第10話 急襲
クラリスが仲間に加わった。RPGのゲームみたい。
「クラリス。とにかく何か着てくれ。目のやり場に困る。ビッグハム、あんな薄汚れたフードではなく、新品で全身が隠れる服を持って来てくれ。あと下着など、この奴隷商会には無いのか?」
そう、ビッグハムに俺が聞くと、「すぐにご用意いたします!」と、部屋から慌てて飛び出して行った。
俺の元に近づいてきたクラリスは「信じられない...。私の裸を見ても不快な表情をなさらない...。本当に私の事を受け入れられるお方なのですね」と、真剣な表情で俺を見つめた。
裸だったのを自覚しているのね。逆にこっちの方が気になるから何か着てくれると嬉しい。
「お姉様!早速ですが、ご主人様からプレゼントです!せっかくのご主人様らのプレゼントです。ご主人様のお家でお風呂に入ってから、着替えられたらどうでしょうか?」
そう言ってメルは、クラリスに俺のパーカーを見せた。
「メ、メル、も、もしかしてそれは旦那様のお古ですか!」そう言ってクラリスは俺のお古のパーカーを、わなわなと震える手で握りしめた。
「そうです」とメルはにっこりと笑いながら、クラリスに俺のお古のパーカーを差し出した。
「す、すごい。こんな素敵なお方のお古が着られるなんて、貧相な体型冥利につきますね...。それと、お風呂って何ですか?沐浴の事ですか?暖かいお湯で体を清めるという...。あれですか?」
首に重そうな首輪をつけたまま、クラリスは裸で後ずさりをし、恐怖に声を震わせてメルに確認を求めた。
「それです!すごく暖かくて気持ち良かったです!それに、ゴニョゴニョゴニョ...」と、メルはクラリスに耳元で何かを囁いた。
「ま、ま、ま、ま、ま、ま...い、一緒にお風呂に!」
クラリスが俺を見つめるその瞳は、まるで信じられない生命体に遭遇したかのようだ。何だろう?クラリスのその表情は、何か悲しい子供を見ているかのようだ。
すっぽんぽんで、首には重々しい首輪が身につけられている人に...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ビッグハムが新しいフードを持ってくるまでの間、クラリスには今まで着ていたフードを着てもらった。
裸のままでいられると、俺の視線がクラリスの豊かな胸やくびれ、お尻を無意識でとらえて、話が先にすすめられそうにない。
そんな煩悩100%の俺とは対照的に、クラリスは床に両膝をついて、俺に対して祈るような態度を見せた。目は真剣に俺を見つめている。
「ご主人様。私の身を買って下さり、ありがとうございました。回復魔法を望まれるなら、いくらでもおかけします。限界が来たら、多少口から血が流れ出るぐらいです。お任せ下さい」そうクラリスは、俺の目を見つめて、真剣な表情で伝えてきた。
口から血が流れるぐらいって。OUTです。「あと...」クラリスはまだ話の続きがある様だ。
「あと、あり得ないとは思いますが、性欲のはけ口になさるのならどうぞお好きにして下さい。この様な外見をしているため、経験は勿論ございません。教えて下されば、ご主人様が望むことを学習し、ご満足が行くまでご奉仕させて頂きます」
真剣な表情をし、決意を持った瞳で訴えてきた。奴隷の教育がなされているというか...大分引いてしまう。
「あ、ありがとう。気持ちは十分に受け取った。クラリスもメルと一緒で魅力的だ。でも無理にその、関係を迫ることはしないからね。そ、それより、その重そうな首輪を何とかしよう」
クラリスが俺の為に、学習宣言をしてくれたことに対して、無下にも出来なかったため、話題を首輪のことに移した。
「ま、まさか私にも高価な首輪を与えて下さるのですか。メ、メル、なんてお人なんでしょうか。私たちみたいなものが、こんな素敵な方にお古を頂いて、首輪を特注品に変えて頂けるなんて...。贅沢すぎます」
そう凄く不安そうな表情で、メルと俺を見返す。ビッグハムはまだだろうか?神秘的なプロポーションの女性が重そうな首輪を嵌め、ボロボロなフードをまとって怯えている。
すると前回同様、廊下の奥の方からドス!ドス!ドス!と、特別室に近づいてくる足音が聞こえた。
ドアが開くと、汗だくのビッグハムが、荒い呼吸と至る所から汗を流して立っていた。「はぁ、はぁ。遅くなってすみません。フードはすぐに見つかったのですが、下着のサイズが合わなかったため、ショーツだけはテーラーが急いで仕立てました」
そう言い、俺の前に差し出してきた。
