第29話 北海道は燃えているか

西暦2026(令和8)年12月8日 北海道北部沿岸部


 それはまさに、『青天の霹靂』としか表現しうるものがなかっただろう。


 洋上に幾つもの魔法陣が浮かび上がるや否や、中国海軍の056型コルベット艦やロシア海軍のブーヤン型コルベット艦に酷似した水上戦闘艦と、ポモルニク型エアクッション揚陸艇が出現。稚内と網走の二か所に対して強襲を仕掛けたのである。


 この『奇襲』に対し、日本側の対応は稚拙の一言に過ぎた。ロシア海軍太平洋艦隊の動向は常に注視しているし、航空集団によるパトロールも欠かさずに行っている。何よりロシア軍は中国との戦争に忙しく、複数の国々に対して侵攻を仕掛けるだけの余裕など残されていない。そう判断されていた。


 それ故に、太平洋艦隊には存在しない筈の戦闘艦やら上陸用舟艇が忽然と、現れ、強襲上陸を仕掛けてきたという現実は、市ヶ谷の自衛隊総司令部には困惑と動揺をもたらし、そして現地の住民には悪夢を突き付けた。


 攻撃は止まらない。今度は空中に魔法陣が浮かび上がり、数十機もの戦闘機と爆撃機が現れる。それらは市街地に向けて無差別的に銃撃と爆撃を行い、一方的に多くの市民を虐殺する。上陸を果たした揚陸艇からは次々と戦車と歩兵が降り立ち、混乱覚めやらぬ北海道の地を踏みしめる。


 この有事に対し、政府は直ちに緊急閣議を開催。自衛隊に対して防衛出動を発令すると共に、ロシア政府に対して痛烈な批判を飛ばしたのである。だが、政府の予想とは裏腹に、状況は想像もせぬ方向へと転がり始めていた。


・・・


ラティニア帝国より南の地域 サザン王国沿岸部


 特別地域のラティニア帝国がある大陸、その南部地域にあるサザン王国。その沿岸部に築かれた工業地帯では、十数隻もの船舶が建造されていた。


「いやはや、こんなに巨大な船を建造できる程の財と技をもたらしてくれるとは…何とも有難い事です。我が国は前々から、ラティニアの臆病者どもにシェアをいい様に奪われてきておりましたからな」


 巨大な港湾の一角にて、商人は満面の笑みを浮かべながら、黒スーツの男にそう話しかける。対する黒スーツの男はサングラスの位置を整えながら言う。


「いえ、我が国は以前より、とある組織の方々の支援を受けて、こうして財と技の限りを振う事の出来る機会を狙っておりました。こうして立派な造船所を築き、貴国に優秀な造船技術を伝播させる事が出来た事、私どもも誇りに思っております」


 黒スーツの男がそう答える中、別の造船所では2隻の軍艦の建造が急速に進められていた。作業に従事する工員達は、休憩時間中に話を交わす。


「今建造している奴、随分とのっぺりとした見た目だよな…何処に売るつもりだ?」


「さてな…とはいえ、全身が鉄で出来ていて、風を使わずに恐ろしい速度で進む巨大船を何隻も造る事になるとは、全く予想もしていなかったよ。東のヤタル造船所では今も、怪しげな連中がドックを独占して、何隻も船を造っているらしい…全く、ラティニアが変な連中に負けてから、いきなり変わり始めたよな…」


 工員達がそんな会話を交わしている中、沖合には1隻のフリゲート艦と9隻程度のコルベット艦が隊列を組み、白波を切りながら進む。その先頭に立つフリゲート艦の艦橋では、ロシア海軍の制服を身に纏う悪魔族の男が、同様の制服を着ている半魚人の男から説明を受けていた。


「我ら第1戦艦連隊は、誘惑魔法により篭絡したルーシ・シナ両国の技術者と商人、そしてラティニアの臆病者に対抗心を燃やすサザンの為政者を利用し、転移魔法陣により連絡網を繋げて飛び地を確保。ヤタルに基地を築き上げて魔王国初の海軍として成立するに相成りました」


 ラティニア帝国の対亜人種族迫害政策は、魔王滅亡後のこの世界において、多くの恨みと怒りを溜める結果となっていた。よって復活の兆しを見せた魔王軍に参加を表明する者は多く、こういう形で協力する者は多かった。


「ヤタルでは複製魔法を用いた急速な工業団地の建設と、ルーシの兵器の複製、そして幾多の複製と模倣の果てに得た技術を使っての武器の生産を進行。複製魔法は便利な代償に多量の魔力を用いますので、工具やら部品といった負担の軽いものを複製し、それを組み立てて迅速に工業力を得ていっております。関連する設備もシナから安く買えたため、運営は良好です」


「うむ…現時点で我らはルーシより多量の資源を買い、それを材料に12隻のコルベット艦と8隻のエアクッション揚陸艇、そして20隻の揚陸艇を建造。貧弱なルーシの艦隊を強化した。鉄屑も1隻手に入れて、それの複製と改修も順調に進んでいるしな。これで忌々しきラティニアの猿共に、異邦人どもにも一泡吹かせる事が出来よう」


 悪魔族の男はそう言いながら、1錠の酔い止めを口に含む。半魚人の男は苦笑しつつ、水の入った魔法瓶を差し出すのだった。

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