第18話 インリン姐さん

 スーパーや家電屋等、たくさん行きたい場所もあったが、ナイメール星に戻ってきた。奴隷契約が終わったらモリジン達の歓迎会を開きたいし。でも「俺の奴隷になってくれてありがとう」ってなんだか違和感を覚えた。


 まあ何はともあれ、仮契約から本契約にしないとな。仮契約の状態が3日間続くと、死の呪いが発動し死んでしまうらしい。まずビッグハムの奴隷商会で、モリジンたちと本契約を結ばないと。


 その後は歓迎会だ。ロジンが教えてくれた、「マリナのお店」に行こう。奴隷契約後、ロジンに「マリナのお店」に行くことを伝えると、「予約を取っておきます」と言ってくれた。


 日本の居酒屋みたい。前金を少し払っておけば、予約が取れるそうだ。俺はロジンに白銀貨を数枚渡した。


「こんなに必要ないですよ」とロジンは白銀貨を返そうとしたが、「マジックポーチを渡すから、たくさんの食料を買ってそこに入れておいてくれ。モリジン達を一度村に帰す時に渡したいからな」と言いながら、マジックポーチも1つ渡した。


「あなたってお方は...。国王様の様なお人だ。私は心の底から、国王様が回復されたらあなたに仕えたいと思います。モリジンたちが大量の食料を持って帰れば、彼らは村の英雄となるでしょう。そして、モリジンたちも誇りを持って村に帰ることができるでしょう」


「ただし、モリジン達の里帰りは3日以内にして下さいね」とロジンは奴隷の首輪について詳しく教えてくれた。


 どうやら彼らの主人である俺と、3日離れると死の呪いによって命を落とすらしい。また面倒な代物だな。奴隷の自由を徹底的に奪うな。


 しかし、奴隷の首輪の死の呪い、最高位の治療魔法を扱えるクラリスなら解呪できそうだけど...本当に無理なのだろうか?


「奴隷の首輪の死の呪いは、首輪と連動しているため、回復魔法だけでは解呪できないようです。奴隷の首輪本体の機能を停止させなければならないようです。私は奴隷の首輪の構造や仕組みについては詳しくないので...」と、申し訳なさそうに答えた。


 少し何かを考えるような素振りをして、クラリスは 「ただ...可能性があるとすれば、奴隷商人の最高レベルの者と私が解呪作業を同時に行うことで、解除できるかもしれません」と、俺を見つめながら微かな希望を探る様に考え出してくれた。


「それなら...国王が弱っている原因が「死の呪い」かもしれないという話だけど、大丈夫なのか?救えそうか?」とクラリスに尋ねた。


「おそらく治せるでしょう。徐々に弱っているということは、奴隷の首輪は関与していないはずですから。呪いだけなら、私の力で治せると思います」と、クラリスはすぐに俺の質問に答えてくれた。


 なるほどな。


 クラリスの力で奴隷の首輪が解除できれば、クラリスもメルも解放できると思ったのだが...。奴隷商人の能力を持った奴隷はいないかな?まあ、そんな便利に事は運ばない様だな...でも、いつか出会えるかもしれない。


 そんなことを考えつつ、皆でビッグハムの奴隷商会に向かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 皆とは昼過ぎに、ビッグハムの奴隷商会で待ち合わせをしている。


 奴隷商会に近づくと「くん!」という鳴き声と同時に、何かがものすごい勢いで俺に向かってきた。


 コロだ。「くん!くん!く~ん!」鳴き声をあげながら、俺の懐に、衝撃を和らげながら飛び込んできた。器用で気配りができるフェンリル様だ。


「コロ、ごめんな。寂しい思いをさせて」


 俺の顔中をぺろぺろと舐めまわし、自分の頬をすりつけてきた。


 そんなコロの様子を見て、「ああいうプレイが主様は喜ぶのですね。心のノートに書き留めておかないと」と呟いている。


 メルは「いいなコロちゃん。私も今晩、ああやってご主人様に甘えてみようみよう...」と、ぼーと俺の方を見ている。


 今晩、2匹の獣に襲われそうだ...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 奴隷商会に入ると、ロジンやモリジンが待っていた。俺の名前を出した様で、ソファーに座り、お茶とお菓子を出してもらっている。


