第17話 極東情勢は複雑怪奇

西暦2026(令和8)年8月9日


 いつか東アジアにて、有事が起きる。その認識は世界の安全保障について十全に理解している国々の間で共有されている事であり、日本や韓国、台湾は最前線で対峙するという事もあって、防衛力の強化に勤めていた。だからこそ、白・青・赤の三色旗を掲げた戦車師団がアムール川を越え、中国東北部へ足を踏み入れた時、全世界が驚愕を覚えた。


「我が国のシベリア及び極東における資産は、中国によって不当に搾取され続けている。我が国はこの愚かな侵略に対し、正義と実力を以て対峙しなければならない」


 ウクライナにおける武力侵攻の責を押し付けられながらクレムリンより追い出された前代に代わり、軍で最も影響力のあるという理由で出馬した大統領は、記者会見の場にてそう述べた。まさか2年前の戦争で醜態を晒したばかりの国が、親しき間柄にある筈の中国に対してこの様な暴挙を働くとは思いもしなかった。


 戦後、経済再建の条件として核兵器の削減を主軸とした大規模な軍縮を行ったものの、それ故に質的向上を目指す余地が得られたロシアは、陸軍の通常戦力の近代化を進めていた。そうして中国北東部の国境線を超えた6個狙撃兵旅団と2個戦車師団は、人民解放陸軍に衝撃をもたらしたのだ。


「馬鹿な、何故我らを襲う!?」


 兵士の一人の叫びは、中南海にて凶報を知らされ、愕然となった指導者達の総意であった。T-90M『プラルィヴ』主力戦車を先頭に、BMP歩兵戦闘車の群れが続き、遥か後方より152ミリ榴弾と多連装ロケットが矢継ぎ早に投射される中、満洲の乾いた大地を突き進む。


 これに対して、数十分遅れで反応を示した陸軍第79集団軍は、準備が不十分ながらも抵抗を開始した。99式戦車は煙幕を発しながら進み、それに対して『プラルィヴ』はレーザー照準を開始。主砲たる125ミリ滑腔砲より9M119『レフレークス』対戦車ミサイルを発射する。


 対する99式戦車は、その手段を知っているからこそ、取るべき応策を有していた。即座にアクティブ防護システムがミサイルのシーカーを狂わせ、99式戦車は最高時速80キロメートルの快速で移動。ミサイルを回避する。お返しとばかりに国産射撃管制システムで照準すると、高速走行しながら発砲。初弾はコンタークト5爆発反応装甲によって防がれたが、そうして剥がれた箇所に2発目が命中。履帯を砕かれて強制停止させられた隙を突く様に、99式戦車も『レフレークス』対戦車ミサイルを放つ。


 APFSDSの連続命中によって爆発反応装甲を剥がし、装甲にも傷を付けた箇所に、成形炸薬弾のメタルジェットはよく染み入る。そうして先頭車両が沈黙するのを合図に、数両の99式戦車は複数方向より『プラルィヴ』に向けて発砲。堅実に各個撃破を狙う。


 だが敵は余りにも数が多かった。後方からはBMP歩兵戦闘車が迫り、100ミリ低圧砲より対戦車ミサイルを発射。流石にアクティブ防護システムと言えども全てを防ぐ事は出来ず、1両、また1両と餌食になっていく。


 そうして即応部隊を撃破した陸軍は、そのまま国境を蝕む様に展開。圧力を掛けていったのである。


 この凶事は日本も知るところとなり、伊沢ら臨時政権は、ロシアの『奇行』に動揺したのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る