第16話 使節団到着

帝国暦226年5月29日 ラティニア帝国 帝都インペラトゥス・ポロス


 この日、セリアと彼女率いる親衛隊は、帝都に凱旋していた。市民の多くは『令嬢将軍』が無傷で帰ってきた事に安堵したが、続けてやってきた者達には最大限の警戒をせねばならなかった。


「よりによって敵の兵を、こんな帝都の直ぐ近くにまで招くとは、どういう了見だ」


 宮殿の一室にて、皇帝ユリウスは不満げな様子を露わにする。何せ娘が無事に帰ってきたと思えば、『ニホン国』なる異なる世の国の使者が、自国の兵を引き連れてインペラトゥス・ポロスの近郊に現れたからである。


 皇帝が義憤を隠そうともしない中、対するセリアは、悪びれる様子もなく答える。


「此度の戦争、この調子で勝てるとお思いなのですか父上。軍は再建が進んでいると言えど、北や東での戦線にて遊牧民と海賊が活動を活発化させている状況下、さらに敵を増やす余裕などないでしょう」


 彼女自身、エラノスに赴く前は動揺の隙を突く形で侵攻してきた遊牧民の軍勢を蹴散らしていた軍人である。その視点から痛いところを突かれ、皇帝は娘に対する返答に窮する。


「此度の敵国の使節団を招き入れた責任、この妾の首一つで手を打たせて頂きましょう。ですがそうなった場合、果たして市民は父上と元老院を支持するでしょうか?」


 彼女はそう言いつつ、短刀を取り出して自身の首に当てる。それを見た一同はぎょっとし、思わず狼狽える。彼女は他国より従順の印として皇帝に差し出された、異民族の側妻を母に持ち、第四皇女という生まれ順もあって、皇位継承権は持たない。だが現在の影響力は出自を無視できる程の大きさがあった。


 そも親衛隊は、小さい頃に見た歌劇にインスピレーションを得て作り上げたものであるが、『兵隊ごっこ』から始まったそれは8年の歳月を経て、帝国軍でも精鋭の名で知られる軍団と化していた。そして市民からの人気も高く、『令嬢将軍に志願して剣と鎧を手にすれば、奴隷すら将軍になれる』という言葉が聞かれる程、低い身分の者達にとって理想的な存在となっていた。実際、彼女の部下の多くは平民や下級貴族の出身であり、従軍によって騎士の階級を授けられ、立身出世を果たす事の出来た者も少なくない。


「分かった、分かった。此度の件は不問にしよう。だが、実際に和平の議論を行うのは元老院だ。余計な手出しはするなよ」


「承知しております、父上。ああ、それと…使者のミタ殿より、幾つか献上物を預かっております。是非とも父上に、と…」


 セリアはそう言いながら、従者に台車で贈答品を持ってこさせる。各種工芸品や日本刀などの日本らしい産物に、皇帝含む多くの者が驚きを露わにしたのは言うまでもない。


・・・


「さて、セリアさんは上手くやっていますかね」


 帝都郊外の荒れ地にて、三田はそう呟きながら、宮殿があるという方角を見やる。此度の講和会議を目的とした使節団派遣に当たり、帝国上層部に対して不信感の拭えない政府は、自衛隊の厳重な警護を付ける事を決定した。単に外交官の身柄を守るだけでなく、自分達の軍事力の高さを相手にも知らしめるためである。


 よって派遣された戦力は、相当なものとなった。まず人員は普通科2個小隊に、戦車4両、歩兵戦闘車4両、ブッシュマスター防護輸送車4台。しかもワイバーンとの交戦も想定して、北朝鮮軍よろしく91式携帯地対空誘導弾のランチャーを2基、砲塔に取りつけて遠隔操作で照準・発射できる様にしてあった。


 拠点施設も、施設科の手でプレハブ式の住居を設ける事となり、到着するなり早速作業を開始している。城壁の上に立つ兵士達はその手早さに舌を巻き、珍しいもの見たさに近くを訪れた市民達も、恐々としながら彼らの行動を観察する。


 そうして珍しい『来訪者』が話題となる中、兵部ひょうぶ省では兵部大臣が軍団長と話し合っていた。


「…『協定』によりどうにか2万人分の武器は手に入れられたが、問題は直ぐに兵力として使えるかどうか、だ。まさかあそこまで、多くの知識を要するものとは思いもしなかった」


 大臣の言葉に、軍団長は頷く。軍は此度の戦争で勝つために、裏で様々な努力を積み重ねてきたのだが、それ故にこれまで気に留める事もなった問題にぶち当たる事となっていた。


「ともあれ、講和は或る意味好機でしょう。もし貿易が成される様になれば、彼の国の技術を得る手段が手に入る。ここは令嬢将軍に借りを作る形で動かれては如何でしょうか。どのみち軍を完全な状態に再建するには、それを成すだけの時間が必要です」


 軍団長の言葉に、兵部大臣は頷いた。

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