第38話 賢者の接触

西暦2027(令和9)年1月10日


「此度の礼文島沖合における戦闘にて、第1護衛隊群はロシア海軍太平洋艦隊主力と交戦し、駆逐艦2隻、フリゲート艦3隻、コルベット艦7隻を撃沈。巡洋艦1隻、駆逐艦3隻、フリゲート艦1隻、コルベット艦5隻に損傷の被害を与えた事を確認。残る艦艇のうち駆逐艦1隻、フリゲート艦2隻、揚陸艦4隻は降伏。沈没ないし自沈処理された艦艇の乗員救助の後に降伏したとの事。対する我が方の損害は軽微。沈没艦なし、3隻が砲撃戦にて損傷した程度との事です」


 防衛大臣の報告を聞き、伊沢は安堵した表情を浮かべる。122年前の日本海海戦以来の、洋上での海上戦闘における大勝利。これにはロシアも戦争継続の意欲を無くす事だろう。


「とはいえ、稚内及び網走沖合にはいまだにフリゲート艦6隻、コルベット艦12隻、揚陸艦12隻が展開し、洋上に展開された魔法陣を用いて増援を送り込んでおります。現地には2個歩兵旅団が展開しており、航空戦力による爆撃や兵員の空挺降下も確認されております」


 戦争が未だに終わっていない。確かにウラジオストック方面の戦力は壊滅させたとはいえ、ロシアにはまだ潜水艦戦力が多数残されているのだ。そして陸上と空中の脅威も未だに多い。ここからが正念場と言えよう。


「これは流石に厳しくなってきましたね…アメリカはどうでしょうか?」


「はっ…すでにハワイとグアムの戦力、そして海兵隊が我が国を全面的に支援すると言ってきており、「ジョージ・ワシントン」を旗艦とした空母機動部隊が千島列島沖合に展開。対地・対艦ミサイル部隊の監視を行っております」


 日本が北方領土と呼称して返還を求めている島嶼地域には、ロシア陸軍第18砲兵師団の主戦力、最新鋭の地対艦ミサイルを装備した沿岸砲兵部隊が展開している。その射程距離は北海道の東半分を覆う程のものであり、弾頭には核爆弾も搭載可能であった。故に警戒を厳しくする必要があり、即座に米海軍が動いていた。


「しかし、アメリカ国内でもこの時期に内乱が起きるとは…ここに何らかの策謀を感じるな…我が国は大丈夫か?」


「すでに在日中国人及び在日ロシア人の一部が扇動を試みましたが、余りにも露骨で精彩を欠いたものであったため、直ぐに鎮圧。メディアも『船橋防衛戦』の一件で掃除を終えたので、その点は大丈夫でしょう」


 異世界からの侵略者が無慈悲な現実を都心に叩きつけて以降、既存のマスメディアとその関係者の地位は失墜を迎えていた。そして国内では左派の政権転覆を目論んだテロ行為やら扇動が頻発し、伊沢は警察庁と公安委員会の総力を以て厳しく取り締まりを実施したのである。


「さて、こちら側の戦況はともかく、特別地域方面はどうなっている?」


「はっ…昨年12月の攻勢の後、魔王軍は目立った動きを見せておりませんが…〈F-15DJ〉戦闘機を改造した特殊偵察機による強行偵察の結果、旧王国所在地域を中心に多数の工業地帯や要塞を建設し、兵器の増産と軍の訓練促進を図っている様子が確認されました。恐らく2か月後…3月頃にはより強力な兵力となって再侵攻を仕掛けてくると思われます」


 統合幕僚長の説明を聞き、伊沢は頭を押さえる。魔王軍がこの短期間で、相当な規模の機甲戦力を揃えてくるなど想像できぬ筈だ。よって現地の自衛隊はさらなる困難に面する事となろう。


「北朝鮮と幾分かの約束を結んでおいて正解だった…彼の国とラティニアの密約は反則もいいところだが、この状況では文句など言えん。して、我が国の生産状況はどうなっている?」


 問いに対し、経済産業大臣は青ざめた表情で答える。


「まず弾薬ですが、とにかく生産量が足りていません。何せ北部方面で沢山使用している上に、エラノス方面にも生産されていない分を供給しているので…そして装甲車両の需要も、戦前以上に高まっております」


 防衛産業の比重を陸から海中心にした直後に、陸戦が最も求められるタイプの戦闘が連続しているのである。こうなるのもむべなるかな、といった具合であった。非装甲車両の生産を、様々な企業に委託し始めている時点で分かり切った事ではあるが。


 とその時、防衛大臣が口を開く。


「して総理、その特別地域方面において、とあるお人が面会を求めて来ております。此度の一連の問題について、知っている事があるそうです」

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