第1話 元老院にて

帝国暦225年9月14日 ラティニア帝国首都インペラトゥス・ポロス


「敢えて言上致しますが、大失態でありましたな、皇帝陛下」


 荘厳な雰囲気の漂うドームの内部にて、元老院議員の一人であるヨハネス・ディ・バジル侯爵は皇帝に声をかけた。


 議題は丁度1か月前の、新世界に対する出兵での大損害であった。3日にも及んだ激戦の果てに、20万の兵力のうち6割にも及ぶ10万の戦死と、逃げ遅れた2万の虜囚化。これは建国以来初めての屈辱的な敗北にして頭の痛い損害である。


 しかも敵は、『門』を占領し、帝国側にまで逆襲の手を伸ばしてきている。この事が知れ渡れば、周囲の帝国と対立ないし服従関係にある国々が如何様な反応を示すのだろうか。


「皇帝陛下は此度の国難に対し、如何様に我らを導くおつもりか!?」


 ヨハネスの問いに対し、ラティニア皇帝ユリウス・ディ・アウグスティヌスは小さく息をつく。


「…此度の危機、卿の不安も理解できる。かつて、東方の野蛮な遊牧民が攻めてきた時や、魔王が世界を支配しようと目論んだ時の様に、周辺の諸侯が一斉に反旗を翻し、我が国を攻め滅ぼしに来るのではないか、と。痛ましい事よ」


 何やら含みのある物言い、ヨハネスは不穏を感じ取る。相手は在位30年に及び、宮廷内での陰謀劇をも切り抜けてきた政治家でもあるのだ。この手の責任追及を逃れる術も知っている訳で。


「だがその度に、我らは一丸となって国難に立ち向かってきたではないか。よって此度の遠征の責任は追及せぬ。まさか、敵が帝都を取り囲むその日まで、裁判ごっこに明け暮れる訳でもあるまいな?」


 責任を有耶無耶にしてくるスタイルは決して好まれる訳ではないが、一理はある。この世界に魔法はあれど、交通インフラは古代ローマそのものである。通信も魔法による遠距離通信はあれど、魔導師の間でしか利用されていない。その中で一つの対応を先送りにしていくばかりだと、全てが手遅れになってしまう事も多々あるのだ。


 そうして皇帝が自身の保身を達成した直後、魔導師にして帝国元老院議員の一人であるムーロア老師が口を開く。


「だが、肝心の兵力はどうするのだ?すでに『門』は敵の手中に落ち、今も尚占拠を続けている。奴らはワシらの見た事も無い様な魔法で以て、軍を蹴散らしてしまった。その間、如何様に奴らに対抗する?」


 ムーロアの言葉に対し、反応を示したのは帝国軍の将軍の一人であるケンソリウス伯爵が大声を上げる。


「なれば、より多くの兵力で以て攻め込むのみだ。周辺の国々から兵力を集めてでも、復讐を果たすべきだろう!」


「馬鹿な、連中が我らの求めに素直に従うと思うか!」


「それこそ周囲に我が国の醜態を晒す様な行為だろうに!」


 一斉に紛糾が始まり、荘厳な空気は破られて怒声が飛び交う。すると皇帝が手を前に出し、一同はそれに気付く。


「フム…確かに、それも一手である。が、決め手に欠ける。余とてこのまま座視する訳にもいかぬ。よって周辺国に対し、この世界の危機だとして、連合軍の結成を呼び掛けるのだ!」


 ユリウス3世帝の言葉に、多くの議員が首を傾げる。が、理由は直ぐに分かる。


「この世界に生きる全ての国が、皆等しく平等に傷を負えば、共にその脅威を理解するであろう?直ちに全ての国々に使者を送り、援軍を要請するのだ。かつて勇者が、魔王を倒すために全世界より戦士を募った様に。かつての神話を再現するのだ!」


 この日、帝国は周辺国に向けて、連合軍の糾合を要請。『新たな脅威の出現に対して、総力を挙げて抵抗するべし』と言い放ったのである。


・・・


「我らが魔王…帝国は征服地の連中にまんまとしてやられた模様で御座います」


 薄暗い洞窟の中で、声が響く。


「クックックッ…暫し待て。時期を見て我らは、再び声を上げるのだ」

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