第11話 クラリスの新たなる力

「ご、ご主人様すみません...。お、お逃げ下さい...」


 メルはそう言った後、力無く膝から崩れ落ちた。しかし、最後まで彼女の手は俺をしっかりと抱えており、俺をゆっくりと地面に降ろした。


「メ、メルどうしたんだ...メル!」


「ご、ご主人様、す...みませ...ん」そう言いながらメルの足元に目をやると、彼女の右足の下腿部から血が滲み出ており、痛みに耐えている様子であった。


 その光景を見たドラリル一味が沸き立った。


「流石はミルミル様だ!女の動きを止めたよ!アイツさえいなければ、後は美男子様と髪の長い女のみ!こっちの勝ちだよ!」


 な、何があったんだ⁉「流石はミルミル様!」って?超巨大なおデブちゃんが、ミルミルっていう可愛いい名前なのか?それにあの超巨大なおデブちゃんが、何をメルにしたんだ?


 すると遠くの方から俺たちに向かって、超巨大なおデブちゃんことミルミルが、ボウガンを手に持ち「逃がさないよ~!」と叫んだ。


「ご、ごしゅじんさ...ま!は、早くお...逃げく...ださい!」


 メルは辛そうな表情をしつつ、俺を逃がそうとする。すごく必至な顔をして。そして最後に「逃げて!」と叫んだ後、意識を失ってしまった。


「おいメル、メル、しっかりとしろ!」顔色が非常に悪い。ただ、まだ何とか息をしている。早く治療をしないと、間違いなく数分の間でメルは死んでしまうだろう。


「まだ喋れるとはね。すごい娘だよ。ガラム蛇から作った毒矢を受けたくせにさ」


 そうニヤッと笑い、ミルミルはボウガンを降ろした。


「そ、そんな!ガラム蛇だなんて!早く回復魔法をかけないと!ガラム蛇の毒の半数致死量は0.025 mg/kgです!傷口から患部の細胞組織や血管が破壊され、その影響が瞬時に体内に広がっていきます!急いで治療をしないと!」


 クラリスはメルの元に急いで駆け寄り、周囲にバレない様に回復魔法をメルにかけ始めた。


「しかし、しぶといブサイクだね。お前さえいなくなれば、あとはそこの美男子様と、髪の長いブサイク一人だけ。ただ...長い髪のブサイクは簡単には殺さないよ!私たちに刃向かったことをたっぷりと後悔させてやる!ひぃ〜ひひひひ!」 


 あまりに高笑いをするから、ミルミルの仮面が歪んでいる。


 ただミルミルを含んだドラリル一味は、クラリスが回復魔法を使えることや、メルに魔法をかけていることに気づいていないようだ。今のうちに何とか蘇ってくれメル!


 緊張感が漂う中、ミルミルのすぐ隣にいる、やせ細った女が俺に声をかけてきた。


「さあ、美男子様。どうか大人しくして下さいね。素敵なご令嬢の元へお連れしますから。ただし、その女性はあの二人と同じくらい不細工な公爵令嬢ですけどね...」


 彼女は、お面の下で俺を哀れむような目で見ていた。


「余計なことを言うんじゃないよ!ラン!あたしたちが勝手に関係作りのためにと持っていく献上品だ。いらないことをペラペラとしゃべるんじゃないよ!」と怒鳴った。


 ランは「そ、そんなミルミル様、ソクラテウス公爵家の名前は出していませんよ!」と、慌てたような表情をしてミルミルに言い返した。


「それを言うなら、ソマリテウス公爵家だよ!間抜けだね!」とメルメルは部下をやじった。


 自分だって喋っているじゃん。十分間抜けじゃん...。


 そんなツッコミを入れている場合じゃない。どう見ても状況は俺たちが不利だ。 


 蹴り倒して倒してくれた部下を除いても、まだ相手は15人ほど残っている。そしてメルの意識は戻っていない。クラリスは先ほどから回復魔法をかけまくっている。


 回復魔法(小)の能力じゃ厳しいのか...。もうすぐ魔力枯渇に陥るだろう...。絶体絶命だ...。


 ミルミルたちがメルやクラリスを助けてくれるなら、喜んで奴隷にでもなるが、俺以外は殺されるだろう。かといってメル以外は戦力にもならない。


 そんなことを頭の中で思案していると、「ミルミル様!髪の長い女が回復魔法をかけています!」と、ランが大声で叫んだ。


 バレた!


