか?知らないうちにあたい、ヤバい薬でもやっちまったかな?


 でも...抑えられないよ。この気持ちは...。こうなったら行動あるのみだよ。「ちょっとそこの黒髪のお嬢さん、ごめんよ。ちょっと教えてくれないかい?」


 私の部下たちと同じような奴隷の首輪をしている者に声をかけた。この地方には珍しい黒髪の女性だ。私より2,3歳年下だろう。失礼だが、私と同じくらいブサイクで、プロポーションも悪い。


 でも、お面や全身を覆うようなフードは身につけていない。あの旦那がつけさせていないのだろう。  


 すごい旦那だよ。あたいにもワンチャンあるかね?


「何でしょうか?」と私の呼びかけに、足を止めてくれた。


「あんたはあの人の奴隷なのかい?」そう声をかけると 「そうですよ。私の大切な主様です」と、さも当たり前のように返事をしてきた。


 名前を聞くとクラリスと言うらしい。そのクラリスは、見たことも無い修道服?みたいな服を着てにっこりと微笑んできた。うーん。残念な笑顔だ。まるで自分の顔を鏡で見ているかのような感覚に陥り、思わず泣きたくなってしまった。


 それに主様って...神様みたいな存在なんだな。まあ神を信じる信じまいは勝手だが、あたいは神なんていないと思っている。存在するのなら、平等に扱って欲しいもんだよ。何であたい達だけこんなにブサイクにしてくれたんだい...。


「何か...私に御用ですか?」


 あたいがぼ~としていたから、向こうが聞き返して来た。


「すまなかった。ぼ~としちまって。今から皆でどこかに行くんかい?」そう聞いてみた。


「そうなのですよ。皆でご飯を食べに行くんです!こんなこと初めてです!もう、嬉しくてうれしくて!ここにいる皆と今から行くんです!主様を囲んで、新人奴隷たちの歓迎会を行うのです♪」


 そう嬉しさを隠せないのか、弾んだ声を出し...笑っているんだよな?


 まあ顔のことはおいといて、人のことを言えた柄じゃないからな。それよりも...オイオイ待ってくれよ⁈奴隷と一緒に飯を食べる男のご主人様なんて、本当に存在するのかい?


「ま、まさかご飯を食べに行くって、「マリナのお店」かい⁉あんな高貴なお方が、あたい達がたむろするような店に、よりによって何で行くんだい?」


 あたいは驚いて聞いちまったよ。「マリナのお店」は、あたい達のお気に入りで、ほぼ毎日のように訪れている。店主のマリナとは、一緒にお酒を楽しむ仲だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「マリナのお店」は、独自のオリジナル調味料を使い、どの高級店にも負けない美味しい料理を出してくれる。


 それに、見た目が悪くても、普通に対応してくれる。気楽に食べることが出来るし、料金もリーズナブルだ。


 まあ、マリナ自身も、あたい達側だからだろう。でも、それはあたい達の話だ。旦那だったら、もっと高級店に行けるだろう?なんでわざわざあの店に行くんだい?


「あの旦那なら、もっと高級なお店で、その...綺麗な女性が沢山いる店に、入りたい放題だろう?」


 まあ、目の前のクラリスには失礼だと思ったが、聞いてみた。


 するとクラリスは首を横に振り「主様は、私たちのことをとても大事にしてくれます。ですから、私たちを軒下や馬小屋に預けて、ご自身だけ高級なお店で食べるのではなく、皆で食べられる所に行きたいとおっしゃっります」と教えてくれた。


 そして嬉しそうに、「ですから「マリナのお店」行くのです!」と答えた。


 確かにな。あんな素敵な旦那とご飯が食べられりゃ、黒パンだって高級料理に匹敵する。いやそれ以上だ。


「か、変わった旦那様だな。あっと...足を止めてもらって悪かったな。あともう1つ頼まれてくれないかい?あんたの旦那様に、こいつを渡してもらえないかい?」


 そう言いながら、布に包んだ物をクラリスに渡した。


 その中身を見たクラリスは、ハッとしたような表情をして、「こんな高級な物、私には受け取れません。どうか直接、主様にお渡し下さい」と言われ、拳ほどのダイヤの原石は結局、手元に戻ってきてしまった。


「そうか、申し訳なかったな。自分で渡しに行くよ」と、クラリスに謝った。


 そうだな。奴隷にダイヤの原石を渡すなんて、あたいもどうかしていた。照れくさいけど、自分で旦那に声をかけないと。


「だ、旦那~!」


 そう言って旦那を呼ぶと、「インリンか。なんだい?」と、とくに嫌がるような表情をするわけでもなく、普通に接してくれた。やはりこの旦那は変わっている。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 インリンは、「あたい達の素顔をさらしちまった迷惑料だ。旦那、受け取ってくれ!」そう言って俺に何かを投げてきた。