「すぐに新しい物に着替えてくれ」と、クラリスに新しいフードとショーツを手渡した。
新しいフードとショーツを握り締めてクラリスは、「こんな新品を私が着てもいいのですか?」と、ビッグハムと俺を交互に見つめ、震える声で何度も俺の顔を見て、確認をしてきた。
「いいから、着替えるなら席をはずそうか?」そう告げるまもなく、着ていた古いフードを勢いよく脱ぎ捨て、新しいフードと、それにショーツに着替えた。
「ビッグハム、もどって来たそうそうで悪いが、クラリスの首輪もメル同様に、お洒落な物に変えたい。もちろん首輪の代金は俺が支払う」
メルの時同様に、俺は全てのお洒落な首輪を、ビッグハムにカウンターに並べてもらい、クラリスを呼び寄せた。
すると1つの首輪をガン見している。すごく分かりやすい。
その首輪は伸縮性のある革に、おしゃれな水晶で出来た十字架をあしらった首輪だ。神に使えるクラリスが、いかにも欲しがりそうな一品だ。
「クラリス。これにしようと思うんだ。これでいいかい?」
「そ、そんなこんな高級な物!私はこの古い、今までの物で結構です!」そう俺に返答をしてきた。
すごいなクラリス。うそをつくと首輪が首を締め付けるはずなのに、表情に全然出さない。怖い、怖すぎる。血管が浮いてきた。ヤバイ。
やばいって首のあたりがギシギシ言っているじゃん。
「き、気持ちは分かったクラリス。だけど今、身につけている首輪では俺が困るんだよ。俺の為だと思って、首輪を交換してくれ。メルと同じ額ぐらいでないと、今後の者達も困るしな」
そうクラリスに言うと「分かりました。ご主人様がおっしゃるなら...」と、しぶしぶ納得してくれた。
首輪を交換する時チラッと首元を見ると、先ほど嘘をついた時に首輪がしまったのだろう。首元が紫色にうっ血していた。こんなになっても表情を変えないとは...。恐ろしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ビッグハムありがとう。色々と世話になった。また訪れるかもしれない。そうだ。こういったメルとクラリスには悪いが、2人と同様な扱いを受けている子が新しく入ったら、俺に知らせてくれ。引き取らせて頂く。頼んだよ」
「かしこまりました。智也さま。必ず連絡させて頂きます。私どもも、お二人には辛く当たってしまいました。しかし、お二人は売れません。健康で若い者が売れ残るのは辛いことです。似た様な者が入ってきた場合、智也さまに連絡をさせて頂きます」
そうビッグハムは俺に向かって深々と頭を下げた。案外いい人なのかもな。
さあ地球に帰ろう。ビッグハムの奴隷商店を出た。時計をみると、もう7時を回っている。明日は月曜日、1コマ目からリハビリテーション概論の授業がある。早く帰ろう。
少し歩いたところでメルとクラリスに「とりあえず、クラリス。俺の家に来てもらう。メル、俺とクラリスを運んでくれるかい?」
「お家にですか?私みたいな者がお家に入って、他のご家族に怒られませんか?こんな汚いのを拾って来てと?」
す、捨て猫じゃないんだから...。「き、汚くないし、僕は今、一人暮らしなんだよ。狭いけど他の家族はいないよ」
「そ、そんな私たちの様な者が、1つ屋根の下、一緒にご主人様と暮らせる何て!いつでもご主人様の姿が堪能できるのですね...うふふふふ」
クラリスは可愛いのだけど、笑い方や態度が怖くなる時がある。
「そうなんですよ!クラリスお姉様。昨晩は私、ご主人様と一緒のベッドで寝かせてもらいました!
メルはクラリスに対して、照れながらもどや顔を決め、そして...「初めても...もらって頂けました」そうもじもじと体をくねらせながら、クラリスに報告をした。
つー。ぽたっぽたっ。ぽたぽたぽた!
クラリスは無表情のまま、鼻血を地面に垂れ流した。おい大丈夫か?結構な量が出ていると思うのだが...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
クラリスを心配した丁度その時、どこからともなく大勢の黒装束を着た者達に、俺たちは四方を囲まれた。
異世界版忍者なのだろうか?でも想像した忍者とちょっと違う...。
な、なんだ、この集団は?お笑いの軍団か何かか?
もう新喜劇やコントのような状態。俺たちは、忍者に見えないほど、丸々と太ったり筋肉質だったりする者や、やせ細っている者など、30人ほどの黒装束の集団に囲まれている。
ただ、丸々と太った大玉の様な者がいながら、俺達はなぜ近づいて来ることに気づかなかったのだろうか?
