第5話 第三次エラノス平原会戦①
西暦2026年/帝国暦226年4月4日 特別地域エラノス平原北部
夜明け、ラティニア帝国からの呼びかけに応じた連合軍は、直ちに行動を開始した。
上空には100騎以上のワイバーンが舞い上がり、地上では何千何万もの兵士や怪異が蠢く。そして隊列を整え、指揮官の号令と共に進み出す。
「進めぇーっ!」
足音が地面を揺らし、隊列は横に広がりながら進み始める。ゴブリンやオークの集団を先頭に立て、直後に地竜の列が続き、その背後に重装歩兵が並ぶ。両側には騎兵が位置し、側面からの攻撃はこれが対応する。まさにこの世界において模範的な陣形であった。
総数6万の軍勢は一糸乱れる事無く進んでいき、最初の障害たる鉄条網と逆茂木に辿り着く。するとローブに身を包んだ魔法使いが前に出て、杖を空に向けながら呟く。直後に地面が盛り上がり、鉄条網や逆茂木が排除されていく。そうして啓開された道を通って、軍勢は前へと進み始める。
とその時であった。遠くから風を切る様な音が響き、一同は空を見上げる。その音はリグニア公国国王ルスラ5世の耳にも届いていた。
「何だ…?」
刹那、空中に炎の花が開き、地面が揺れる。土ぼこりが軍団を包み込み、爆轟が多くの絶叫を掻き消していく。
「な、何事か!?」
ルスラ5世が動揺を露わにする中、爆発地点より南に15キロメートルの位置にある砲兵陣地では、20門のFH-70・牽引式榴弾砲が矢継ぎ早に155ミリ榴弾を放り込んでいた。
一般的に牽引式の大砲と聞くと、自動車や馬に繋げて引っ張って移動させるというイメージが強いが、FH-70の場合、スバル社製のガソリンエンジンが搭載されている。これで大砲に取りつけられているタイヤを回し、短距離の自走を達成している。
だがこのエンジンには、もう一つの役割がある。それは砲弾や炸薬の装填補助装置を動かすための動力であり、トレイに載せられた砲弾や炸薬を自動的に持ち上げて薬室内への装填の手間を減らす事により、この砲は毎分6発の連射能力を達成していた。それが20門もあるとすれば、射線上の地域はどうなるか。
果たせるかな、自衛隊が設定したキルゾーンに足を踏み入れた連合軍は、120発に及ぶM107・155ミリ榴弾の驟雨を浴び、空中爆発による弾片と業火の旋風に揉まれていた。薄い金属製の鎧で身を守るのみの歩兵はズタズタに引き裂かれ、何万度もの高熱で身を焼かれていく。
これに対して、端に位置していた部隊は左右へ向かう事で榴弾の洗礼から逃れようともがいた。だがそこに照準を合わせていたのは、塹壕内に身を潜ませていた重迫撃砲群であった。
「撃て撃て!一歩も先へ進ませるな!」
塹壕内に潜んでいた自衛隊員達は、迫撃砲の投射に合わせて姿を現し、20式小銃を撃ちまくる。20式小銃の用いる銃弾は5.56ミリ弾だが、厚さ5ミリ程度の金属板で覆われた鎧を貫通するだけの威力はある。相手は魔法という技術で防御力を上げているそうだが、耐久力には上限があり、十数発当てればその効力は失われるという。そして口径と威力が上がれば、効力を無力化するのに必要な銃弾の数も比例して少なくなる事が判明していた。
陣地各所には、アメリカより
「な、何だこれは!これが敵の攻撃というのか!?」
相手は一向に姿を見せず、剣や槍を交えようともせず、溝よりわずかに顔を覗かせて、無数の光の玉を浴びせかける。その距離は弓矢では到底届かぬ遠さであり、最早一方的な虐殺であった。
「卑怯な、臆病者め!」
多くの将兵はそう叫び、敵の一方的な攻撃に憤る。空に目を向けて見れば、ワイバーンは地上から放たれる光の粒や白い槍によって空中で爆発四散を繰り返しており、制空権すらも失い始めている現実をまざまざと突きつけられていた。
「これは戦いではない!こんな、こんな一方的な殺戮を戦いと呼べるか!」
将兵の多くは叫ぶ。そして嘆きの言葉を吐き出すが、その悉くは榴弾の炸裂音に身体ともども切り刻まれていった。
斯くして、一日目の戦闘は1時間で終わった。5万の将兵が特科部隊の猛烈な『歓迎』を受けて死傷し、彼らを率いていた諸侯の多くも戦死。この結果を受けて連合軍は、新たな策を練り上げるべく、3日もの停滞を余儀なくされたのである。
一方で自衛隊の方は、第17・18両師団の全部隊到着まで防衛に徹する事を決定。アメリカもこの方針に賛同を示し、弾薬や関連装備の供給を進めたのである。
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