「なんだって~!こいつら~!最後の最後まで私をコケにしてくれるね~!許さないよ、許さないよ!許さないよ‼」やばい...怒り狂っている。


 もう...覚悟を決めよう。


 そして巻き込んで申し訳ないが、クラリスにも覚悟を決めてもらおう。


「クラリス、さっきの言葉は本当か?俺が望めば口から血が出るまで魔法をかけ続けると言ったのは?」


  俺はクラリスの肩に手を置き、彼女の目を見つめながら尋ねた。


 するとクラリスは、静かにだが熱く熱のこもった声で、「もちろんです。奴隷商会で言った言葉に嘘などございません!」と、俺の質問に対して瞬時に返した。


「俺も捕まったら奴隷だ。いや、俺は奴隷とはいえども大切にされるだろう。だがクラリス、君はつかまったら嬲り殺しにされる。確実にな...。俺は君とメルを救うと約束した。だから生きよう!この困難を一緒に乗り切るぞクラリス!」


 俺の思いのたけを伝えると、クラリスは静かに頷き「ご主人様...もちろんです。ただ...あなた様は本当に男性なのですか..?こんなに強くて、しかも女性を大切にして、さらに女性をリードする男性など、このナイメール星には存在しません」


 そう俺の存在自体を不思議そうに見つめた。


「そして...私たちの様な醜い者に対して救いを施す男性など...このナイメール星には絶対にいません!あなたは、いえ、あなた様はいったい何者なのですか?」


 言い切っちゃった。そんなこと無いと思うけど...。


「その話の続きは生き残ってからだ!さあ悪あがきをするぞ、クラリス!」


 俺はクラリスに向かって大きな声をあげ、さらに自分の顔を両手で「パンパン!」と叩き、気合を注入した。


「残っている全魔力を振り絞って、メルに魔法をかけ続けろ!クラリス!」そう指示を出した。


「はい!ご主人様!」


 そうクラリスは俺の指示と共に、鬼気迫る表情でメルに回復魔法をかけた。


「不味いよ!あの髪の短いブサイクを回復させるな!早くあの髪の長い女を殺すか、腕の1本でも切り落として、痛みで魔法をかけられなくするんだよ!」


 ミルミルは生き残っている部下たちに、鋭く大きな声で命令を下した。


 その声に反応したドラリル一味は、鞘から各々の武器を抜いた。辺りは暗いが不気味なほど、刃物の刃渡りが光り輝いて見える。


 ドラリル一味の数名が急いでクラリスを仕留めようと、こちらに駆け寄って来る。ただクラリスは、周りに敵が近づいて来ることにも気が付かないほど、必死に魔法の詠唱をしている。


 驚いた事に暗い中でも分かるぐらい、メルの全身の肌色がよくなってきている。先程と同じ魔法なのか?明らかに効果が違う!


「いいぞクラリス!あと少しだ!メルが、復活するぞ!」


「はい!ご主人様お任せください!البرق Zauber Φωτεινή...!」


 よりクラリスの詠唱に力が加わる!よし、いい感じだ。あと少しだ。メル復活してくれ!


「まずいよ!まずいよ~!早くしな!え〜い何をグズグズしているんだい!私が仕留めるよ!そこをどきな!」


 ミルミルはクラリスに向かって、毒矢の照準を合わせた。


「これでお前もガラム蛇の餌食だよ!死にな!」


 ミルミルが人差し指のトリガーを引こうとしたその時、俺がクラリスの正面に立ち塞がり、毒矢を打たせない様にけん制した。


 少しでも時間を稼ぐ。メル死ぬな!死ぬなら、俺も一緒だ!


「ちぃ~!男のくせに!女に刃向かうんじゃないよ!美男子は大人しくブサイクの人形になっていればいいんだよ!」


 ミルミルは地団駄を踏み、その場でバタバタしている。本当にもう熊だな。もう猟銃じゃないと倒せないんじゃないのか?


「こうなったら~!」


 怒り狂い真っ赤な顔をしたミルミルは、ボウガンを床に叩きつけ、大鉈を振り回して俺の方に向かってきた。速い!何であんな体格であんなスピードが出せるんだ?