 メルのこともあり、配慮してくれたのだろう。


「これはこれは、智也様、お待ちしておりました。この獣人の方々からお話を伺いました。この方たちとの正式な奴隷契約ですね。ただ、一応確認させて下さい。お怒りにならないで頂きたいのですが、払い下げも可能です。私たちが引き取ることもできますが、いかがなさいますか?」


 ビッグハムは、おそらく払下げは無いと思いつつも、手に余るようであれば、現金に換えることも可能だと教えてくれたのだろう。


 豚族の皆が心配そうに俺を見る。「心配無用だ。ビッグハム。俺の奴隷としての正式契約をお願いしたい。そして、メルやクラリスと同じように、その重い首輪も変えて欲しい。選ばしてあげてくれ。もちろん料金は支払う」


 そう俺がビッグハムに伝えると、豚族の皆は安堵の表情を浮かべた。そして、彼らは俺に対して深く頭を下げた。


 その後、手続きを進め、モリジン達は正式に俺の奴隷となった。そして、重たい奴隷の首輪から革製の軽いタイプに変更されたことに、彼らから大いに感謝をされた。


「旦那様。これから一生懸命働き、恩義を返させていただきます。どうかよろしくお願いします」と3人は深々と頭を下げた。


「とりあえず、今日は歓迎会を開く予定だ。明日から3日間は村に帰ってくるんだ。これは命令だ。そしてこれを持って行くんだ」と俺は言い、ロジンに頼んでおいたマジックポーチを渡した。


「そ、そんな。我々はもう村には帰れないと思っておりました。そして宜しいのでしょうか?マジックポーチなんて我々は奴隷ですよ!こんな高級なものを預けられるなんて!」


 彼らは驚きのあまり、何度もマジックポーチと俺を見返した。


 俺が中身を確認するように促すと、モリジンが代表してマジックポーチの中を確認した。


「こ、これは!」


「たくさんの野菜やソルガム、麦、ジャガイモが入っています!それに肉や魚も!さらにジュースやお酒、お菓子まで!」


「そのポーチは自分たちの村に置いてくるんだ。また必要になったら食べ物を補充するから。時間停止機能付きだから、食料品が腐ることも無いだろう。堂々と村に帰って3日後にまた戻って来て欲しい。「ひと月に一度、村に帰ることを認めるからね」


「だ、だんなさま~」


 そう言って3人は、俺の前で跪き大声で泣きだしてしまった。


「すまないな、ビッグハム。奴隷商会で騒がしくして」


 ビッグハムに頭を下げた。


 その一部始終を見ていたビッグハムは、「本当に智也様は不思議なお方ですね。全ての人族が智也様のようなお考えを持っていたら、世界はもっと平和なのかもしれません」と、うっとりとした表情で俺を称賛した。


 ビッグハム...本当にいいひとキャラに変わったな。最初に会った時はメルに罵声と蹴りを食らわせていたのに...。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 さあ、契約も終わったし歓迎会だ!


「無事に契約も終わった。とりあえず「マリナのお店」に行こうか」と俺は、皆に聞こえるように言った。


「おー!」


「やった!」


「くん!」


「ご主人様!沢山食べていいですか?」


「もちろんだメル!沢山食べてくれ。俺は沢山食べる女性が大好きだ!」


「じゃあたくさん食べます!嬉しいです!」


 メルもニコニコだ。メルやクラリスにフードやお面を付けさせていない。俺の傍に居れば何にも言われないし、特別な奴隷の首輪を見れば手出しはしてこない。逆にネタまれるほどだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「こら!お前らが道を譲れや!」