 受け取った物を確認すると、それはダイヤの原石だと鑑定が伝えてきた。こんな貴重な物を、気楽に投げるもんじゃないと思う...。それに、ただ素顔を見ただけで貰える代物じゃない。受け取れないわ。


「ね、姐さんそれって、3日間で一番大きなシロモノじゃないですか!」


 しかもサラに怒られているし。ますます受け取れないよ。


「いいんだよ。お前ら、あたいに恥をかかすんじゃないよ!」とインリンは、「一攫千金」のメンバー全員に向けて大声で告げた。


「いらないよ。俺はただ、あんたとサラさんの顔を拝んだだけだし。あと仮面とフードを拾っただけだ」と言って、この場から離れようとしたが、インリンは俺の前に立ちはだかった。


「いや、あたいも旦那にあげるって決めたんだ。私のメンツを潰さないでおくれよ!」と言った後、彼女は仮面をゆっくりと外し、その瞳で俺を見つめてきた。


 その目は、彼女の決意と強さを物語るように、俺の瞳をとらえて離さなかった。それは、彼女が自分の意志を貫くための、静かながらも力強い誓いだった。


「本当にかい?」そう言って、俺もまっすぐにインリンを見つめた。


「ああ、このインリン様に二言はねえ!」と、彼女は力強く宣言しその視線は俺の瞳から逸らさなかった。


 ブサイクどころか本当に綺麗で格好いい。


 彼女の大きな瞳がまっすぐに俺を見つめてくる。その瞳の大きさに飲み込まれそうな感覚に陥る。これは貰っておいた方が良いな。ありがたく貰っておくか。だが...。


「分かった、貰っておくよ。ありがとうインリン。ただし、インリン...条件がある」


「な、何だい。もう二度と俺の前に現れるなと言いたいのかい?それか、もう声をかけるなかい...?」と、少し寂しそうにインリンは俺に聞き返して来た。


「マリナのお店」で、「一攫千金」の皆も、俺の仲間の歓迎会に参加してくれ。その代金はこいつから頂く。それでどうだい?」


 メルはそれを聞いて感嘆し、「さすがはご主人様です!本当に男前です!」と言いながら、俺をうっとりとした表情で見つめてきた。


 一方、クラリスは「思いやりとインリン様の想いをくんだ見事なご返答です。さすがは我主様です♡」と、感動のあまりクラリスは跪き、恍惚とした表情で俺に熱い視線を送ってくる。


 クラリスからは、ピンクのオーラも流れてきている、様な気がする...。


 コロも俺の脚をするすると上り、「くん!くん!」と鳴きながら、俺の頬をぺろぺろと舐めまわした。


 一方、インリンとチーム「一攫千金」のメンバー達は、何が起こったのか把握しきれていないようだ。


 きょろきょろとお互いを見つめ合い、「だ、旦那は、旦那たちの歓迎会に、あたし達にも参加して欲しいと言ったんだよな?それも、あたしたちの分を払ってくれるって...間違っていないよな」と疑問を投げかけあっている。


「わ、私たちも、旦那たちの歓迎会に参加していいのかい?飯も奢ってくれるって、ほ、本気で言っているのかい?」とインリンは震える声で俺に尋ねた。


「ああ、もちろん本気だよ。もちろんそちら側がいいと言うならだ。嫌ならこいつは受け取らない。もし、お店が満員だったら、俺たちが今使っている屋敷まで来てくれればいい」と俺は答えた。


「ああ、あとそんな暑苦し仮面は外しちゃいなよ。少なくとも、俺たちの前ではそんな物は必要ないよ」


 そう付け加えた。俺からすればみんな可愛い顔をしている。俺がいれば、表立って文句は言ってこないだろう。


「ね、姐さん!ほ、本気みたいですよ。ダ、ダイヤモンドより何倍も価値がありますよ!あの獣人の方々も恰好いいですし!こんなあたいらのことを、蔑ろにしないみたいですよ。姐さんナイスですよ!さすが姐さんです!」


 サラはインリンに向かって、満面の笑みで飛びつき、熱烈な称賛の言葉を口にした。


「お、おう。ほ、本当にそれでいいのかい?私たちは嬉しくて、つい大量にお酒を飲んじまうよ。ご飯もたらふく食ってしまうよ。あそこの飯は美味しいからね。それでもいいのかい?」と、少し申し訳なさそうに俺に尋ねてきた。


「クラリス。俺たちも負けられないな!」と、笑いながらクラリスに向かって言うと、クラリスも「私も沢山食べますよ。負けませんよ!」と笑顔で返して来た。


 そんな俺たちのやり取りを聞いて、周囲の空気が和んだ感じがした。いっぱい食べて、飲んで欲しい。ダイヤの原石何て、日本に持って帰ったらいくらで売れるんだ?間違いなく今から行く食堂なら、丸々買い取れちゃうだろう。


