第7話 第三次エラノス平原会戦③

西暦2026年/帝国暦226年4月11日 エラノス平原北部 連合軍陣地


 戦闘が始まって7日が経ったこの日、諸侯向けに充てられた天幕の一つに、一人の青年が訪れていた。


「父上、呼びましたか?」


「ルークよ…」


 イルビア王国第四王子のルーク・ディ・イルバは、父にして上官たるガラン・ディ・イルバに呼ばれていた。


「…これからワシは、死に向かう。このまま一矢報いる事も出来ずに負ける事は、イルビアの騎士としての誇りが許さぬ。なればこのワシが、命を擲ってでも彼らに深手を負わさねばならぬ」


「父上…」


 父の心境をルークは察する。50万もいた連合軍はその半数以上が戦死し、士気もただ下がりしていた。その中で一番損害が少ないなのは、序盤から真正面に攻め込もうとせず、陽動作戦にて敵を翻弄する事で敵に動揺を与えていたイルビア王国軍であった。それでも残存数は当初の2万から1万程度にまで減っており、相当に厳しい戦闘を潜り抜けてきたものだと彼らは自覚していた。


「他国で生き残った者のうち、復讐を諦めきれておらぬ者達を再編し、7日後に夜襲を行う。それまでの間、お前は軍を展開させ、敵の注意を引き付けるのだ。南の山々はアゴラが部分的に占領している。ワシはロダンと共闘し、一世一代の大突撃を仕掛ける」


 指揮官の戦死と軍そのものの壊滅によって所属先を失った兵士は多い。ガランは彼らをかき集めてどうにか一つの軍団へとまとめ上げ、3万程度の戦力を確保していた。それがアゴラ王国軍の残る兵力5000とともに、南の山から駆け下りてくれば、敵は流石に一たまりもないだろう。


「これはもはや意地を張るだけの愚行に外ならぬ。だが、こうしてこのまま負け続けるのは騎士の誇りとして許されぬ事…国は王太子が最後まで守ってくれる事だろう、だが、ワシはこのままおめおめと逃げて恥を晒すわけにもいかぬのだ…」


 ガランはそう言いながら、水の入ったコップをテーブルに叩きつける。ルークはただ、不安そうな表情でその様子を見つめる事しかできなかった。


 他方で帝国軍の陣地では、軍団長のガラードが一つの天幕を訪れていた。そこには先の戦闘で鹵獲した、大量の武器が置かれていた。


「これが、敵の武器か…色々と鹵獲出来た様だな」


「は…ですが、我らの技術では模倣などとても出来ませぬ」


 傍に控える魔術師の言葉に、ガラードは顔を曇らせる。その事実などすでに思い知らされているというのに、改めて鹵獲品を前に説明されると、やはり考えさせられるものがあった。


「まず彼らの武器ですが、複数の未知の金属や素材を緻密な加工で組み上げて作り出されたものです。クロスボウやバリスタに用いられる機構があるため、使い方はそれに近しいのでしょう。弓矢の代わりと思しき物体は、金属製の筒に黒い粉状のモノを入れて、金属製の塊で封じているといった構造であり、粉は火で炸裂する様に燃えたため、可燃性の物質を狭い空間内で炸裂させる事によって金属の塊を飛ばす…といったところでしょう」


「そこまで解析出来ているのか…して、模倣するにはどれだけの難易度があると考えるか?」


「まず、高い冶金技術が必要になります。腕利きのドワーフを何人も動員したとしても、パーツ一つすら同等の質で模倣する事は不可能でしょう。そして魔法による炸裂の再現も、そもそもこの様な現象は想像すらしていませんでした。新たな術式やら魔法の創造に近しい難易度となるでしょう」


 本職の者がそう言い切るのだから、間違いないだろう。ガラードは改めて、ラティニア帝国が如何なる者を敵に回したのかを理解する。とはいえ鹵獲したモノの解析と帝都への移送は順調に進んでおり、何より帝都では、これ以上の敗北を防ぐための方策が練られ始めているという。


「今はただ、こうして敵の力を削ぎつつ、上の策が功を奏するのを待つだけだ。時間稼ぎ程度の小細工だとしても、それが戦略的な効果を発揮する事もあるからな…」


 ガラードはそう呟きながら、南の方角へと視線を向けた。

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