「何だと、何であたい達が譲らなきゃならないんだい!」


 大衆食堂に向かう道で、大きな声が聞こえ、何か揉め事が起きているようだ。


「このブサイクが!道を開けろって言っているんだよ!」


「ブサイクブサイクうるさいね!ブサイクは関係ないだろ!そっちがどけばいいだろ!」


 すると、カク、モリジン、ヤーロンが左右と後ろに、メルとコロが前方に、そしてクラリスが俺のすぐ右にそっとついた。どうやら6人で打ち合わせをしたようだ。何かあった時にすぐに俺を守れる陣形らしい。


 コロまで俺を守ってくれるみたいだ。ありがたい。


 小人数同士の小競り合いのようだ。状況から察すると、「道を譲れ」「そっちが譲れ」と揉めているようだ。こっちの世界は血気盛んな女性が多いようだ。


 ただし、片側の女性たちは、額から鼻筋まで隠れるファントムマスクを装着し、クラリスやモリジンの様に鉄製ではない特別製の奴隷の首輪を付けていた。


 という事は、この者達は奴隷の様だが、随分と威勢のいい奴隷たちだな。


「こっちがよける必要はねえ!私たちが気持ちよく通っていたんだ!奴隷の身分でしかもブサイク共が!さっさとどきな!」


 あまり気持ちのいい言い方じゃないな。道を譲る譲らないは別にして、ブサイクは関係ないだろ。なんだか俺まで腹が立って来た。


 一言言ってやろうかな。そんなふうに思いながら小競り見守っているといると、「まあまあ、あんたらも落ちつきなって。あたいの奴隷たちのせいで、気分を悪くさせちまって申し訳なかったね。だけど...ブサイクだからって、蔑まれるのは腑に落ちないね」


 そう言いながら、全身マントを被り、額には奴隷たちと同じ形のファントムマスクをかぶった女性が現れた。


「な、何だい...インリンさんもいたのかい...そ、それなら先に言っておくれよ。わ、私たちも言い過ぎたよ。悪かったね」


 そう大きな口を叩いていた女性は、インリンという者に向かって頭を下げた。


「ブサイクなのは自分が一番認めているよ。あんた達が羨ましいよ。だから、あまり虐めなさんな。あたい達だって傷つくんだよ」と、インリンと呼ばれた女性は、相手の者たちに対し寂しそうに呟いた。


 女たちはインリンに対してぺこぺこと頭を下げ、そそくさとその場を後にした。


 身体全体をフードで隠し、顔はファントムマスクで上半分を覆っている。でも、ナイメール星って確か、外見至上主義じゃなかったのか?どう見ても、この世界じゃ綺麗な者たちが、劣等感丸出しのインリンに対して低姿勢であった。


 インリンはお面越しとはいえ、何となく分かる。顔や身体で苦労している側の者だと。


 俺がインリンに視線を送っていると、俺の存在に彼女も気が付いている様だ。すごくチラチラと俺を見て来る。


 インリンって誰なんだろう?結構有名人なのかな?


「あのお方が気になりますか?」と、クラリスが俺に尋ねてきた。


「インリンさんは、「一攫千金」の採掘チームの監督です。彼女の指示に従うと、貴重な宝石が見つかることで評判です。見た目はともかく、彼女の貢献により町は大いに恩恵を受けており、誰も彼女に対して手を出すことはありません」


 なるほどな。


「インリン姐さん、ありがとうございました!」


「あ、ああ...いいってことさ」


「姐さん、何ぼーとしていらっしゃるんですか?ははーん、あのイケメンに見とれていたんですね?」


「な、なに言ってんだい、サラてっめぇ!」


 インリンはサラのお尻を軽く蹴っ飛ばす。「姉さん酷いっすよ!」と、サラはインリンに対して文句を言う。


 いつもの光景なんだろう。仲間たちも見て笑っている。


 しかし...。カッ、カラカラカラ...。


 突然、その場の雰囲気が一変した。インリンとサラがじゃれ合っている最中に、サラのファントムマスクが外れて地面に落ちてしまった。さらに、偶然にもサラと俺の視線が交わってしまった。これは、あまりにも予想外の事態であった。


