第11話 皇女襲来

西暦2026(令和8)年5月12日 要塞都市アテリカ


 この日、日本とラティニア帝国の交渉の舞台となるであろうアテリカは、一種の大騒ぎになっていた。


「此度のアテリカ降伏と、我が国からの講和要求を受けて、第四皇女が自身の親衛隊を率いて直接私達に会いに来たそうです」


 CH-47JA〈チヌーク〉輸送ヘリコプターの機内にて、三田は内藤にそう説明する。エラノスの総合庁舎にて事務仕事に明け暮れていた内藤の下にその情報が飛び込んできたのは午前の事。報告を受けた内藤は、その展開に既視感を抱いていた。何故ならこの世界における戦闘シミュレーションのために、とあるライトノベルの必読が自衛隊・政府官僚問わず義務付けられていたからである。


「にしても、皇女で武装集団を率いてきているとは…何処ぞのライトノベルに出てくる、カクテルの名前をした第三皇女ですか」


「確かに、展開と致しましては似ておりますね。ですが厄介なのは、件の皇女は東方の遊牧民族国家との戦争で十分な経験を積んでいるという事です。甘く見てしまっては痛い目に遭いますよ」


 日本製通信機を用いて連絡を入れてきたミレンダ曰く、当初は個人的趣味で作り上げた親衛隊を率いて、何度も侵略者との戦闘を繰り広げており、帝国内では『令嬢将軍』の二つ名も持つという。


 そして機体は飛竜騎用飛行場へと降り立ち、第16師団戦闘団の護衛の下に邸宅へ向かう。そして応接室に入ると、白色の鎧に身を包んだ、銀髪のショートカットが印象的な少女がアドリーにミレンダとともに待ち受けていた。


「貴下が件の国の役人か。喪に服している訳でもないというのに黒い服に身を包んでいるとはな」


 少女はそう言いながら、紅い瞳を向けてくる。その顔には深い切り傷があり、相当に厳しい戦いを生き延びてきた証拠である様に見えた。


「妾の名は帝国第四皇女セリア・ディ・アウグスティア。此度の貴国からの講和要求を受けて、こうして貴下の顔を見に来た」


「…」


 相手の尊大な物言いに、内藤は苦い表情を浮かべる。が、この程度で不快を表情に現す様では、腹の探り合いなど無理に等しい。


「日本国政府より、特命担当大臣に任ぜられております、内藤です。よろしくお願いします」


 ここは握手を求めるところではあるが、この世界の常識では互いの力関係が明らかになっていない状態での握手は無礼とされる事がある。よって敢えて直ぐに本題を切り出した。


「我が国はこれ以上の戦争継続は無意味であると考えております。我らの武力は強力な分、経済に多大な負担を掛けます。そして貴国は、多くの民を失い、他国に助けを求めるまでに至っている…納得は出来ないでしょうが、そろそろ互いに落としどころを探すべきだと考えているのです」


「成程…確かにそれは一理ある。とはいえ妾はあくまでも貴国の事を知りに来ただけの事。国策に対して口添えは出来るだろうが、それで自分達の思い通りになると思いあがらぬ事が身のためである」


 セリアの言葉を聞き、内藤は思わず勘ぐる。相手の真意が見えない以上仕方がない事ではあるが。彼女は言葉を続ける。


「貴国は敗軍ですら奴隷とせずに丁重にもてなしていると聞く。その様なお人よしの国は如何なる国なのか、純粋に興味が沸いてな…これよりエラノスの拠点に赴いてしまっても問題は無かろうか?」


 相手からの要求に、内藤は思わず顔を歪める。が、発想を変えれば帝国の要人に対し、日本を十二分に理解してもらう好機でもある。容易に断る理由もなかった。


「…分かりました。本国に直ちに報告し、判断を仰ぎます。返答は明日中にでもお返し出来るでしょう」


「そうか…分かった。妾の名に於いて、此度の遠征では無断で貴下の城に攻め込まない事を約束しよう」


 セリアはそう言って右手の手袋を外し、握手を求めてくる。その手には小さな傷が細かくついており、長年戦場で剣を握っている事の証左を示していた。


 こうして、日本は初めて、ラティニア帝国の上層部に近しい人物との接触を終え、再度の侵攻の可能性を回避した。そして翌日、政府はセリアを日本本国に招待する事を通達。彼女は数人のお供とともにエラノス平原へ向かったのである。

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