第31話 『偉大なる同志』からの提案

西暦2026(令和8)年12月11日 大韓民国北部 板門店


 韓国と北朝鮮の軍事境界線に当たる地域、板門店バンモンジェム。そこに伊沢の姿があった。


「…つまりは、何かしら経済制裁を解除し、そちら側にとって都合のいい結果になる様にしてくれるのなら、私達の望むものを叶えると?」


 伊沢の問いに対し、目前に座る、黒いスーツ姿の小太りの男は頷く。そして格式ばった古めかしい朝鮮語で言葉を続ける。


「如何にも。貴方がたは未だに知らぬだろうが、貴方がたが『特別地域』と呼んでいる世界の国…ラティニア帝国のある一派は、貴国へ攻め入るのに用いた技術で、我が国から軍事支援を受けている」


 その言葉に、伊沢の表情が酷く険しいものとなる。男は肩をすくめながら言う。


「そう睨んでくれるな。彼の国も必死なのだよ。そしてその計画には、ロシアと中国も一枚噛んでいたのだが…我らの予期せぬ問題がそこで起きた」


 そこまでいけば、何故に彼がわざわざ日本の最高指導者を指名して、この地に呼び寄せたのかを理解する。


「…魔王軍が貴方達を利用していた、という訳ですか」


「左様。ロシアと中国はラティニアと『高魔結社』を名乗る団体を介して秘密裏に貿易を行い、我々の求めてやまない技術と資源を送り出す見返りとして、大量の兵器生産を求めてきていた。だが実際には、その多くが彼の地で帰国を苦しめる存在…魔王軍の下に渡っている」


 相手の説明に、伊沢の表情に青筋が走る。すると男は、1冊のレジュメを手渡してくる。


「もし、我らの対ラティニア支援を黙認してくれるのならば、拉致した者達は全て身柄を返還し、赤軍の老害どもも引き渡そう。核開発についても中断させ、国際機関の査察を受け入れよう。これが我らなりの誠意だ。どのみち余裕は限りあるのだからな」


 相手の『要求』と『条件』に、伊沢は目前の男を殴り倒したくなる衝動に駆られる。だがもしここで感情を優先すれば、相手は拳ではなく弾道ミサイルを飛ばしてくるだろう。今の伊沢に自棄になる余裕も条件もなかったのだ。


「…分かりました。アメリカには話を通しておきましょう。とはいえ、あちら側でも騒動が続いているので、上手く折り合いがつくかどうか分かりませんがね」


「それはハナから期待していない。何せその『騒動』を誰が引き起こしたのか知り得る立場にあるのだから」


 そうして会談を終え、通訳を担った臨時総理補佐官は不安げな表情を浮かべる。


「大丈夫でしょうか?以前の時は遺骨で誤魔化して来た様な国ですし…」


「だが、すでにソウルや在韓米軍には幾分かの情報を流して『誠意』を見せているらしい。クレムリンの凶行に付き合っていられなくなったと見えるな」


 伊沢はそう言いながら、板門店の施設を見返した。


 この翌日、北朝鮮は全世界に対して『核開発事業の凍結』『日本人拉致被害者の身柄返還』『国際機関の監査受け入れ』というこれまでの行動からは信じがたい内容を発表。この1週間後、『正式な』日朝首脳会談が執り行われ、これらの発表が名実なものとなるのだった。


・・・


帝都インペラトゥス・ポロス 帝国兵部省


「そうか、セプティ・コレヌスは本格的に軍事支援をしてくれるか」


 帝国兵部省の執務室にて兵部大臣は嬉しそうに言い、ガラード軍団長も明るい表情で頷く。


「これで我が軍は、ニホン国の助けを借りずに、堂々と近代化を進める事が出来ます。が、当面はセリア殿下に時間稼ぎをしてもらいましょう」


「ああ…ニホンはセリア殿下に対して全面的な支援をすると公言している。そうして魔王軍を食い止めている間に、軍は『真打』を完璧な状態に整えておくとしよう」


 大臣はそう言いながら、自身のデスクの上に置かれた、戦車の模型をまじまじと見つめるのだった。

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