「サ、サラ、あ、あんた!」


 インリンは慌ててサラの顔にタオルを巻き、自分の背後にサラを隠した。


「ほ、本当にすまなかったよ!ブサイクな顔をさらしちまって...。た、頼むから心を病まないでおくれよ!切りつけないでおくれよ!慰謝料なら払うからさ!」


 インリンの後ろで体を震わせながら、ヒザマズいて俺に向かって叫んできた。


 そんな慰謝料何て...すごく可愛い顔を見せてくれただけじゃんか。こっちが感謝料を払わなきゃいけないぐらいなのに...。


 震えるサラの前で「落ち着け!安心しなよサラ。あんたはあたいの家族だ。あたいが責任を取るよ!」


 な、なんだか大ごとになってしまった。切りつけるって何?サラ以上に俺も、内心訳が分からず混乱している。


「多くの人族男性は、私達のようなブサイクを毛嫌いします。まあ女性もですが。しかし、貴族のような権力を持つ者たちは、いきなり切りつけて来ることもあります。私たちは主様の側にいるため、他の人々がどれだけ不快に思っても、私たちに対して何もできませんが」


 そういや、初めてメルに会った時、メルは人だかりの中でフードがめくれ、石を投げられていたな。


 ただ俺がブサイクだからといって、無闇に切りつけるような人に見えたのかな。なんだかショック...。


 ロジンが俺の気持ちを察して、「智也様は貴族以上のオーラを放っています。素顔を見られたことで恐怖心からパニックに陥り、あのような発言をしたのでしょう」とフォローしてくれた。


 ただ、サラや俺以上にパニックに陥った者がいた。


「だ、旦那!サラを切るなら、あたいを切ってくれ!サラにちょっかいをかけた、あたいがいけなかったんだから」と言って、自分から覆っていたフードとファントムマスクを取っ払った。


「あ、姐さん!」


「いいから黙っているんだよ!あんた達の主人はあたいだよ!あたいが罪を被るのが、筋ってもんさ!」


 おいおい、面倒なことにするなよ。サラのお面を拾って、終わりにできない展開じゃないか...。


 ただ、フードとファントムマスクを取ったインリンは、俺の想像を超えた美しさを誇っていた。


 美しい金髪で、ウェーブがかかった長い髪。鮮やかな青色の瞳は大きく、長いまつげに覆われていた。


 フードの下は、白のタンクトップと黒のパンツだけだったが、胸は大きいのに、お腹は出ていない、見事なプロポーションをしていた。


 そして肌の色が白い。年がら年中採掘作業をしているからだろうか。きめ細やかな綺麗な白い肌をしている。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「さあ。あたいを切っておくんな。サラよりもっと、旦那に失礼なことをしちまっただろう!」


 威勢はいいが身体は小刻みに震えている。サラを助ける為に虚勢を張っているんだろう。


 まずは誤解を解かないと...。


「そんな物騒なことはしないよ。サラさんも安心して、顔を見たぐらいで切りつけないよ。それと、はい。これがサラさんのお面で、こっちが君のお面とフードだよ」


 インリンと目が合った。すごく綺麗だ。鋭くワイルドな容姿をしている。自分の奴隷も大切にするし、見た目だけでなく、心も格好いい女性だな。


「あ、ありがとう...。でも、旦那、あたいの顔や姿を見て、何も感じないのですかい?罵倒したり、唾を吐きかけたり...」


 インリンは、少し怯えながらも、しっかりと俺の目を見つめて俺に聞いてきた。


「何も思わないし、何もしないよ。それじゃ気を付けてね。ああそれと、部下の娘を守るために取った行動、恰好よかったよ」


「か、恰好よかった...あたいがですかい?」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 あの旦那は、一体何者なんだい⁉私と同じレベルのブサイクを引き連れていて、しかもあたいを格好いいと評する変人は⁉」


 インリンは、もう智也から目を離すことが出来無くなってしまい、少しの間、智也の背中を追い続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る