「さあ早く「マリナのお店」に行こう。俺たちの仲間は、腹が減っているんだ」と言って、インリンの手をやや強引につかんだ。


 すると、インリンは「えっ...ええ~!」と言った後、急に地面にへたり込んでしまった。


「ど、どうしたんですか!姐さん!」と取り巻きが慌てて飛んできた。


「旦那...。大丈夫です。すみません。私たちが男性にれられることなんて無いですから...。驚いて腰を抜かしたんだと思います。私がおんぶします」とサラがインリンをおんぶした。


「だ、旦那、いきなりは勘弁してくれよ。心臓が止まっちまうかと思ったよ。でも...旦那みたいな色男に触られて死ねるのなら、それも本望だけどさ...」と、最後は小さすぎて聞き取れなかったが、申し訳ないことをしてしまった。


 チーム「一攫千金」のメンバー達は、「なあ、あたしたち、ナイメール星の女性たちが3番目に憧れる、「男性からご飯をおごってもらう」を、今からしてもらえるんだよ!どんなもんだい!」と、興奮して声を張り上げた。


「「いえ~い!」」


 皆がお面を上空に飛ばした後、嬉しそうにハイタッチをしあって喜びを分かち合っている。


 凄く賑やかで明るい連中だ。俺からすれば皆、すごく可愛らしい顔をしている。でも体格は太っていたり背が低かったり、筋肉質であったりと様々だ。


 インリンが「あいつらは容姿が悪いと、二束三文で奴隷商に売られちまった者ばっかりさ...。でも、採掘作業を真面目に行っている者は私が引き取っているんだよ。自分と同じ境遇だ。見捨てられないだろう?」と、寂しそうに呟いた。


「インリンは優しいんだな」と、俺は思ったことをそのまま口に出した。


 するとインリンは「そ、そんなことないよ。ほ、本当に、や、止めておくれよ旦那。だ、旦那に惚れちまうよ...」と、真っ赤な顔をしながら、俺に蚊が鳴くような声で伝えてきた。


「もう、とっくに惚れているじゃないですか」と、サラがおんぶをしながら、呆れたような声でインリンに告げた。


「な、なんだと~」と、インリンは驚いて、真っ赤な顔を更に赤くして、サラの首を絞め始めた。


「ぐえっ。ちょっと姐さん落としますよ。大人しくおぶられて下さいよ!」


「うるせえ!よけいなことをぬかすんじゃねえ!」


 2人の周囲から大きな笑いが湧き上がった。しかし、楽しい連中だな。いい出会いに恵まれたな。


 インリンとサラ以外の「一攫千金」のメンバーたちも、最初はおどおどとしていたが、次第に俺の獣人仲間たちと楽しく会話をするようになった。


 和気あいあいとした雰囲気を楽しみながら、俺たちは「マリナのお店」に向かって歩いた。周囲には美しい夕焼けが広がり、心地よい風が吹いていた。


 こんなに気持ちのいい場所にいるなんて、本当に今、異世界にいるんだな...なんだか不思議な気分にかられる。


 すると、「ああ、旦那、もうすぐ着くよ。あそこの大きな建物が大衆食堂「マリナのお店」だよ」と、インリンが教えてくれた。


「へえ~、ログハウス風の大きな食堂だな」


 そのログハウス風の食堂は、一見するとまるで森の中に佇む家のようだ。建物は主に木材で作られており、温かみが溢れている。


 屋根にぽつんとある1本の煙突から、もくもくと煙が出ている。あと、ここからは見づらいが、店名看板が正面入り口のドアの上の壁に、でかでかとかかげられている様だ。


「この建物、2階には大部屋と何部屋かの個室があって、宿屋も営んでいるんだ。ただ、2階には特に気に入った客しか上げないようだね。まあ、あたい達なんかは、ほぼ毎日ここで食事をしているから、特別に2階に上げてもらえるんだよ」


 へー、これはまるで信州のお洒落なペンションのような造りだ。そう、昔行ったペンションを思い出しながら歩いていると、「マリナのお店」の正面入り口が見えてきた。


 えっ?


 俺は動きが止まった。一瞬ではなく数秒間...。


「ど、どうされましたか主様?」


 俺の行動を心配したクラリスが、俺にそっと話しかけてきた。


 いや、看板に「אܒجδאܒجδאܒجδאܒ」って書いてあるけど、その下に「麻璃奈マリナの店」って書いてあるよ。オイオイ、これ、漢字とひらがな...だよな。


 俺以外にも、こちらの世界に地球人がいるってことか...それも日本人が?


 しばらくの間、俺は様々な思考を巡らせつつ、看板をじっと見つめ続けていた。

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