第8話 第三次エラノス平原会戦④

西暦2026(令和8)年4月18日深夜


 現代日本の表現方法において、サブカルチャーが及ぼした影響は非常に大きい。その表現の一つに、『〇〇が三分、敵が七分』という言葉がある。


 これは、宇宙を舞台としたロボットアニメが元々のネタであり、空間に占める敵の割合の多さを具体的に表した表現であるが、此度の戦闘においては誇張の表現ではなかった。


『南方向より多数の敵兵が襲来。数は計測不能。地面が三分に敵が七分、地面が三分に敵が七分』


 観測所にてサーマルカメラで確認する隊員の報告を聞き、指令部に籠る藤田は頷く。


「やはり本命は南からの奇襲ですか…第12旅団を後方へ下げておいて正解でした」


 司令部の会議室にて、一同はテーブル上の地図を睨み、敵の動向を注視する。敵は複数方向より圧力を掛ける形で自衛隊の行動を牽制しており、すでに第1師団を南部へ移動させて第12旅団とともに手厚い防護を成し、北は第16・17師団、西は富士教導団と本土より増援として派遣された第3師団、東は第18師団によって万全の守りを固めている。


「ですが、他の三方向には積極性は見られません。恐らくは南が本命でしょう」


「では、北部の敵に注意しつつ、十分な距離にまで引き付けたところで照明弾を投射。一斉攻撃を仕掛けましょう。これを撃退した後、第16・17師団を突撃させて残る三方向を蹴散らします」


 命令一過、第12旅団と第1師団は塹壕内を駆けまわり、十分な態勢での迎撃準備を進める。そして10分後、空中に照明弾が打ち上げられ、白い閃光が地面を照らしたその瞬間、指揮官は命じた。


「撃て!」


 各所にて銃声が鳴り響き、同時に迫撃砲とりゅう弾砲、そして偵察警戒車や歩兵戦闘車が発砲。無数の火線が連合軍に降り注ぐ。榴弾の炸裂は数十人をまとめて吹き飛ばし、塹壕より発せられる弾幕は間違いなく波の様に迫る兵士を貫いた。


 絶叫は聞こえない。声など各所より響き渡る銃声と爆発音が掻き消し、そして大勢を声を上げる暇もなく現世より退場させていくからだ。もはや戦闘とも呼べぬ光景であったが、現代の火砲を用いた戦いはもはや人間の感性で全て理解できるものではなくなっていた。


 銃と砲の混声合唱は1時間にも及んだ。北と東では多くの命を無慈悲にも死へ誘う呪いの歌を耳にした者が、敵は南に完全に気を取られていると判断し、勝手に攻め込む暴挙に出たが、その代償は大きかった。


「東及び北より、集団が接近中」


「直ちに迎撃せよ」


 即座に特科部隊が動き、19式装輪自走りゅう弾砲やFH-70、そしてM270MLRSマルス自走多連装ロケット砲にM142HIMARSハイマース装輪自走多連装ロケット砲が砲口を向ける。直後、迫る敵兵に向けて一斉砲撃を放った。


 この特別地域では、伊沢臨時政権はオスロ条約の対象外であると判断し、アメリカより秘密裏にM26クラスター弾を輸入。ウクライナにて活躍を見せたHIMARSとともに運用していた。敵は少数にして強大な軍艦や装甲車両ではなく、弱小ながら多数の歩兵集団と騎兵部隊である。面制圧能力を持つクラスター弾とそれを運用できる多連装ロケット砲でなければ対処しきれないと結論を下すまでに時間はかからなかった。


 果たせるかな、数分後には上空でロケットが自然分解。内蔵されていた644個の小爆弾をサッカーコート2面分の範囲へ拡散させ、その一帯にいた者達は、着弾と同時に炸裂した爆弾群の爆風と鉄片の驟雨に揉まれた。


 やがて戦闘は終わりを迎え、静寂が戻る。その結果は日が昇り始めた頃に明らかとなった。


・・・


 4月19日、後に『第三次エラノス平原会戦』と呼ばれる事になる一連の戦闘を終結へと導いたのは、二つの機械化師団の突撃であった。


「突撃せよ!」


 藤田の命令を受け、百両にも上る戦車が楔型の陣形を成し、ディーゼルエンジンの鼓動を高鳴らせながら前進を開始する。すでに地竜の悉くは死亡し、飛竜もほとんど撃ち落とされている。戦況はすでに勝敗が定まったも当然だった。


「もはや、連合軍は形無しか…」


 天幕の前でルークはそう呟き、そして後ろに控える将兵達に振り向く。


「もはや我らは大義も何もない。彼らに降伏の意を見せよ。どのみち祖国にはただで凱旋できぬのだ。せめて兵士達だけは無事に帰国させるべく、出来る事をするしかない」


 斯くして、イルビア王国軍の残存部隊6000は武器を捨て、旗を地に伏せるこの世界における方法で降伏の意を示し、それを確認した藤田は降伏を受諾。その他の部隊は抗戦を挑んだものの、その悉くが履帯と火砲に蹂躙されたのである。

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