 ザザッ!「ひっひひひひぃ~もう終わりだよ!死んじまいな!」


 そう思っている間に、もう俺の横に現れたミルミルが、クラリスに向かって大鉈を振り下ろした。


「クラリス!」


 そう叫んだ時には、もう右腕の一部が宙を舞っていた。そして...切り落とされた腕から飛び出る鮮血と、鉄の生臭い匂いが周囲を包む。


「ぐわ〜痛てぇ!」俺の右前腕部が、宙を舞った。


 ブシュ―!ボタボタボタ...ボタボタボタ!


 地面には俺の真っ赤な血がとめどなく流れ落ちる。タオルで傷口を塞いでもどんどん流れ落ちる。タオルが血をどんどん吸収して、止血の意味をなさない。


 意識がもうろうとしてくる。ミルミルが二重に見える。気持ち悪い...頭もガンガンする...痛いし、泣き叫びたい。


「おい!誰かポーションを出すんだ!この美男子様に死なれたら、私たちも終わりだよ!」


 周囲の部下に慌てて声をかける。


「な、なんなんだい、この男は...どう見てもブサイクを庇ったようにしかみえないよ。こんな男見たことがないよ。男が女に歯向かうし。身を挺して庇うなんて物語の中から、飛び出してきたのかい...」


 ミルミルは明らかに狼狽している。チャンスだ。だが今の俺は、右腕を失った痛みで何も考えられない。そして右腕が冷たい。股間は暖かい。いや、漏らした一瞬だけか...冷たくなってきた。


 そして意識が薄れていく、ほ、本当に異世界って危険なんだな。今度こそ本当に終わりかもな。メルみたいな素敵な娘と巡り会えたしな。全部の運を使い切っちゃったのかなぁ...。


 そんな頭の回らない俺に「ご、ご主人さま!すぐにお助けいたします!なぜ私などをお助けに?なぜお庇いになったのですか!私など助けるに値しません!ご主人ざまの様に、価値があるものではござ、ございまぜん!」


 クラリスは涙を流しながら俺に訴えてきた。そしてメルにかけていた回復魔法の手を止め、俺の右手に回復魔法をかけようとする。それじゃ、意味がないよクラリス。


「ク、クラリス、命令だ!命令だ、めいれい...めいれい...だ...!俺にかまうな~!メルの回復優先だ!」


 命令を連呼した。はーはー息をするのも辛い。やばいな。本当に意識がもうろうとする。


 ただ...これだけはクラリスに伝えたい。クラリス君は...「君はすごく綺麗だよ。そしてその清楚で凛とした姿は、本当に素敵だ...。だから...俺は...君を守った。救う価値?俺の手足や命なんかより...価値があるに決まっているだろ!」


 もうダメみたい。でもクラリスに、伝えたいこと伝えられたし。メルと一つになれたし。悪い人生じゃなかったな...。


 な、何ですか、私が綺麗?救う価値がある女?俺の手足なんかより、そして命より価値がある?うそです!


 あなた様の様に恰好よくて、身を挺して庇ってくださり、そして悪にも屈しない心の持ち主。あなた様こそナイメール星の女性全員が求めてきた究極の男性。いえ、もうそれは神様のような存在...。


 はっ!


 そういえば先ほど、「一緒に困難を乗り切ろう」と励まされたあの時に、ご主人様を更に信頼し、男らしさと格好良さにメロメロになってから...。私の魔法能力は明らかに上がっています...やはり...ご主人様そのものが、私の信仰の対象のお方!


 やはり私の主は...ご主人様です!


「ご、ご主人様!死なないで。死なないでご主人様。あなたが我が主です!命がけで私を守り、力を与えて下さるあなた様こぞが我が主でしゅ...!私はあなたを心のぞごからおしたい、愛じでおりまず、から!だから、だからじなないで!」


 俺のことを叫んだクラリスの全身は、神々しいオーラに包まれた。あまりの眩しさに俺の意識も、よび起こされた。それにクラリスの様子も明らかに今までとは違う。全身からとんでもない聖なる力、暖かさを感じさせる。


 俺の脳内に「あなたの奴隷クラリスが、あなたに対する愛情と忠誠心が100%になりました。「エクストラスキル「能力100万倍」の発生条件をクリアいたしました」と、メルの時に聞いた機械音が流れた。


