第13話 来日

西暦2026(令和8)年5月14日 日本国千葉県船橋市郊外


 船橋攻防戦以降、20万の軍勢の跳梁により廃墟と化した東船橋は、第1師団隷下の新規編制部隊である第54即応機動連隊が配置され、『転移拠点』の防衛のために軍事要塞化が進められていた。駐屯地外では伊沢臨時政権と自衛隊増強に反発を見せるデモ隊が練り歩き、誹謗中傷に近しいシュプレヒコールを浴びせていた。


 彼らは自由と権利を根拠に、自衛隊をけなす事を止めず、臨時政府も『弾圧』の誹りを免れるために敢えて放置していたのだが、或る時を境に『破壊工作を目論んでいる』容疑として一斉検挙を実施。消防車の放水攻撃で蹂躙するや否や、ブッシュマスター防護輸送車に乗って現れた機動隊によってほぼ全てのデモ参加者が逮捕された。


 ここまでの大規模な鎮圧に乗り出したのは、ひとえに異世界より高貴な者を迎え入れる事となったからである。


「ここが、我が国の敵たるニホンか…」


 日本側より支給された服を身に纏ったセリアは、そう呟きながら周囲を見渡す。一見するとエラノスに築かれた基地と大差ない様に見えたが、塀や防護設備はやや貧弱に見える。恐らくは戦場に直接面していないためだろう。


 ちなみに此度の訪問には、イルビア王国王子のルークも同行している。こちらも日本の理解を深めるためとして志望したからである。その際皇女を目の当たりにして、何やら恨みつらみの籠った視線を向けていたそうだが。


「皆さん、迎えの車が来ました。あれに乗って下さい」


 案内役と通訳を担う事となった米田はそう言いながら、一行を大型バスへ案内する。エラノス基地に着いてすぐ、一同は自衛隊の訓練やら簡易な演習などを見学した事で、この国の技術力の高さを痛感させられており、最早相手に対する偏見など消えていた。


 そうしてバスで西へ移動し、セリア達は車窓から変わりゆく光景を眺める。平地の全てを埋め尽くさんばかりに建てられた家々が広がる住宅地から、山と錯覚する程に高く聳え立つ高層ビル群へと変わっていき、一同はただ驚嘆の表情を顔面に張り付けるのみだった。


「到着しましたよ、皆さん」


 そして一行は、内閣総理大臣官邸に到着する。そうして案内され、セリアは応接室に辿り着く。そこには伊沢の姿があった。


「どうも初めまして。日本国政府の首相を務めております、伊沢曜一と申します」


 流暢な帝国語で挨拶をしてくる伊沢と握手を交わし、そして会談が始められる。


「まず我が国は、貴国を攻め滅ぼしたいわけではありません。此度の戦争を引き起こしたであろう最高責任者を失脚させ、妥当な賠償の請求に応えてもらう…我が国の国力は高いですが、文字通り世界を超えて新たな領土を侵略するだけの余裕はありませんので」


 伊沢はセリアにそう説明しながら、今後の展望を話す。まず賠償として獲得するのは『転移拠点』周辺の限られた土地のみであり、アテリカも講和が確認された後は撤収するとの事。領土に対して強い野心を示し過ぎては、侵略に対して抵抗した事への大義が薄れてしまうため、国際的な視線を考えてそのラインに抑えるという。


「何と謙虚にしてまどろっこしい終わらせ方なのか…その様な結末で本当に納得できるというのか?」


 セリアは問い、伊沢はため息をつく。


「私達の世界の戦争は、それぐらい複雑だという事です。何せ一日で1万が死ぬ事も珍しくない程の規模にまで発展しているのです。下手に長引かせて共倒れになるぐらいなら、しっかりと妥協点を見出して穏便に収めよう…刀剣が主役だった時代と異なり、都市や国を住民もろとも消す様な戦いは唾棄されて然るべき愚行へと成り下がったのです」


「…」


 戦争に対する価値観の違いを目の当たりにし、セリアは黙る。そしてこの後、彼女は伊沢の発言の真意を、祖国の地にて思い知る事となる。

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