第14話 防衛産業狂奔録

西暦2026(令和8)年5月15日 静岡県東裾野市 東富士演習場


 その日、『御殿場演習場』の通称で知られる富士山麓の演習場には、数十両もの装甲車両が集っていた。


「しかし、随分と隆盛を極めているな。まぁ80年振りに戦禍に見舞われる事になれば、それも仕方ないか」


 加藤かとう防衛大臣はそう呟きながら、幾つもの試験を受ける車両群を見つめている。その隣では統合幕僚長が静かに頷く。


 ラティニア帝国との戦争勃発後、防衛産業は突然降って湧いた需要に対して動揺していた。これまでの防衛産業は、戦略の変化に伴い、海上戦力と航空戦力を最新鋭の兵器で揃える方向へ進んでいた。主な敵は東シナ海を渡って来るであろう中国海軍であり、弾道ミサイルにより破滅をもたらそうとしてくる北朝鮮であるからだ。


 だが、今戦っている敵は、物量に任せて地上を蝕む様に攻めてくる歩兵の大軍勢であり、対戦車ヘリコプターに近しい攻撃を仕掛けてくる生物も多数使役している。つまり今の自衛隊に求められているのは、冷戦期に整備が進められていた、そこそこの性能とコストをした膨大な装甲車両群なのだ。


 今の時代にはそぐわない様なタイプの兵器を百両単位で調達しようなど、今の日本の防衛産業が行える筈もなかった。実際特別地域に派遣されている師団の装甲車両は、戦車はどうにか調達数を増やす事で確保出来ていたが、装軌式の装甲車両はそうはいかなかった。舗装された道路が充実している現代日本において、履帯で走るタイプの装甲車の需要は低下しつつあり、機動力やコストを重視して装輪式車両をメインに開発・調達する様になっていたからだ。


 だが、ラティニア帝国のある世界は、日本の様な優れた道路は存在しない。しかも魔法で装輪式車両の天敵となりうる障害も生み出されるため、突然にして装軌式車両の需要が生じたのである。数百両もの装軌式装甲兵員輸送車の需要が発生したという事実を目の当たりにした防衛省関係者や財務省官僚、そして防衛産業に関わる者達の動揺は如何程だったか。


 とはいえ、遠くスウェーデンからCV90歩兵戦闘車を輸入し続ける訳にもいかない。すでに三菱重工業では、16式機動戦闘車の車体をベースとした共通戦術装輪車の開発・生産を重視していたために、研究段階で放置されていた共通戦術装軌車の開発再開と量産準備に取り掛かっている。


 だが、過去に開発が行われていた装輪装甲車(改)の様に失敗し、防衛に大きな障害が残るケースもある。そのため予防策として、AMVを採用した時の様に海外製のライセンス生産も視野に入れて開発しなければならなかった。そこで今回、様々な国から部隊規模で装甲車両を試験導入し、富士教導団の下で試験と仮運用をする事となったのである。


 選ばれたのは五つ。アメリカのNGCV次期戦闘車両に、イギリスのエイジャックス装甲車両シリーズ、韓国のK21歩兵戦闘車に、ドイツのリンクス歩兵戦闘車、そしてポーランドのボルサク歩兵戦闘車。陸戦兵器に注力している5か国で開発が進められている5車種と、開発が再開されたばかりの共通戦術装軌車の先行量産試作型を比較し、真に頼れる歩兵戦闘車はどれなのかを決める事となったのである。


「それにしても、各国から来た技術者にセールスマンの者達は、随分と必死だな。此度の戦争は商機だと捉えているのか」


「ウクライナとは違い、供与ではなく購入となるので直ぐに利益を得られますからね。SNSでは『外国製兵器の爆買い』だとぬかす者がいますが、これまで国防の何たるかを考えてこなかった様なお気楽者の戯言たわごとですので無視しても大丈夫でしょう」


 統合幕僚長は加藤にそう言ったが、実際のところ、兵器の爆買い論で政府を糾弾しようとした者は、地竜や飛竜の炎に焼かれた被害者や、その犠牲者と親しい者の反感を買い、『常に火炎放射で焼き殺してくる敵がうじゃうじゃいる様な世界で、丸腰で戦いに行けとか正気か』と反発の嵐に見舞われているという。


「しかし、これで海自や空自の強化も進めなければならないのか…防衛費がいくらあっても足りなくなるぞ、これは…」


「せめて海に『転移拠点』でも築いてくれていれば、護衛艦数隻で事足りたかもしれませんがね…」


 二人はそう話しながら、ディーゼルの唸り声を上げながら突き進む装甲車両群を見つめるのだった。なお結果であるが、日本で開発されていた共通戦術装軌車は技術面にて幾つかの遅れがある事や、拡張性が比較対象に比して少ない事が問題視され、地理的に近い韓国より数百両のK21を導入する事となった。この結果は国内の主だった右派勢力を義憤させる事となったが、あくまでも余談の範囲内であった。


 この翌日、セリア皇女やルーク王子といった来日している者達は特別演習に招かれ、これらの装甲車両を駆る機甲部隊の雄姿を見せつけられる事となる。

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