第9話 理解を深めるべく
西暦2026(令和8)年4月20日 エラノス平原中部 陸上自衛隊駐屯地
新たに築かれた駐屯地の一角、建設が進む官舎の一室にて、藤田はルークと面会していた。
「早期の降伏、感謝します。我らとて一方的に相手を蹂躙するのは心が痛むものです。それもこの様に、死体すら残らぬ程の戦いとなれば、です」
「…」
藤田の言葉に、ルークは神妙そうな表情を浮かべる。何せ藤田の言動は軍人とは思い難いものがあったからだ。だが理由は直ぐに話してくれた。
「実を言いますと、私の実家は寺院…いわゆる聖職者や神官に近いものでして、本来ならば信仰によって人々を救う立場に立たなければならないのですよ」
「神官の息子が、軍人に…?奇怪な…」
この世界において軍人とは、騎士の家で世襲されるもの。しかしニホンではその限りではないらしい。藤田は言葉を続ける。
「理由は下らないものですよ。単に親の仕事を引き継ぎたくなかったからですね。実家のある地域は寂れて、寺を管理できる程の支援を得られなくなってきていました。今は弟が引き継いで何とかやっていますが、故郷がただ虚しいものへと変わり果てていく様を見つめるのは耐えられなかった…そのために国家を守る仕事を選んだという訳です」
「…そう、ですか」
沈黙が訪れる。言葉を再び発したのは藤田であった。
「ルーク殿下、旗下の兵士は全て、私の名に於いて保護致しましょう。そして貴国との仲介を引き受けて下さるのであれば、彼らの身柄も無事に帰国させてあげられる筈です」
「ご配慮、感謝いたします。この私の首一つで多くの命を救えるのならば、この命も決して惜しくはありません」
ルークの言葉に、藤田はただ苦笑を浮かべる。一方で総合庁舎では、内藤特命担当大臣が数人の官僚を集めて、今後の方針を決める会議を行っていた。
「今回の戦闘により、敵の軍事力は大きく損なわれたと考えてよろしいでしょう。概算でも30万以上が死傷したという此度の事実、我らが優位を得るには好都合な状況です」
内藤はそう言いながら、一同にレジュメを配る。それには戦後を見据えた大規模な特別地域開発計画と、それに関連した戦略計画が記されていた。
「ご存じの通り、この地は広大です。先の船橋における戦闘で生じた賠償は、この世界から得られる利益で確保する事となります。すでに本土の企業が進出を開始しており、戦後処理の進む地域から優先的に調査と開発を行っております」
この地は今も尚戦場ではあるのだが、本土の政財界においては一種のフロンティアでもあった。自衛隊の有する火砲が長射程である事が幸いして、車両や関連装備の整備を担う工場や、太陽光を中心とした発電所の建設は比較的容易であり、数か月後にはコンテナサイズの原子炉モジュールを用いた小型原子力発電所の稼働試験も行われる予定であった。
「無論、帝国の戦力再建が先になる可能性はあります。ですが飛行場は間もなく完成しつつあり、空自も間もなく本格的に行動を始めます。司令部は2か月以内に飛行場を稼働させ、深部への爆撃や大規模空挺作戦による敵拠点の強襲を実施する方針です。それまでに我らは、講和会議の段取りを整えていくのみです」
内藤の言葉に、三田外交官はしっかりと頷いた。
この翌日、自衛隊は装甲車両で構成される深部調査隊を複数編制し、全方位に対して派遣する事を決定。戦争の終結に向けた取り組みを始めた。その際イルビア王国軍の捕虜はこの世界の言語を自衛隊員が覚えるための講師として扱われ、特に深部調査隊は彼らから、この世界の文化や価値観などをより深く教わる事となる。
・・・
険しい山岳地帯の奥部にて、幾つもの声が響く。それはこの世界の人類にとっては、非常に聞き苦しく思えたであろう。
「我らが王よ、ヒト共の軍勢はその多くを失い、大きく力を落とした模様で御座います」
黒い肌に蝙蝠の様な翼を背負う男の言葉に、『王』と呼ばれた、頭より山羊の様な角を生やした大男は、椅子に座りながら言う。
「はっはっはっ、帝国のみならず多くの国が兵力を減じたか…好機は慎重に見定めよ。悲願を確実に達成するためには、入念な準備が欠かせぬからな。してグリードよ、『術式』による接触と交渉はどうなっている?」
王の問いに、グリードと呼ばれた、小太りの大男は笑みを浮かべながら言う。
「万全でございます。彼方の世にも利害を一致せしめる国がある故に、交渉はまとまりました。まぁ、魔法を知らぬ野蛮人どもの集まりです。篭絡からの我らにとって有利な条件の獲得など、容易でしたとも」
「うむ…帝国に痛打を与えし国は、近い将来の脅威足り得る存在となろう。帝国を滅ぼしたその次は、奴らをこの世界より確実に追い出すのだ」
王はそう言いながら、動物の頭蓋骨で作った酒杯を持ち、果実酒を煽った。
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