というか、あんな体型の者達が、何で俊敏な動きができるんだ?やっぱり変わっているな。異世界って...。
おっと感心している場合ではない。何なんだ、この連中は...。「メル。何なんだ、こいつらは...。知っているか?」
メルは俺を美男子様抱っこで持ち上げて、自分の胸に寄せた。メルは俺を護るために自分の身を投げ出す覚悟だ。そしてさりげなくクラリスの前に立って、身を挺して立ちふさがった。
「あの胸元についている猪マークは、昨日私たちを襲った者達の残党である、ドラリル一味のものだと思います。今回はマリンたちと違って、一味の正装を着ているようです。本気で来たという証拠でしょう」
メルが俺を抱きしめる手に力がこもる。体術スキルの進化と、それにより身体能力が100万倍に増したメルなら、俺とクラリスを守るのは容易だろう。だが、二人を同時に守るとなると、少し負担になるかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あんたたち!ちょっと私たちに付き合ってもらうよ。ここだと目立つからね。ただ、あなたたちが待っている人たちは、どれだけ待っても現れないから、私たちはどこで遊んでもいいよ。ひひひひひ!」
超巨大なおデブちゃんが、高らかに笑った。もしかしたら、このメンバーのボスなのか?
マリンたちはフードだったがこの者達はおそろいの黒装束をまとっている。ただマリンたち同様、多くの者はマスクで顔を覆っている。容姿を見られたくない者も、多いのだろう。
おいおい役人たちどうしたんだ?買収されたんか?
俺の想いを読み取ったかの様に、超巨大なおデブちゃんが「私たちの部下が役人を足止めしているからね。どれだけ待ってもこないよ。さあ来な!」そう、吐き捨てるように俺たちに向かって吠えた。
メルは「行きましょう。ここでは一般の人たちにも迷惑がかかるかもしれません。大丈夫ですよご主人様。メルが命に代えてでもお守りします。それにご主人様がいて下されば...メルは無敵です!」
そう言い放った後、更に俺を強く抱きしめた。ただ周りには黒装束を身にまとった者達が30人程。そして暗闇に目が慣れてきたから分かるが、手には様々な武器が握られている。
「メ、メルどういうことなの?」
メルに庇われるように立つクラリスが、メルに状況を聞こうとする。表情は冷静さを装うとしているが、クラリスは声を震わしている。
「昨日、私たちはこの一味に襲撃されました。しかし、その時にメルの能力が目覚めました!メルはご主人様が傍にいて下さると、能力が大幅に上昇するんです!クラリスお姉様!安心して下さい。お姉様もメルがお守りします!」
そうメルが力強く宣言した。
しかし、メルだけが戦うというのは、明らかに不利だ。周围を見渡すと、仮面越しに見える目はギラギラと血走らせ、俺達を見つめている。怖い。捕まったら終わりだ。
それならば...。「メルちょっといいか」俺はメルの耳元であることを確認した。
俺の話を聞いた後メルは、 「可能ですが...ご主人様、お二人を同時にお運びするのなら、不安定ですよ。それにだいぶ揺れると思います。それでもよろしいのでしょうか...?」そうメルは、心配そうな表情で俺を見つめる。
「いい。それでいいから頼む。メル頼んだぞ」
もう、この手でいくしかない。
頷いたメルは、俺を一回地面におろして、両脇に俺とクラリスを抱えた。
「きゃっ」とクラリスが叫び声をあげると、周りの悪党たちの視線が一気にこちらを向いた。
「逃げるぞ!」
そう俺が叫んだあと、メルは洞窟のある方向に向かって俺とクラリスを両腕に抱えながら、走りだす。
メルは、俺たちを抱きかかえているとは思えないほどの、すごいスピードで縦横無尽な動きをした。
そして行く手を阻む者達を、長い足でけり倒した。
「な、何なんだい?あのブサイクは!や、やっぱりマリンが帰ってこないからおかしいと思ったが、あんたがやったんだね!ゆるさないよ!」
そう超巨大なおデブちゃん、いやボスらしき人物が怒り狂ったような表情をしながら、ら大声をあげた。
許さないとか、こっちも死にそうな目に遭ったんだ!お互い様だ。悪いが逃げさせてもらうよ。「メルいいぞ!もう少しだ。逃げ切るぞ!」
ただ...。
「ご、ご主人様、す、すみませ...ん。ご主人様...だけでも...」
神のいたずらか、死神に愛されているのか知らないが、事態は最悪な方向へと導かれて行く様だ。
メルの足が...止まってしまった...。
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