 俺は脳内に流れた機械音をはっきりと聞いた。「ク、クラリス?能力がアップしたのか...ならメ、メルを...」


「大丈夫ですよ。こんな状況でもまずはメルからなのですね...。我が愛しき主様よ、お約束通りメルをまず先に治します。5秒お待ち下さい!メル!復活しなさい!私は愛する主様の治療に向かいます。あなたはあいつらをやっつけなさい!」


 そうクラリスは、メルの胸に莫大な魔力量を流し込んだ後、メルの復活を確認することも無く、俺の治療に移った。メルはもう治ったことが分かっているかの様に...。


 するとクラリスは俺を自分の豊満な胸の中に抱き入れ「こんなに痛ましいお姿に...」と涙を流しながら「超回復!」と叫んだ。


 すると驚いた事に地面に流れ落ちた血や、タオルに吸収された血が、自分の意志を持つかのように大気中の一箇所に集まった。


「シュッ!」と音がした後、血液の塊からポロポロと下に何かが落ちた。不純物か?


 その後、血の塊が俺の傷口から体内に戻っていった。それと共に切り落とされた腕が自然と俺の身体に戻ってくっついた。漫画みたい。


 それに動く、動く、い、痛くない?どうなっているんだ?


「あ、ありがとうクラリス。本当にありがとう。腕が治ったみたいだよ。君の能力のおかげだよ!」


 豊満なクラリスの胸の間に挟まれたまま、クラリスにお礼を言った。


 俺をきつく抱きしめていた腕を更に強く抱きしめながら、「勿体ないお言葉です。我が主様。他に痛いところなどはございませんか?なければこのまましばらくお待ち下さい。すぐに終わらせるでしょう...メルによって...」


 そう静かで慈愛に満ちた表情を俺に浮かべた。


「な、なんて恐ろしい回復魔法使いなんだい。ポーションなんてもういい!早くあいつをやっつけな!」


 俺の腕が回復するのを見ていたミルミルは、クラリスに視線を送りつつ、周囲にいる部下たちに声をかけた。しかし...。


「早くやっつけろって!」


 辺りからの返事はない。動く気配もない。気配と言えば...。


 風や木立や虫の鳴き声以外は何も聞こえない。戦闘の場とは思えないほど、静寂が辺りを包んでいた。


 ミルミルの部下たちが動く音などはとっくに消えた。なぜならもう...メルによってあの世に旅立ってしまったから...。


 クラリスの魔法によってメルは完全に復活した。


 ドラリル一味の残党は、復活したメルによって一瞬で全滅させられた。


 ミルミルの部下たちは、痛みを感じるまもなく復活したメルによって全員始末された。


 ミルミルは恐怖に震えながら辺りを見渡すと、至る所で仲間たちが倒れている。唯一、ランとだけ目が合った。もう二度と瞬きもできないランは、ミルミルをじっと見つめていた。


 あまりにも簡単に始末された部下たちを見て、ミルミルは腰が抜けて、その場で動けなくなってしまった。


「ひいい。化け物たちめ。なんて強さなんだい。ど、どうだい、私たち、いや私と闇組織を牛耳らないかい。人数じゃねぇ、実力が備わった者さえそろえば怖いものなしだよ!」


 こいつはアホなのだろうか?何でわざわざお前と、悪事を働かなきゃならないんだ?


 俺はクラリスにぎゅっと抱き寄せられたまま、「お前のせいで俺もメルも死にそうになったんだぞ?お前を信用するわけないだろ」そうミルミルに言った。


「もうメル、ミルミルを仲間の所に送ってやってあげて。一人じゃ寂しいだろうし」


「ひぃ~ま、待ってくれ。うちの一味の財宝を全部くれてやるから!そ、それにあんたなら絶対気に入るだろう生物がうちに捕まえてある!このままだと餌もやれなくて死んじまう!可哀そうだと思わないかい?」


 確かに可愛そうだな。


「もったいぶりますね。ゴブリンだったらどうするつもりですか?あなたの皮膚という皮膚を、生きたまま剥がしますよ」


 そう静かにクラリスは言い放った。冷静な顔立ちと感情の無い言葉。非常に怖い...。


「ひぃ~ちがうちがう。希少中の希少動物、まだ小さなフェンリルだよ!」


「「フェ、フェンリル?」」


 何でそんなファンタジー界の大物様が、ミルミルの手元に囚われているんだ?

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